ここまでVRの先進事例を見てきた。最後に事例から得られた、VRをマーケティングに活用する際のポイントを整理してみよう。

 自社の製品・サービスをしっかりと理解してもらうためのツールとしてVRは効果を発揮する。リアル店舗での商品展示やカタログ配布、ウェブサイトでの静止画や動画コンテンツなど、従来型のツールと比較したときのVRの利点を整理すると、大きく3つに分かれる。

○「時間を超える」
まだ製品になっていないものを具現化したり、完成後の姿を表現したりできる。これから建てる建物の完成イメージを事前に確認したり、家具の配置などをシミュレーションしたりする用途が考えられる。

○「距離を縮める」
遠くてなかなか行けない場所でも、VRなら即座に行き来できる。住宅を探すとき、自宅にいながら複数の物件を内見したり、海外の観光地を下見したりに活用できる。

○「空間を拡げる」
実際にいるのはごく狭い場所でも、VRの中ならば広大なスペースを用意できる。自動車や住宅のような大きな商材をずらりと並べたショールームを作り、顧客に見て回ってもらうことが可能になる。

 加えて、VRで現実に近い体験をすることで、商品やサービスをしっかり理解してもらえれば、返品や「こんなはずじゃなかった」という不満を減らせる利点もある。今回紹介した事例でもこうした効果をVRに期待する声が多かった。

 では、実際にVRを活用しようとしたとき、どんなことに注意すればいいのだろう。まずはVRを“仮想”とあなどってはいけないということ。バンダイナムコエンターテインメントAM事業部の小山順一朗エグゼクティブプロデューサーの言葉を借りれば、「VR、バーチャルリアリティーは“仮想現実”と訳される。仮想というと嘘っぽい感じがするが、本来、virtualには“実質的な”という意味がある。現実世界で行うには大がかりだったり、危険だったりする体験を、より手軽なものに置き換えられるのがVR」だ。動画の解像度が上がり、かつ各種センサーでその動画を頭の動きと連動させられるようにもなった現代では、コンテンツをしっかり作り込めば、自社の製品・サービスをほぼ実質的に体験させることができると考えてよい。

 現実に近い動画であっても、制作コストは従来の動画コンテンツと比較して、著しく高いということはないようだ。今回の取材で制作コストに言及してくれた企業は総じて、制作コストには満足していると話している。

 続いて、視聴場所をどこに設定するかだ。VRを自社の販売店やショールームなどで視聴させるのか、YouTubeなどで公開して自宅で楽しんでもらうのか。販売店やショールームなら専用のVRゴーグルを用意して、没入感と画質が高いコンテンツを提供できる。一方、YouTubeでは簡易的なVRゴーグルやスマートフォンだけでの視聴になるので没入感は劣るが、手軽さに勝る。YouTubeの場合は、日本航空(JAL)の例にあったように、現実的なシチュエーションを再現するなど、没入感を高める工夫が必要になる。

写真の「ハコスコ」のように、安く購入できる簡易的なVRビューワーが登場して、VR視聴は一気に身近になった
写真の「ハコスコ」のように、安く購入できる簡易的なVRビューワーが登場して、VR視聴は一気に身近になった
YouTubeもすでにVRに対応している。VRの映像は、右下に二眼のVRビューワーのアイコンが表示され、これをタップすると、2つに分かれたVR用動画に切り替わる。写真はJALが提供する「JAL SKY SUITE」の機内を紹介する映像のひとつ

 また、製品やサービスのアピールポイントに視線を誘導する工夫も重要だ。今回の事例では、矢印やキャプションを使ってうまく見ている人の気を引いていた。特にYouTubeなどで自宅で視聴する場合は、近くでスタッフが説明できないので、制作段階で視線の動きを丁寧にシミュレーションしたほうがマーケティングとしての効果は高いだろう。

 視聴する人が見たい動画を自分で選べるなど、コンテンツにインタラクティブ性を持たせるのであれば、操作性も配慮が必要だ。VRゴーグルを装着した状態で、手で何かを操作するのはなかなか難しい。最近では視線でボタンなどを選択するインタフェースが一般的になってきた。それでも、動画を見ている人がボタンの在りかをすぐに理解できるように、ボタンを目立たせたり矢印で視線を誘導したりするサポートが必要になる。

【特集】“ヒットを作るVR”~マーケティングに有効か?

