この本に答えは描かれていない

 「ともに成長する」という意味では、あまり知識人でないほうがいいだろうと。ただ、やりすぎると、叔父さんのキャラクターと、中盤以降に登場する叔父さんからコペル君への思いを込めた「ノート」とのギャップが激しくなる。

 それ以前に、原作では叔父さんはコペル君の父親の不在を埋める存在として立ち現れてくる。色んな設定の叔父さんを描くことで、初見では気づかなかったこの関係性が見えてきたんです。

 コペル君と叔父さんの1対1の関係ではなく、その背後に父親や母親などの影が見え隠れする。この関係性は絶対に変えちゃいけないだろう、と。

 編集者の柿内さんが、この作品に近い何かを感じるものとして、内村鑑三の「後世への最大遺物」という短い文章を貸してくれたんです。人間は後世に事業やお金など色んなものを残していく。その中でも、全ての人間が残せるものが「生き様」なんだ、という内容で、ある種、この作品もそうだろうと。

 「どう生きるか」という問いはあるけど答えは描かれていない。姿勢というか人生に対する向き合い方というか、翻訳すれば「生き様」のようなものが描かれている本なのだと思っています。

つまり、漫画化するに当たって大切なのは、ストーリーではなく原作の考え方に忠実であること、ということですね。

 はい。そう思って描きました。

書き出しの印象的な場面も原作と異なります。

 これは柿内さんのアイデアですね。原作は少し冗長な入り方をしていますが、漫画の1話目としては弱い。だから最初、コペル君が何故か泣いているシーンから始めようと。

 「この少年はなんで泣いているんだろう」という取っ掛かりがほしかった。このシーンを最初に描くことで、ともすれば良い子過ぎる主人公に読者が興味を持ってもらえる。