連載:ひとしごと~ひろしまで、働く

【PR】看護師からパン屋さんへ。離島での新しい挑戦

≪Vol.5 杭田俊美さん≫

25歳のときに名古屋から上京した杭田さん。東京でも屈指の眼科病院で看護師として20年間働いていたが、体調を崩して退職。その後は、趣味だったパン作りを仕事にするため、本格的に学び始めた。一度は東京でパン屋さんを始めるも、2016年7月に広島県尾道市の小さな離島「百島」に移住。現在はこの島で唯一のパン屋さんを開店する準備中だ。名古屋、東京と大都市で暮らしていた彼女が、なぜ人口500人あまりの島に移り住んだのか。そのストーリーを聞いてみよう。

休職して見つめ直した自分のキャリア。私には何もない!?

 「オペ看」と呼ばれる看護師がいる。オペ室、つまり手術室を担当する看護師だ。特殊な技術が求められ、手術中は高い緊張を強いられることは想像に難くない。杭田さんは、オペ看として長い間勤めていた。もともと、「人の役に立ちたい」という思いから進んだ道。仕事のやりがいはあったし、手応えも感じていた。しかし、当初の純粋な思いとキャリアを重ねる上で求められることには、徐々に隙間ができ始めたという。

 「看護師にも医者と同じように学会があって、成果や経験を発表する学術集会が開催されています。勤務していた病院はそういった活動に積極的で、私も統計を取ったり、事例を分析したりして資料を作って発表していました。でも、患者さんと直接触れ合うたびに、私自身が考える『人の役に立ちたい』という思いからは、少し離れてきた気がして……」

「百島しあわせパン製作所」杭田 俊美さん
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 ただでさえ激務のオペ看。そこに、学会での発表資料の作成。さらに、年次を重ねて役職が上がれば、さまざまな事務作業も発生する。純粋に看護業務だけを行うのは難しかったという。仕事の忙しさがたたり、体を壊して休職することになったのは、そんな頃だ。

 「何もすることがない時間。自分の人生を振り返って強く感じたのが、自分は看護師以外のことを何も知らないということ。役職にも就いたし、給与も悪くない。でも、それだけ。何のために働いているのか、分からなくなっていたんですね。何か新しいことをやってみたい、という欲が生まれました」

 体調を崩してからも、2年くらいは気力で働いていた杭田さん。しかし、働き方を含め今後の人生を考え始めたときに、看護師を続けることに自信を持つことはできなかった。一方で、膨らみ続ける「何か新しいことをしたい」という思い。「自分が本当にやりたいことは何なのか」。そう自問自答したときに出た答えが「パン屋さん」だったという。

 「パン作りは子どもの頃からの趣味。パン教室にも通って、職場に差し入れたり、青空市場で販売したりしていました。ただ、仕事にするという視点で本格的に習ったことはなかったので、ナースを辞めてからパン屋さんで修業しました。バイトという立場ですが、実際にパン作りをしながら学び直しつつ、起業セミナーにも通いました」

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