第71回カンヌ国際映画祭において、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞のパルムドールを受賞しました。これを記念して過去のインタビュー記事「是枝裕和監督 家族の映画から新たな一歩を踏み出す」(2016年12月12日公開)を再掲載します。情報は公開当時のものです。

 グローバルに活躍の場を広げる“今旬の人”に、フリーアナウンサーの丁野奈都子が直撃インタビューする本連載。世界から高く評価されている是枝裕和監督にご登場いただいた前回(「是枝裕和監督 世界に届く映画が持つ作品の強度」)は、世界で評価されるための日本の映画作りの課題などを聞いた。今回は、今年5月に公開された『海よりもまだ深く』(2016年)から、是枝監督の映画の魅力と、監督が踏み出そうとしている新たな一歩に迫る。

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丁野: お仕事がお忙しいと、ご自身のご家族とのコミュニケーションはいかがですか? ご家族の方は監督の作品をご覧になったりしますか?

是枝監督: 娘は『奇跡』を見ました。まだ小学生だから2時間の作品を見るのはなかなかね。あとは…『海街diary』も見た。広瀬すずちゃんが出ていたから。『学校のカイダン』というテレビドラマを見て神木隆之介くんが気に入ったらしいんだけど、そこで共演していたすずちゃんも好きになったから『海街diary』は見てくれた…。

丁野: やはり、お父さんの映画だし。

是枝監督: 全然違いますね。まだ監督という仕事が何をするかわかっていないと思うし。ほかの子どもよりはテレビドラマをよく見ていますけど、最近は、母親と2人で織田裕二の真似ばっかりしている。僕はまったく関係ない。楽しいような楽しくないような…(笑)。

丁野: 監督にご家族ができる前と後とでは、映画を作るにあたって意識の変化ってありましたか?

是枝裕和監督(これえだ・ひろかず)
1962年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、番組制作会社テレビマンユニオンに入社。主にドキュメンタリー番組を演出、1995年に『幻の光』で映画監督デビュー。『ワンダフルライフ』(98)、『誰も知らない』(04)『そして父になる』(13)など、新作発表のたびに多くの国際映画祭に招待されるなど、国内外で高い評価を受ける。14年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げ、若手監督のプロデュースや、CM作品、ミュージックビデオの演出も手がけている。最新作「海よりもまだ深く」Blu-ray&DVD発売中
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是枝監督: うーん…、家族の捉え方は変わったね。自分が父親になって初めて、父親がいなくなったことの穴が埋められた、というか。自分の妻が母親になることで、自分が母親を失ったことが埋まっていくというように、家族の中での役割がズレていく感じがして。ああ、こうして世代というのは変わっていくんだということを、家族を持ってみて初めてわかった、という感じです。父親が居なくなったとき、俺はもう息子じゃないのか、と思ったんだけれど、でも子どもができたら、そうか、こっちに移ったんだな、と。なんだかパタンパタンと反転しながら次の世代と交代していく。家族っていうのは、そうした箱みたいな、橋みたいな、鎖みたいな…。

丁野: つながっていく存在?

是枝監督: なにかが欠けることは悪いことじゃなく、欠けたものを誰かしらが埋めていけば、次につながっていく。もらったパスを渡せばいいということを、感覚で捉えられるようになったのは成長なんだと思います。

丁野: 『海よりもまだ深く』で阿部寛さんが演じた良多という名前の主人公は、監督の『歩いても 歩いても』(08年)では息子の視点で、この作品では父親の視点でしたね。

是枝監督: たぶん、それがその2本の大きな違いじゃないかと思います。

丁野: 『そして父になる』(13年)の親子のつながりは、時間なのかそれとも血縁なのかという問いかけがありました。

是枝監督: 時間なのか血縁なのかというと、それはどちらも大事でしょう。時間が大事だと思っていても、じゃあ血のつながりはどうでもいいかというと、内心ではそう思っていないのも本心だから。でも“やっぱり血縁”とまでは思わない。たとえば震災の時の“やはり家族”っていうような、ああした閉じ方は、あまり気持ちの良いものじゃない気がするよね。じゃあ、血縁はどうでも良いのかと言われると、どうなのだろう?というのが、あの映画。どちらが良い、悪いではなくてね。

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丁野: 昔と比べて家族のあり方が変わってきているようなことがあるのでしょうか?

是枝監督: 家族の中でさまざまな問題が起き始めているとしたら、それは家族をサポートしている周囲の状況が変わってしまったからじゃないかな。共同体が壊れ、企業共同体もなくなっている、というような。

 僕は、企業共同体には否定的でしたが、終身雇用制が壊れた時に、企業共同体の崩壊がこの国をネガティブな方向に向けたという気はしてるよね。

 人間は独りでは生きていけないわけで、価値観を少しずつずらしたいろいろな共同体が、ひとりの人間のお尻の下に網の目のように張られていることが、生きてく上でのセーフティーネットになっていると思うんですよ。ひとつの網の目からこぼれても、別の網の目に引っかかって助かる、というような。

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 そうしたもののひとつが地域共同体だろうし、企業共同体もそうだったんだと思う。そして家族の共同体もあるけれど、そうした網の目がどれも粗くなってしまった。頼れる人がどこにもいなくなったというのが大きいんじゃないかな。地域共同体もなくなり、企業共同体も壊れたら、不安な人たちはみんな国家に助けを求めるよね。そういう時代、そうした状況になっているんじゃないですか。

 それが、人がすがる一番安直な価値観としてのナショナリズムが広がっていることにつながっているのではないかと。たぶん、さまざまなセーフティーネットが壊れてしまってきているからですよ。