キリンビールが立ち上げたクラフトビール会社「スプリングバレーブルワリー」の社長を務めるのは、発泡酒「淡麗」、缶チューハイ「氷結」、ノンアルコールビールテイスト飲料「キリンフリー」を生み出したヒットメーカーの和田徹氏。TREND EXPO 2016に登壇する和田社長によると、クラフトビールには今後の食トレンドのポイントが凝縮されているという。

和田 徹氏<br>スプリングバレーブルワリー 社長
和田 徹氏
スプリングバレーブルワリー 社長
1961年、新潟生まれ。1985年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、キリン・シーグラムに入社、ウイスキーやスピリッツなどの新商品開発や輸入ブランドのマーケティングに携わる。1997年よりキリンビール マーケティング部に移り、同社初の発泡酒「淡麗」を開発・導入。2000年に商品開発研究所リーダーに就任し、2001年にキリンのチューハイ事業参入商品となる「氷結」を手がける。2009年発売の「キリンフリー」開発も指揮。同年キリンディアジオ社に移り「ギネス」ブランドなどのディレクターを経て、2011年にキリンビール マーケティング部に再度復帰し、クラフトビール事業開発などを行う。2015年にスプリングバレーブルワリーの社長に就任

嗜好性の高い洋酒の世界からマスマーケティングへ

――キリン・シーグラムご出身なんですね。

和田徹氏(以下、和田): 昔はビールよりも洋酒が好きだったんです。リキュールとかスピリッツとかワインとかウイスキーって、少し艶っぽいというかセクシーですよね。商品としての広がりがありそうで、楽しそうに見えました。

――マーケティング担当になられたのはキリンビールに異動してからですか?

和田: その前からです。28年間、マーケティング畑にいます。市場を知るために、入社して3年くらい営業をやり、その後はずっとマーケティングをやっています。

――キリンビールへの異動は、自ら希望されたんですか?

和田: いいえ、たまたまそういう話が来たんです。洋酒は嗜好度の高いジャンルなので、面白いけれどビールのような派手なことはできませんでした。マスマーケティングで市場構造をがらりと変えるようなことや、多くの人たちの生活を変えるようなことができるチャンスだと思って、異動を快諾しました。

――ターニングポイントになった商品は?

和田: キリンビールに異動して最初に手掛けた「淡麗」ですね。今や知名度は90%以上あり、誰でも知っている商品です。発泡酒という新たな市場を作るんだという思いで開発し、その通りになりました。多くの人の生活を変えたということを実感できた商品です。目指す方向が間違っていなかったと確信でき、その自信があったので次の「氷結」ではもっとバットを長く持って、振り切れたんだと思います。

――「氷結」を作ろうと思ったきっかけは?

和田: 当時のチューハイは、おしゃれなイメージがまったくなかったんです。ヘビードリンカーのおじさんが飲むイメージでした。けれど、チューハイは飲み物としてのポテンシャルが非常に高い。飲みやすいお酒を作って、若いOLの方とか学生が人前で堂々と飲めて、それがかっこよく見えるような、これまでのチューハイというカテゴリーを様変わりさせるようなアプローチができるんじゃないかと思いました。コンサバ案から革新的な案まで幅をもって開発していくなかで、一番革新的な案でバットを振り切りましたね。既存のフォーマットを一回忘れて、これからの新しい時代のチューハイの原型を作るつもりでした。

重要なのは「マーケットを動的に捉えること」

――大きなマーケットで革新的なことをやるためのポイントはありますか?

和田: マーケットをスタティックに捉えるんじゃなくて、どれだけ動的に捉えることができるか。マーケットの見方が大事ですね。氷結を出したとき、チューハイを飲む人は20人に1人くらいでしたが、ポテンシャルとしては2人に1人くらいまでいけるという勘がありました。なぜなら、チューハイは飲みやすいですし、味のバラエティーも出せるし、若々しいイメージだって作れる。私には洋酒の経験がありましたから。

 既存の市場を10%拡大するんじゃなくて5倍とか10倍にする、それだけの起爆力をもった商品を開発し、正しいマーケティングをやっていけば、大空振りする可能性もありますが、うまくいけば本当に市場が10倍になる可能性だってあるんです。

――成功するかどうか取り組んでいる最中は分かりません。そんななか、革新的な案を進めるのは勇気がいるのでは?

和田: 理屈としては将来的に成立するはずの市場だと分かっていました。それが早いのか遅いのかという問題。ただ、そこまで大きくなるか、意外とちょっとしたもので終わるのか、それは分かりません。既存の市場の5倍、10倍になるはずだという考えを支える要素があったので、あとは思い切った商品開発と思い切った新しいマーケティングをやればいい。市場を作るには大胆なやり方が必要です。大胆なやり方のベースに、感覚として分かる理屈がいくつかあって、そのうち3つくらいが世の中のトレンドが重なっていれば、そこには必ず潜在的に大きな可能性があると思っています。

――「キリンフリー」も和田さんが担当されたんですよね。

和田: 福岡で飲酒運転による悲惨な交通事故がありました。こうした悲劇が二度と起こってほしくない、と思って開発したのが「キリンフリー」です。私の中ではアルコールをゼロにすることより、飲酒運転をゼロにしたいという思いが先にあったんです。当時のノンアルコールビールは、0.0%ではありませんでした。飲酒運転をなくすには、0.1%とか0.05%でもダメ。0.000までいかないといけない。イメージとしては、シューマッハがピットインして1缶飲んで、またコースに戻れるくらいのものを作ろうと。キリンフリーをきっかけに、他社も0.00%のノンアルコールビールを出すようになり、世界的にも多くのビールメーカーが0.00%に取り組むようなりました。私としては、すごくうれしいことです。

――飲酒運転ゼロというきちんとしたコンセプトがあったから、これだけの市場を作れたのでしょうか。

和田: 「アルコールが飲みたいけど飲めないシーンを狙う」などといったコンセプトだけだと、消費者から見透かされると思います。もうけたいんだろうって。大義と動機付けが2つそろうと、市場は大きく拡大すると思いますね。飲酒による悪い面、ダークサイドな面をなくすというのは大きな大義になれると思いますし、動機の面ではアルコールがなくてもいい状況を作りたいとか、自分の生活をコントロールしたいというのがあります。

――「淡麗」「氷結」「キリンフリー」など、新たな切り口の商品を手掛けられることが多いように見えます。意識的にそうしているのですか?

和田: キリンという会社がそうなんです。やんちゃな商品開発といいますか、新しい市場を掘り起こすマインドが会社の中に流れているんです。今までの市場の構造を1回崩して、そこに新しい秩序を作っていくような、そんな野心的である意味攻撃的な市場を作ろうとするムードがあるんです。

――ヒットを連発していますが、失敗することもあるのでしょうか。

和田: もちろんありますよ(笑)。いっぱいあります。チャレンジすることやオリジナリティーを尊重してくれる会社なので、失敗しても新たな挑戦ができるんです。

――クラフトビールに関しては、どのような戦略を立てているのですか。

和田: 今、日本ではクラフトビールのシェアがビール市場全体の1%未満しかありません。米国は10%を超えており、金額ベースでは20%以上あります。日本ではどこまでいくか分かりませんが、世界各国でクラフトビールブームが同時多発的に来ています。そのポイントはいくつかあって、それらを踏まえて進めればクラフトビールが今の10倍、20倍になる可能性もあると思っています。この考え方は、クラフトビール以外の食品にも応用できます。トレンドエキスポでは、その“4つのポイント”を詳しくお話ししたいと思います。

(構成/辛智恵、写真/シバタススム)

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