 【第1部】JALやH.I.S.が導入
 旅のプランの決め手はVR
 【第2部】メルセデスと蔦屋書店が協業
 クルマも遊園地もVRに入っちゃう
 【第3部】IKEAはキッチンを再現
 VRで式場選びも家具選びも失敗しない
 【結論】活用法はゲームだけじゃない!
 消費者の購入行動にVRが大きく影響する
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VRの浸透で流通各社の戦略にも変化が

 ところで、なぜ今、VRの活用が活発化し始めたのか。「バーチャルリアリティー」は1990年代にもブームになったが、一過性のものだった。当時のVRは、コンピューターの性能の限界から映像の質が悪く、VR空間での自由度も低かったからだ。それが今、再び注目されるようになったのは、やはりVRで体験できる世界のリアリティーが著しく現実に近づいたからだろう。

バンダイナムコエンターテインメントAM事業部の小山順一朗エグゼクティブプロデューサー
バンダイナムコエンターテインメントAM事業部の小山順一朗エグゼクティブプロデューサー

 VRの市場動向などに詳しい野村総合研究所コンサルティング事業本部ICT・メディア産業コンサルティング部副主任コンサルタントの山岸京介氏は、「今度こそVRは定着するのではないか」と言う。「VRコンテンツ自体の制作は、従来の映像制作技術の延長線上であり、あまり難しくない。それでいて、映像を見ている人には、従来の映像よりも深い実感を与えられる」(山岸氏)。

 マーケティングツールとしてのVRの活用がすでに始まっているのは旅行業界や不動産業界、ブライダル業界などだが、「今後は家電量販店などにも広がるのではないか」と山岸氏は話す。現状、家電などはリアルな店舗で実物を確認し、ネットで注文するという人が増えているが、VRで実物と同等のものを確認できるようになれば、すべてがネットで完結するようになる。近年、流通各社で活発な、リアル店舗をショーウインドウにしてネットで稼ぐという戦略は、VRの登場によって見直しを迫られるかもしれない。

 山岸氏によると、実際、米eBayが、スマートフォンと簡易VRビューワーを組み合わせたVRでネットショッピングができるサービスの実証実験を行ったところ、被験者に好評で、そのまま本サービスに移行したという。今回紹介したIKEAも、VRから商品を購入できるようにしている。リアル店舗が少ないIKEAにとって、今後重要な販促ツールになる可能性が高い。

野村総合研究所コンサルティング事業本部ICT・メディア産業コンサルティング部副主任コンサルタントの山岸京介氏
野村総合研究所コンサルティング事業本部ICT・メディア産業コンサルティング部副主任コンサルタントの山岸京介氏

 ただ、現時点では、VRはゲームなどに関心が高い先進的な消費者に注目されているだけにすぎない。今後、誰でも利用する当たり前の技術になるには、VR未体験の人たちに、そのリアリティーや効果を体験してもらう機会を増やす必要がありそうだ。「イオンが『イオンSIM』を始めて格安SIMが市民権を得たように、ショッピングモールや量販店など、一般の人が多く訪れる場所で体験できるようになると一気に広がる可能性は高い」と山岸氏は見ている。

【特集】“ヒットを作るVR”~マーケティングに有効か?

 【第1部】JALやH.I.S.が導入
 旅のプランの決め手はVR
 【第2部】メルセデスと蔦屋書店が協業
 クルマも遊園地もVRに入っちゃう
【第3部】IKEAはキッチンを再現
 VRで式場選びも家具選びも失敗しない
 【結論】活用法はゲームだけじゃない!
 消費者の購入活動にVRが大きく影響する
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(文/平野亜矢=日経トレンディネット)

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