「皿に残ったエビチリ」をめぐる日中間の認識の相違について

 「量」に基づく現実的な対応について考える例を、もういくつか挙げてみる。

 中国のレストランで食事をしていると、注文した料理が皿の上に残っているのに、皿を下げられてしまうことがよくある。例えば、中華料理屋で「むきエビのチリソース炒め」を注文したとする。食事も進み、話しがはずむ中、皿の上にはエビが2つ残っている。そこに服務員がやってきて、淡々と皿を持ち去ってしまう。愛想は悪くないが、「下げていいですか?」といった類のコメントは多くの場合、ない。

 また、例えば夏の暑い日、路傍のカフェでアイスコーヒーを飲んで一休みし、さて、そろそろ時間だし、最後の一口をグッと飲み干して仕事に戻ろうか――と思った瞬間、氷が溶けて薄くなったコーヒーが2㎝ほど残ったグラスを持ち去られてしまい、気勢を削がれる、といったパターンもある。

 この手のことは日本でも発生しないわけではないが、遭遇する頻度は中国のほうが圧倒的に高い。一定期間、中国で仕事や生活をしたことのある方は同意していただけるのではないかと思う。

 なぜ中国の服務員は、客が食べ終えていない料理を持ち去ってしまうのか。その心理を考えてみると、その根底にはやはり「スジか、量か」という判断基準が存在している。

 まず日本人の「スジ論」で、この問題の構図を考えてみよう。

ケチだから怒るわけじゃない

 エビチリが2つ残った皿を下げられてしまう事態が発生した時、日本人客は程度の差はあれ、しっくり来ない感じを持つ。口に出して言わないまでも、内心は不満である。では、なぜ日本人客は不満を感じるのだろうか?

 自分が食べたかったエビが食べられなくなったからだろうか?
 残ったエビを食べないと2時間後にお腹が減ってしまうからだろうか?

 そうではない。

 食事が終盤に差しかかって、その段階でエビが2つ残っている状況は、客のお腹はほぼ満ち足りており、積極的に料理に手を出さなかったことを示唆している。食べたかったのであればさっさと食べればよいわけで、皿が持ち去られたことでエビがテーブルからなくなった(「量」がゼロになった)ことが不満なのではない。

 では何に不満なのか。

 それは、わかりやすく言えばこういうことである。

 「このエビはオレたちがカネを出して買ったものだ。エビの所有権は我々にある。それを断りもなく処分するとは何事だ。許せん」

 まあ、これはいささか極端な説明であるとしても、日本人の気分はまず間違いなくそういうところにある。これが「スジ」だからである。