そのまま漫画にしても面白さは生まれない

 2015年の春にお話を頂いて、コルクの佐渡島庸平さんに岩波文庫の『君たちはどう生きるか』を貸してもらいました。恥ずかしながら、僕はそれまでこの本を読んだことがなかった。強いメッセージがそのままタイトルになった本なので、やや説教臭い本なのかなと思って読み始めました。

 でも、違っていた。「コペル君」というあだ名が付けたシーンあたりからキャラクターがどんどん立ち上がっていって、非常に物語として面白かった。

 自分がこれまで描いてきた漫画は、どちらかと言えば日常にある瑣末な出来事から本質的なものを掘っていくようなアプローチでした。この本もドラマチックな出来事や敵と戦うようなストーリー性はない。おこがましい言い方かもしれませんが、感性やアプローチが自分と非常に似ている、と思ったんです。原作付きの漫画を描いたことはありませんでしたが、「もしかしたら自分に描けるかもしれない」と。

 ただし、いざ描こうと思ったら思いの外、時間がかかってしまいました…。やっぱり最初は我を出そうという気持ちがあった。小説をそのまま漫画にしても「漫画としての面白さ」は生まれない。どの程度、原作を守ってどの程度、変えるのか。そのバランスを見極めるまでに非常に時間が掛かりました。

 その1つが、コペル君と叔父さんの距離感です。

 原作をそのまま漫画にすると、どうしても上から目線になってしまうんです。だから叔父さんというコペル君のメンター役を担うキャラクターも葛藤したり成長したりしてほしかった。上から下ではなく、常に2人が「バディ」のような距離感でいるのが現代らしさなんじゃないかと。

漫画の中では叔父さんもまた、悩んでいます。

 同じ目線で前に進んでいくという構成にしたかったんです。例えば、友達の秘密を知って、コペル君と叔父さんがグングン歩く印象的なシーンがあります。このシーンも、原作ではコペル君だけが1人で歩いている。この2人のシーンを描いた時、編集者の柿内さんに、「羽賀さんなりの2人の関係性が見えてきましたね」と感想を頂いて、ようやく自分の中でも2人の関係性が見えたというのが実情です。

 叔父さんに関しては、色んなパターンを描きました。血縁関係がない赤の他人の設定や、刑務所から出てきたばかりの世捨て人のような設定まで…。

それはだいぶ印象が違う…。