前回からお付き合いをいただいている「スジ」で考える日本人、「量」で考える中国人、おかげさまで初回は筆者の予想を大きく上回る反響をいただいた。今回は人間にとって命の次に大事だと言われるお金の感覚について、このフレームを使って考えてみたい。

日本のお金持ちが路線バスに乗る理由

 第1回でご紹介した「スジか、量か」という枠組みに、日本人と中国人のお金の使い方を当てはめると、その判断基準の違いは以下のようにまとめられる。

日本人の社会 → 論理で判断してお金を使う
(お金を使うか使わないかを「スジ」で判断する)

中国人の社会 → 払えるか払えないかで判断する
(お金を使うか使わないかを、使えるお金の「量」で判断する)

 具体的な例で説明しよう。

 少し昔の話になるが、私が中国人の配偶者と結婚し、日本で生活を始めて間もない頃のことだ。都内に借りたマンションから駅に向かうバスに乗った。周辺に高層マンションが次々と建ち始めた頃で、億を超える物件も少なくないと聞いた。

 あるバス停で2人の年配の男性が乗り込んできて、吊り革を手に世間話を始めた。「この間さ、息子に7000万円のマンション買ってやったんだよ」。

 配偶者は日本語がわかる。バスを降りた後、驚いた顔で言った。「息子さんに7000万円のマンションを買ってあげるような人が、なぜバスに乗っているの?」。

 少し説明が必要かもしれない。

 日本の社会では、お金持ちでもバスや電車に普通に乗る。それを恥ずかしいことだと感じる雰囲気はない。周囲の人も「バスなんか乗ってみっともない」などとは思わない。むしろ「お金持ちなのに偉ぶらないのがいい」などと褒められたりする。時折、「〇〇会社の社長は電車で通勤」などとメディアの話題になることもある。もちろん賞賛しているのである。

 そこにある考え方は、身体が健康で、特に天気が悪いわけでも、重い荷物を持っているわけでもなければ、バスや電車のほうがいい。なぜタクシーやクルマに乗る必要があるのか。歩いたほうが健康にいいし、エコであって社会のためにもなる――という「規範」、スジである。そして社会の大半の人がこの規範を共有している。だから、どれだけ収入や資産があるかに関係なく、特段の事情がない限り多くの人がバスや電車で移動する。

 このように、日本の社会には「お金はこう使うべき」という、社会に(かなりの程度)共有されている「べき論」があって、大半の人がその基準に従ってお金を使う。