英国人の父と日本人の母の間に生まれた宮川トムさん。6歳までは東京の門前仲町で過ごし、その後に渡英。大学卒業後はロンドンの日系企業に勤めるも、好きだった写真の道に進むことを決めて人生を方向転換。一からカメラマンとしてのスキルを学び、28歳で活動の拠点を東京へと移す。そんな彼がなぜ広島県の島に移住することになったのか。そのストーリーを紹介しよう。

結婚を機に健康的な暮らしができる土地への移住を検討

 窓の外に見える大きな富士山と緑豊かな田んぼが広がる景色。トムさんが幼少期に訪れていた、母方の実家がある山梨県韮崎市の風景だ。自然に囲まれた環境を「理想」と語るトムさん。英国で暮らしている間も、頭から離れなかった。

 「僕は日本にもルーツを持っている。当然、常に日本への愛情がありました。大学では日本語を学び、1年間の日本留学を経験しています。選んだ仕事も日系企業。営業職でした。でも、仕事をしているうちに迷いが出てきた。一度きりの人生、本当に好きなことがしたい。そう思って、写真を仕事にしようとカメラマンの道に飛び込んだんです」

カメラマン、ライター 宮川 トムさん
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 27歳にして名門芸術学校(ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション。通称、LCC)へと入学したトムさん。その一方で、プロカメラマンのアシスタントも務めつつスキルを磨いていった。

 「LCCを卒業した生徒は、英国だけでなく世界中に拠点を構えて芸術活動を行います。自分ならどこか。そう考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのは日本でした。留学と違い、期限を決めずにチャレンジしてみたかったのです」

 その後、日本ではプロカメラマンとして活躍しながら翻訳や英語教師の仕事もこなしていたトムさん。そんな彼に運命の出会いが訪れる。奥さんである「真伊さん」との再会だ。彼女がスコットランドに留学していたときに知り合い、時を経て東京で偶然出会ったという。2人は2013年に結婚した。

 「結婚を機に将来の子育てを考えるようになり、健康的な暮らしができる土地への移住を検討し始めました。僕も真伊も東京を十分楽しんだ。都会暮らしを卒業する頃合いだったんでしょうね。僕は山梨で、彼女は故郷である三重県津市で山に囲まれていたので、それなら次は海でしょう(笑)!って感じで話していました。あとは、妻の実家のこともあり、西日本のどこかという希望もありましたね」