和菓子カフェ、コンビニスイーツ、雑誌やテレビの「おもたせ特集」等々、近ごろ人気と存在感がめきめきと増している和菓子。その潮流の陰にこの人ありとささやかれるのが、高島屋(※注)の和菓子バイヤー・畑主税氏だ。TREND EXPO TOKYO 2016に登壇する畑氏に、人気の和菓子イベント「WAGASHI 和菓子老舗 若き匠たちの挑戦」(通称・ワカタク)や「京都航空便」が誕生したきっかけなどヒットの裏側を聞いた。

畑 主税(はた・ちから)氏<br>高島屋 MD本部 リビング&フードディビジョン バイヤー
畑 主税(はた・ちから)氏
高島屋 MD本部 リビング&フードディビジョン バイヤー
和菓子バイヤー。2003年高島屋に入社。2006年新宿店の和菓子売場担当となって以来、全国の和菓子店を自ら訪ねるスタイルで和菓子の探求を続けている。京都の生菓子を航空便で運んで関東の店舗で販売したり、老舗の若主人たちが共同で和菓子を作って販売するなど、大胆な行動力と発想力で和菓子の将来を考えたイベントや企画を次々と発信している。2017年には自身初めての著書『ニッポン全国・和菓子の食べある記』が発売される予定

「京都から新幹線で運べば夕方から新宿店で売れる」

――もともと和菓子はお好きだったのでしょうか?

畑主税氏(以下、畑): いいえ。母が「おやつと肉は放っておいても好きになる。子どもには意識して野菜を食べさせないと」という教育方針だったので、甘いものにはほぼ無縁の生活でした。2月14日が誕生日なので、その日にチョコレートケーキを食べるくらい。それで十分でしたね。

――ところがなんと、入社直後、洋菓子売場に配属に。

畑: そうです。もう単語が分からない。フィナンシェって何? マカロンって? と。シェフのところへ行っても、こちらは何も知らないので話にならない。これではだめだと洋菓子事典を買って勉強して、洋菓子売場のケーキを端から毎日食べました。おいしい点、気に入った点などをメモして、分からないことはシェフにとことん聞いて。そうするうちに「よく知っているじゃないか」と言ってもらえるようになり、色々なイベントも展開して……あっという間の3年間でした。

――そして和菓子担当へと。

畑: 洋菓子と同じく未知の世界だったので、担当替え直後のゴールデンウィークに実家の大阪へ帰省して、自転車で京都の老舗の和菓子店、数十軒を一気に回りました。最初は店ごとの味の違いなんて分かりません。でも、そのときはちょうど「竹筒水ようかん」が出回っている時期で、順に食べていくと「ここは薄味だ、こっちは軟らかい」といった違いが分かってきました。

――ご自分なりの目安ができたのですね。

畑: はい。6月にさっそく京都の和菓子店30店舗のイベントを企画して、私自身が和服を着てマイクを持って売場で宣伝しながら販売したら評判が良くて。洋菓子時代の経験で、商品の魅力は「優しい味ですよ」といった曖昧な言葉ではなく、できるだけ具体的に訴えたほうがお客様の反応がいいことは分かっていたので、それを踏襲しました。予想の5倍以上も売れました。そこで次は10月に2倍の規模でやることにして、その目玉企画として賞味期限がその日限りの上生菓子を新宿タカシマヤで売りたいと思い立ちました。

――普通は物流に載せられないお菓子ですね。京都の老舗を説得するのも大変だったのでは?

