「20年くらいしたら、考えたりするのかもしれないと思っていた」

 というのも、私のエージェントから電話が入ったのですが、彼らは何か生放送のようなものを聴きながら、私に電話をかけてきていました。ちょうど今年の(ノーベル文学賞受賞者が)誰になるのかを聴いているところだったのだと思います。彼らも私が受賞するとは思っていなかったようです。でも「彼ら(ノーベル文学賞の選考を行うスウェーデン・アカデミー)は、君の名前を読み上げているよ」と言ったのを覚えています。

 何しろ私たちは今、偽ニュースとポスト・トゥルース(「事実」は関係なく「信じたいことが真実」といった意味)の世界に生きているので、その時はあまり実感がなく、私は「とにかく確認をしよう」と言いました。というのも、特に誰も私に電話をしてこなかったし、私のエージェントにも、出版社にも、電話はその時点ではなかったからです。

 そんなわけで、しばし私は(受賞が)本当なのか分からずにいました。ちょうどこの出版社(フェィバー&フェイバー)からも電話があったので、「(ノーベル文学賞の)受賞者が誰か聞いたか」と聞きましたが、「聞いていない」との回答でした。なので、生放送の噂か何かだったのかと思いました。その後、BBC(英国放送協会)から電話があって、「受賞についてコメントを」と聞かれ、初めて受賞は本当だと思い始めたんです。私は古いタイプでして、BBCのニュースは信頼しているのです…(会場、笑)。

英テレビ局の者です。ノーベル文学賞の候補としてあなたの名前は以前から上がっていたので、受賞について「いつかは」と考えていらっしゃったのではないですか。

イシグロ:ノーベル賞と関連して私の名前が挙がっている、というのを聞いたことがありません。すごく幅広い候補としてはあったかもしれません。しかし、私自身がノーベル文学賞を受賞するということを真剣に考えたことはありません。こうした情報には疎いので、自分の名前が候補に挙がっているなどということは聞いたことがありませんでした。なので、本当に驚きました。もし私が、「受賞するかもしれない」などと少しでも思っていたら、今朝、髪を洗っていたと思います。

  

 そんなわけで今日は大変でした。突然、郊外にある我が家の前に報道関係者が並び出し、とても恥ずかしかった。きっとご近所のみなさんは、私が連続殺人事件か何かの犯人のように見えたのではないでしょうか。ですから自宅の裏庭で大急ぎの簡単な会見をして、それからここに今、駆けつけたわけです。そんなわけで、私はこのノーベル文学賞受賞ということについて考えるヒマもありませんでした。