だからお互いに相手を「出来が悪い」と思う

 スジか、量か。これは社会が所属する人々に植え付ける一種の思考のクセとか条件反射のようなものであって、そこに「良い、悪い」の違いも、「正しい、間違っている」の差も、もともと存在しないと私は思う。だから、「理解できない」「おかしい」と感じるのも当然である。

 問題は、自分自身の慣れ親しんだ判断基準をうまく運用できない相手を「出来が悪い」とお互いが思ってしまうことにある。無理もないことではあるが、相手のことを「出来が悪い」と思っていたのでは人間関係はうまくいかない。

 日本人は自分たちがものごとを判断する際に「通路とは通るところであって立ち話をするところではない」という「普遍の原則」を基準にし、それが(たぶん)世界人類共通の真理だ、と思っている。だからそういう発想をしない中国人を「出来が悪い」と思う。

 一方、中国人は、その場の状況を的確に認識し、どういう行動を取るのが最も合理的か(「今の状況下、他人が通路を通るための空間はどれだけあったらいいのか」)を瞬時に判断して、臨機応変な行動をするべきだと思っている。同じくそれが世界人類普遍の真理だと思っている。だから、どんな状況であっても原則にこだわる日本人を、頑迷固陋な「出来が悪い」人間だと思いやすい。

 まあ、なかなか難しいと言うしかないが、要はお互いに悪意があるわけではないし、もちろん双方とも「出来が悪い」わけではない。「どういう角度から物事を見るクセがついているか」が違う「だけ」なのである。

トラブル対応に強く、トラブル予防に弱い

 このような「ものの見方の違い」から、日本人と中国人は次のような行動様式の違いが導き出されてくる。そこにはメリットとデメリットがある。

 「スジ」から入る日本人は、まだ現実に発生していない(目に見えていない)ことでも、頭の中で「本来あるべき姿」を頭の中に描く習性がある。そして先回りして対策を立てようとする。

「スジ」で考える場合

●メリット
行動が計画的になる
仕事の「前始末」をするので、スムーズに進むことが多い
行動後の問題の発生率が低い

■デメリット
決断に時間がかかる
前例にとらわれやすい、変化しにくい
心配過多で、杞憂に終わることが多い。結果的に無駄が出る
製品やサービスがオーバースペック、過剰品質に陥りやすい

 一方、中国人は「原則」そのものには拘泥せず、「量」つまり「現実」を優先する。状況に応じて判断していく思考様式なので、「現時点で見えていないこと」には興味が湧かない。「そもそも論」には関心が薄い。

「量」で考える場合

●メリット
決断が速い
現状の変化に対応し、臨機応変な行動をする
(結果的に)効率的である
(現実に問題が出た時、初めて対応するので、うまく行っている間はムダな行動がない)

■デメリット
規範性が低い。人によって、状況によって言うことが変わる
継続性に乏しい。一つのことを続ける根気に欠ける
ものごとの本質を追究する姿勢が弱い