畑: 「君が持って帰って君が売るならいいよ」と言われたお店もありました。「それなら、朝、京都に行ってタクシーでお店に取りに行って、新幹線で運べば夕方から新宿店で売れる」と思いつきまして。何も予備知識がなかったので、怖いもの知らずだったんですね。和菓子が入った段ボール箱を抱えて新宿店に着いたら、チラシの小さな告知を見たお客様が行列で待っていてくれて、本当にうれしかったのを覚えています。

――今も月1回で開催している和菓子の人気企画、「京都航空便」の始まりですね。

畑: すごく好評だったのでまたやりたい、それには物流をちゃんとしなくてはと、飛行機で運搬しながらも採算が合うように、緻密に計算して枠組みをつくりました。

「伝える部分と感じていただく部分のバランスが重要」

――仕入れる和菓子はどのようにして見つけるのでしょう。

畑: ほとんどの場合、気になるお店に普通の客として食べに行き、通ってみる。ひと月ごとに作るお菓子が変わる店のお菓子は、1年間毎月通わないと全部知ることができません。一つひとつの上生菓子を全部食べて覚えているので、いざ取引になったとき「あの月に出していた流しもの(※1)を前倒しにしましょう」とか、「あの月の餅もの(※2)を一つ入れましょう」といった提案ができます。

※1 流しもの:流し固めた和菓子。水ようかんなど
※2 餅もの:餅菓子。大福など


――ワカタク(「和菓子老舗 若き匠たちの挑戦」)はどのようにして始まったのですか?

畑: イベントを企画してスタートしたのではなく、まったくの自然発生です。2014年、ある和菓子イベントを横浜店で開催したときに、食事会を開きました。老舗の若い店主が集まったので、一人ひとり跡を継ぐことになった理由を話してもらったところ、人の数だけ深いドラマがあって。みんなが意気投合して「このメンバーで何かやれたらいいよね」と盛り上がったんですね。それで次の日さっそく会社のイベント担当部署に電話して「9月にスペース取れる?」と予約を入れて、イベントやりましょうと。

――素早い展開ですね。

畑: 僕、食事の席での軽い約束が嫌いなんです(笑)。言ったら必ずやる。今では色々なところで「畑は話したことを真に受けて全部実行するから、うっかりしたことは喋らないように」と言われているようです(笑)。

――ワカタクの方々は今の時代の和菓子に危機感を感じていたのでしょうか。

畑: 危機感というよりは、今あるものをそのまま受け流すのは嫌だ、作りたい、売りたい、発信したいという気持ちだったと思います。

――蜂蜜や紅茶、ブルーベリーといった「お題」の食材を取り入れた新商品をお披露目するなど、ワカタクは新しい試みが満載ですね。

畑: 実演と販売とイートインの3要素が合体しています。出展者が共有のスペースで和菓子を作り、みんなで売るというイベントです。

――本来、製法には各店舗の企業秘密もあるかと思います。それを共有スペースで作るということは、相当異色な試みですよね。

畑: そうですね(笑)。この6月に開催したワカタクではメンバーから「かき氷をやりたいんです」と言われて、「機械はどうするんですか?」「持ってきます」ということで、急きょかき氷のイートインコーナーも造りました。

――すっかり高島屋の名物企画ですね。

畑: 和菓子の注目度がこのごろ目に見えて上がってきたのかな。でも、これは後からついてきたことです。ワカタクは若いご主人たちが自分の言葉で伝え、お客様がダイレクトに受け止める。ここにお客様が楽しさを見出してくれればいいというイベントです。

――作り手が自分で語る、伝えるということに消費者の購買欲をかきたてるカギがありそうです。

畑: 本来和菓子店は、説明する必要がなかったと思うんですね。例えば「金つばとどら焼きでは餡を変えている」とか、「季節により餡の炊き分けもしている」といった細かな苦労は「あえて言わなくてもお客様が分かってくれている」と、お客様側に託してきました。でも、今はネットやハウツー本でさまざまな商品の説明的な描写が細かく為されているので、和菓子だけ「自分で感じてください」というのは通用しません。そこでワカタクのような「伝える」イベントが好意的に受け止められているのだと思います。ただ、そうはいっても、喋り過ぎると和菓子の奥ゆかしい部分を消してしまうことになる。ネット社会の今だからこそ、伝える部分と感じていただく部分のバランスは、気を付けていきたいですね。

(構成/宮坂敦子、写真/シバタススム)

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