広島で仕事を受注するために、まずは信頼関係を築く

 起業して半年、仕事内容は東京にいた頃と大きく変わっていない。以前から付き合いのあるクライアントとの仕事も続いており、2カ月に1度は新幹線で東京に出張しているという。「大変ありがたいことに前職の上司や、私のスキルや仕事の進め方を理解してくれているクライアントが仕事を回してくれます」とのことだが、それは山口さんが培ってきた信頼があってこそだ。その一方、広島で信頼を築いていくのはこれからだと自覚している。

 「瀬戸内の造船業はスピード感がある。建造が終わると継ぎ目なく次の船の建造が始まります。そのサイクルのなかに、私のような新規参入組が入っていくのは簡単ではない。正直な話をすれば、まだ広島の造船会社さんからは、構造計算の仕事はいただけていません」

会社名は「FRONT MISSION(フロントミッション)」。「お客様と同じ目線で前線に立って仕事をするという意味を込めました」と山口さん
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 しかし、山口さんの表情に悲壮感はない。むしろ、未来に向かって歩みを進める覚悟さえ見て取れる。印象的だったのは「造船業界では、10年でやっと一人前。そんななか、私の実務経験は6年で、しかも広島に来てまだ半年。今は地道に信頼を築く時期」という、自分のことを客観的に捉えた言葉だ。

 「起業後もひろしま産業振興機構の方からは、地元の造船関係者の方と引き合わせてくださるなど、いろいろと手助けをいただいてます。おかげさまで、営業のきっかけにもなっていますね。しかし、だからといってすぐに仕事に結びつくわけではありません。小さい仕事から経験や実績を積み、信頼してもらう。それが大きな仕事につながると考えています」

 小さなことからコツコツと。とても謙虚な受け答えだが、そこには、未来の造船業界の動向を見据えた戦略がある。その動向とは、どの業界も抱える技術者の高齢化問題だ。中小の造船業も例に漏れず、ベテラン技術者のリタイアが意識され始めているという。

 「現在も現役で構造計算や図面作成をやっている方々は、もともとは造船所で働いていて、定年後に独立したという経緯が多い。みなさん、40~50年というキャリアを持っているベテランで、今の私ではすぐに追いつくことはできません。しかし、その方々も年々勇退されていくので、私たちが先駆者に頼れるのも、いよいよ後少しの間だけです。私が狙うべきはそこを埋めること。そのためにも、今は信頼を重ねていく時期だと思っています」

 移住先に仕事があるかどうかは、とても重要だ。山口さんは短期的な視点でなく、長い目でこれから発生する仕事があるかどうかを見極めていた。今は、そのための足場固めを着実に進めている。