第71回カンヌ国際映画祭において、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞のパルムドールを受賞しました。これを記念して過去のインタビュー記事「是枝裕和監督 世界に届く映画が持つ作品の強度」(2016年12月9日公開)を再掲載します。情報は公開当時のものです。

 “家族”をテーマに、映画を作り続けてきた是枝裕和監督。今年5月に公開された『海よりもまだ深く』も、「夢見た未来とちがう今を生きる、“元家族”の物語」だ。東京近郊の団地でひとり暮す母(樹木希林)の部屋に集まった息子(阿部寛)と、その別れた妻(真木よう子)、そして息子(吉澤太陽)。台風のために帰れなくなった一夜、それぞれの思いが交差する。なりたかった大人になれなかった人の心に寄り添う感動作だ。

 是枝監督作品は世界的にも評価が高く、本作も『そして父になる』(2013)『海街diary』(15)に続いて、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品(カンヌ出品は6作品目)された。ノルウェー・オスロで開かれた「第26回フィルムズ・フロム・ザ・サウス映画祭」でも、最高賞のシルバー・ミラー賞を受賞している。世界で評価されるための日本の映画作りの課題はなにか。グローバルに活躍の場を広げる“今旬の人”に、フリーアナウンサーの丁野奈都子が直撃インタビューする。

是枝裕和監督に世界に届く映画とは何かを丁野奈都子がお聞きしました
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丁野奈都子(以下、丁野): 是枝監督はこれまで家族をテーマにした作品を数多く撮られてきていますが、10月26日の東京国際映画祭の細田守監督とのトークショーで『家族の作家と言われることから離れて、別の強さを求めていけるか考えている』と発言されていますね。これからは家族の映画ではない作品を撮られるのかなと気になったのですが、どのような思いがあったのでしょうか。

是枝裕和(これえだ・ひろかず)監督
1962年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、番組制作会社テレビマンユニオンに入社。主にドキュメンタリー番組を演出、1995年に『幻の光』で映画監督デビュー。『ワンダフルライフ』(98)、『誰も知らない』(04)『そして父になる』(13)など、新作発表のたびに多くの国際映画祭に招待されるなど、国内外で高い評価を受ける。14年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げ、若手監督のプロデュースや、CM作品、ミュージックビデオの演出も手がけている。最新作『海よりもまだ深く』Blu-ray&DVD発売中
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是枝裕和監督(以下、是枝監督): どうしてもね、家族の作家という言われ方をされてしまうので。特に海外では…。それを気にしてるわけではありませんが、そろそろ違う形の作品も作りたくて、次の一歩を踏み出してみよう、ということです。

 この十年どうしても、母親を亡くしたり、子供ができたりといった自分の身の回りで起きたことが大きかったので、日々考えていることがそこに向かう比重が高くなって。必然的に作品のプロットも家族ものが多くなり、その結果として家族がテーマの映画が続いていたんです。でも、もともと家族だけを描こうと思っていたわけではないので。テレビのドキュメンタリーを作っていたときも、もう少し社会的なテーマをどうプロットに巻き込むかといったことを考えてきました。

 でもこれでまた、おじいちゃんになって孫でもできれば、そうした視点から家族ものを作りたくなるんじゃないかな。

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丁野: カンヌ国際映画祭のインタビューを拝見すると、監督は『海よりもまだ深く』が満場の拍手を受けた翌日、『こうしたら外国で通じないんじゃないかといったことは一切考えず、狭く狭く、深く深く、描いていった。深く描けばそれは届くと考えた。きょう、ここカンヌでそれを確信した』とおっしゃっていました。今後は、“世界を意識した映画の作り方”というものも、変わるのでしょうか?

是枝監督: 作品としては、監督が強く撮りたいと思っているものが、やはり強いだろうと思いますよ。作品の強度というのは、題材が家族だろうがホラーだろうがジャンルを問わず、監督の気持ちの強さがでる。そうした強さをもたない作品を世界に届けるのは、やはり難しいだろうと思います。

 強さにはいくつかの要素があって、ひとつには監督が作品のテーマに、本当の意味で向き合っているかということがあるでしょう。海外に出て行くためにどうするかを考えながら作った映画というのは、基本的にそれほど強くないということです。

 僕が海外に行くと、日本映画全体のことを聞かれたりするわけですが、そのとき良く言われるのが『日本映画には政治がないし、日本映画には社会がない』ってことです。最近の日本の監督たちは、そうしたことが題材として浮かんでこないんですよ。ミニマムになっている。僕も含めて、ですけどね。

 もちろんそうした指摘に対して、いろいろな反論があると思いますよ。たとえば“家族の中にも政治はある”という言い方だってできると思う。しかし、本来あるはずの社会問題や政治問題を含んだ作品が作りにくいという状況が、おそらく国内的にあるんだと思います。とくに現代を描いた作品で。僕も無意識のうちにそうした企画は通らないと思って避けてしまっているものがあるはずで…。

 このことは自覚しなくちゃいけないと思っています。彼ら(海外)から見たとき、社会や政治が日本映画には欠如していて、それが欠点だと思われている。それはこの15年くらい、ずっと言われ続けていることです。