「映画や演劇と異なり作家は孤独だが、そこに意味がある」

 ただ、受賞は大変な名誉だと思っています。理由の一つは、スウェーデン・アカデミーが選考するノーベル文学賞を私たちはみな、信頼して、尊敬できるものだと見なしていると思うからです。今のこの時代に、誰もが尊敬できる制度、組織というのはあまりないでしょう。もちろんノーベル賞を巡ってはこの数年、様々な議論があるのは知っています。それはある意味、避けられないことでしょう。

 しかし、多くのことが不確かな今の世界において、ノーベル賞のようなものは世の中のためになると思います。そして私が受賞したこと、スウェーデン・アカデミーの方々が私を選んで下さったことが、世の中のためになることを願っています。

 毎年、科学の様々な分野で素晴らしい功績が認められています。そしてノーベル平和賞の今年の受賞者を私たちはまもなく耳にするでしょう(10月6日に発表)。これらは世の中に役立っていると思います。その意味で、このように名誉ある賞を受賞できたことは、私にとって大切だと思える理由の一つとなっています。

 もう一つ私の心をよぎるのは、今、この世界に生きていて、この賞を受賞されていない偉大な作家の方々のことです。私は自分が、その偉大な作家グループの一角をなしているとは思えないので、自分が今ここにいて、彼らがいないことに若干の罪の意識のようなものを感じます。

 それは、自分は自分のことを「若い」とすっかり錯覚していたからかもしれません。ノーベル文学賞は、もっと年齢の高い人に授与されるものだと思っていました。しかし、考えてみれば、私も既に結構な歳(62歳)です。ただ、自分としては、ノーベル文学賞というのは、20年先くらいになったら考えたりするものかな、と思っていたのです。

ドイツのテレビ局ARD(ドイツ公共放送連盟)です。あなたは自身を英国の作家だと思いますか。それとも日本の作家、あるいは国際的な作家(international writer)だとみていますか。そのことはあなたにとって何を意味しますか。

イシグロ:この質問はずっと聞かれてきた質問です。正直言って、自分でもはっきりした回答はありません。そもそも「英国作家である」とか「日本の作家である」ということが何を意味するのか分かりません。多くの作家もこの問題を理解していて、むしろ個人として執筆しているのではないでしょうか。私はこの「個人」で書いている、という面が小説家としての最も力のあるところではないかと考えています。演劇や映画と違って一人でする芸術活動だと思います。

 素晴らしい映画や演劇、オペラが沢山あります。それらは、多くの人が関わって、一つのチームとなって創り上げていく。小説を書く、あるいは詩を書くというのは、自分というたった一人の人間がやることです。時にはたった一人の孤独な部屋で書き続ける。そこに価値がある、と私は考えています。私は、こうして一人の人間が、多くの人と対話ができる、そういう場が必要だと考えています。

 なので、私はずっと自分のことを「ただの作家」だと思ってきました。日本だけでなく、英国で育ったことからも影響を多く受けてきましたし、国際的な影響も受けてきたと思います。国際的な視点を与えられ、様々な影響を世界中から受けてきたと思います。