ちょうど1年ほど前に、米アドビシステムズについての記事を書いた。

「過去の成功」を捨てられない全ての企業へ
アドビは社員に「失敗してこい」と1000ドル渡す

 クリエイティブソフトメーカーとしては世界最大のアドビ。写真や動画がこれだけ世の中に溢れ、老いも若きも、プロもアマも皆が「クリエイター」の時代だ。成長が約束されたといってもいい同社が2013年に打ち出した決断は、多くの利用者を驚かせた。

 詳細は、当時の記事に詳しいが、10万円以上するパッケージ版ソフトを売りきりで提供していたビジネスモデルを止め、月額980円からの課金制のクラウド版に完全に切り替えると発表したのだ。決断をした2013年と2014年こそ売上高の減少が見られたが、2015年以降は売上高を再び上昇気流に乗せた。2017年度第1四半期(2016年12月3日から2017年3月3日)も売上高が16億8000万ドル(約1877億9300万円)、営業利益は4億6899万ドル(約524億2500万円)で、売上高は過去最高を更新した。

 このナラヤンCEOの大きな決断と変化をマーケティングの側面から支えたのが、最高マーケティング責任者(CMO)のアン・ルネス氏だ。ルネス氏は2006年11月にアドビに入社。以前はインテルのセールス・マーケティング担当副社長で、「インテル、入ってる(Intel Inside)」キャンペーンなどを担当した女性だ。2016年には米ビジネスインサイダーの「最も影響力のあるCMO」ランキングで、米グーグル、米マクドナルド、蘭ユニリーバのCMOと並びトップ10に選ばれている。

米アドビシステムズのエグゼクティブバイスプレジデント兼最高マーケティング責任者(CMO)のアン・ルネス氏(撮影:的野 弘路)

 昨年の記事執筆時にもルネス氏にはインタビューをしたが、彼女が社内の何を変え、何を変えなかったかを詳細にレポートすることは叶わなかった。今回再び、春先に来日した彼女に、今一度世界のトップマーケターが何を考えているかを詳しく聞く機会を得た。

自社サイトにはアナリティクスなし

 シャンタヌ氏が社長に就任したのは2007年。ルネス氏自身は、シャンタヌ氏が実践するM&A(合併・買収)やパッケージソフトの完全撤退などの事業改革に興奮する一方で、アドビの社内は、旧態依然としていたと打ち明ける。自身が手がけるマーケティングを、デジタルマーケティングに一気に振り切りたいと考えた時に、それは如実に感じられたという。

 「ソフトウエアを展開している会社であるにもかかわらず、デジタルマーケティングについてほぼ手つかずだったのです。いわゆる、“伝統的なマーケティング集団”でした。長い経歴がある人からは、特に大きな抵抗に遭いました。『今でも利益があるのに、なぜ変えないといけないのか』と。当時でも会社は一桁成長をしていましたから。でも、経営陣や私はその成長に満足していなかったのです。内外の説得は本当に苦労しました」

 ルネス氏は、まず、自社のウェブサイトをリニューアルすることを考える。彼女に言わせれば自社サイトは当時、「オンラインマガジンのような、顧客との対話が皆無のサイト」だった。「我々が持っているべきクリエイティビティを生かし切れていないし、アナリティクス(分析ツール)さえいれずに訪問者の測定もしていなかったのです」