人工知能(AI)関連の技術の中で、今、もっとも注目されているのが「ディープラーニング」だ。ディープラーニングとは、脳の神経回路にヒントを得た「ニューラルネットワーク」をベースにした機械学習の手法。AIが膨大な画像、音声、テキストなどのデータを分析・学習することで、場面に合わせた対応策を導き出すことが可能になる。その能力は、ある領域においては人間と同等、あるいは「すでに人間を超えた」とも言われている。

そんなディープラーニングを小売業界や製造業界向けに展開しているのがABEJAだ。具体的な導入事例を見ながら、ディープラーニングが実現する“売れる店舗”についてTREND EXPO TOKYO 2016に登壇するCEOの岡田陽介氏に聞いた。

岡田陽介(おかだ・ようすけ)氏<br>ABEJA 代表取締役CEO
岡田陽介(おかだ・ようすけ)氏
ABEJA 代表取締役CEO
1988年生まれ。名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校ではコンピュータグラフィックスを専攻し、文部科学大臣賞を受賞。大学では3次元コンピュータグラフィックス関連の研究を複数の国際会議で発表。リッチメディアに入社し、6カ月で最年少事業本部マネージャー昇格。四半期で数億円の事業開発を担当。その後、シリコンバレーに滞在し、最先端コンピュータサイエンスをリサーチ。人工知能の革命的進化を目の当たりにする。日本に帰国後、2012年4月同社を退社し、9月にABEJAを起業

「勘と経験に頼らない店舗運営ができます」

――まずはABEJAを設立された経緯を教えてください。

岡田陽介氏(以下、岡田): 私は響で取締役CIO(最高情報責任者)として、ウェブサービスの開発を担当した後、リッチメディアに入社しました。ここで働いていた2011年から2012年にかけて、米シリコンバレーに滞在し、ディープラーニングのブレークスルーを目の当たりにしたのです。AIの精度がとてつもなく高まっていく未来を想像しましたね。

 そのころ、大学などではすでにディープラーニングの研究は進んでいましたが、日本のビジネスシーンでは全く知られていなかった……。そんな状況はビジネスチャンスというより、日本の国家的危機だと感じました。そこで、「誰もやらないなら、自分がやるしかない」と考え、帰国後の2012年9月にABEJAを設立して、国内外の大学の先生に協力いただきながら、ディープラーニングの基礎的な研究を進めていきました。

――研究はどんな内容だったのでしょう。

岡田: ディープラーニングで「できること」「できないこと」の区別を明確にすることが、最初の取り組みでした。できないことに取り組んでも、無駄な時間が過ぎるだけですからね。POC(Proof Of Concept=概念実証)を繰り返し、ディープラーニングがどんな業界に適応するのか、その業界でどのような力を発揮できるのかを見極めようとしました。

――ネットでの事業展開も視野に入れていました?

岡田: 実は、最初からネットはターゲットから外していました。というのもネットは、GoogleとFacebook等の資金力のある企業がビジネスを先行しており、既にビックデータを蓄積する基盤を築いている。ディープラーニングという新たなテクノロジーとともに参入しても、すぐにキャッチアップされてしまうという可能性があった。だから、ネットでの展開はないなと(笑)。ABEJAではPOCをリアルの世界に絞り、なかでも小売・流通業に注目しました。三越、伊勢丹などとPOCを進め、2015年10月にディープラーニングを活用した店舗解析プラットフォーム「ABEJA Platform for Retail」をリリースしました。

――ABEJA Platform for Retailは、どんなことができるのでしょうか。

岡田: 各店舗の来店人数、年齢、性別、滞在時間、通行量などの新しいデータを取得し、気象データや、POS、CRMなどの既存データと組み合わせ複合的に解析します。この結果を使って、依頼主各社が、店舗の運営状況を改善します。

――店舗データの収集は、これまでも行われてきたことですよね?

岡田: かつての店舗は、運営を「勘と経験」に頼っていたところが大きく、商品が売れる理由、売れない理由を緻密に分析していませんでした。データ収集も中途半端で、商品の売れた個数のデータは集めても、来店はしたけれど商品を買わなかった人の数や状況までは調べていません。でも、ディープラーニングを使うと、さまざまな状況が見えてきます。「100人が来店したが、2人しか買わなかった」場合と、「10人しか来店がなく、2人しか買わなかった」場合では、問題点や解決策がまったく異なってきます。「100人が来店したが、2人しか買わなかった」場合は、接客に問題があるでしょうし、「10人しか来店がなく、2人しか買わなかった」場合は、販促やマーケティングに問題があると分析できます。ABEJA Platform for Retailは、問題解決のための重要な要素を提供できるのです。

――ディープラーニングによる画像解析の精度は、どの程度正確なのでしょうか。

岡田: 90%以上の精度で、客の年齢や性別が分かります。もちろん「個人の特定」はしません。顔や服装をはじめ、さまざまなデータを蓄積することで、年齢や性別といったデータとして必要な人間の特徴を判断できるようになるのですが、具体的にAIが客のどこを見ているのかは、我々にも分かりません。それが、ディープラーニングなのです。「不思議だけど、なぜか当たる」、そんな感覚ですね。

「今後はマーケティング・オートメーションにも力を入れます」

――店舗がABEJA Platform for Retailを導入する際、費用はどの程度必要なのでしょう。

岡田: これまで従来手法による画像解析を用いた店舗解析ソリューションを導入すると、5000万円とか、1億円とか、多額の初期投資が必要になっていました。でも、ABEJA Platform for Retailは初期費用ゼロ(工事などの店舗側負担費用は別)、1アカウント月額数万円程度のコストで導入できます。低コスト化も、普及が進んだ大きな要因になっています。

――安いのに性能がいい、ということですか?

岡田: その通りです。従来の1000万円する画像解析システムより、ディープラーニングは精度が高い。ディープラーニングとは、いいとこ取りの“革命”ですよ。

――導入した店舗はABEJA Platform for Retailを使いこなせているのでしょうか。

岡田: 解析結果を可視化する管理画面「ABEJA Dashboard」をサービスの一環として、クライアントに提供しており、ディープラーニングやクラウドについて深い知識を持っていない人も、簡単に解析結果を理解いただけます。CRM(顧客関係管理)のような管理システムを導入するのと同じくらい、難易度は低いといえます。さらにABEJAでは、顧客の成功を支援するカスタマーサクセスというチームを設置しています。お客様に成功のためのステップ解説を行うなど、導入のサポートを行っています。

――導入した初日から、成果は出ますか?

岡田: さすがに初日からは無理です。というのも、まずは現状の認識が必要です。ある程度、データを収集してから、解析が始まります。

――実際にABEJA Platform for Retailを導入した企業の成果を教えてください。

岡田: アパレルのウィゴーの例をお話ししましょう。ウィゴーでは「メンズニットが売れない」という悩みを抱えていました。そこでABEJA Platform for Retailを導入していただきました。解析の結果、来店者はニットのあるコーナーではなく、別のコーナーに流れていることが判明したんです。シンプルな方法ですが、通路を広げるだけのことで通行量が上がり、ニットの売上構成比が2ポイントアップしました。

――ウィゴーをはじめ、アパレル業界への展開が多いのですね。

岡田: アパレルのほかにも、さまざまなジャンルの小売・流通の店舗に導入されています。中古車販売のIDOMも当社のシステムを導入しています。IDOMではショッピングセンターへの出店という新業態の展開にあたり、派手な車体を置き、客の目を引く売場づくりを実践しましたが、想定していたほどの効果が上がらなかったという課題を抱えていらっしゃいました。

 そこで、軽自動車をメインにしたシンプルなレイアウトに変更したのです。その結果、来店者の滞在時間が延びて、展示した5台のうち3台が2週間で売れるという成果が上がりました。ほかにも三越伊勢丹ホールディングス、東急電鉄、東急ストア、GEO、JUNなどが、ABEJA Platform for Retailを使っています。2015年10月のリリースから1年も経過していませんが、導入していただいた企業はすでに数十社に上っています。

――ABEJA Platform for Retailを導入した店舗にメリットがあることは分かりました。ではその店舗を利用する買い物客には、どんな利点があるのでしょうか。

岡田: 導入店舗はスタッフの数、商品の種類や数、店内のレイアウトなどが、買い物客にとっても最適化されますから、店の居心地がいいと感じるでしょう。時間をかけずに欲しい商品をさっと選べたり、店内をスムーズに歩けたり、快適性が高まります。

――これから先、ABEJA Platform for Retailは進化していくのですか?

岡田: 今後はマーケティング・オートメーションに力を入れていきます。実際の混雑状況にともなった来店者制御や、アプリと連動してお客様に混雑情報を通知するなど、きめ細かなサービスを展開することも可能です。この新サービスは、すでに技術面ではクリアしており、現在、導入に向けて動き始めているところです。

――海外進出や他業種にも積極的に乗り出していくとお聞きしました。

岡田: 今年7月から8月にかけて、ABEJAは総額約7.3億円の第三者割当増資を実施しました。この資金調達は、研究開発や事業推進の加速と、ASEANでの展開を見据えたものです。IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、ディープラーニングなどの技術基盤は国内外を問わず、さまざまな業界でビジネスの効率化や自動化が見込めます。これが我々の考える”第四次産業革命”です。アジアそして日本の産業構造変革の一員として、ABEJAも進化していきたいと思っています。

(文/川岸 徹、写真/シバタススム)

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