「自由に世界を旅してみたい」。そんな思いを胸に19歳まで過ごした広島を巣立った行宗さん。ニュージーランド、福岡、米国と国内外を問わず、行ってみたい土地へと足を運んだという。腰を落ち着けたのは26歳のとき。場所は、「いつかは住んでみたい」と思っていた東京だった。派遣社員を経て清掃業に就職。忙しくも充実した暮らしだったが、広島へUターンすることとなる。その理由や移住に対する想いを聞いた。

祖母と妻、家族のために広島県へのUターンを決断

 東京で15年にわたり清掃業に従事していた行宗さん。ビルやアパートだけでなく個人宅にも訪れ、真面目に、一生懸命に仕事をしている自負があった。その日々を、「仕事や上司・同僚、そして、お客様にも恵まれていました。東京での生活で親しい友人もできて、妻とも出会えた。東京での生活は充実して楽しかったですね」と振り返る。そんな行宗さんに、Uターンのきっかけとなる、2つの大きな出来事が起こった。

 「一つは、妻の病気です。いろいろな病院で診てもらったのですが、症状はなかなか改善しませんでした。何かを変えなければと、空気が良くて、食べ物や水がおいしい場所に移り住むことを考えていました。もう一つは、北広島町で暮らす祖母が認知症を患ったこと。高齢の父が広島市内から30分かけて通い、世話をしていたのですが、体力的にもずっと続けるのは厳しい。僕はおばあちゃん子だったものでなんとかできないかと思いました」

「広島北ホテル」お客様マーケティング課 行宗 晃尚さん
「広島北ホテル」お客様マーケティング課 行宗 晃尚さん
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 人生には時として想定外のことが起こる。そして、そんなときこそ、最善の選択が必要となる。行宗さんの頭に浮かんだのが、環境の良い広島県、なかでも祖母の住む北広島町への移住だった。

 「正直なところ、喜んで移住するという状態ではなかったし、不安もたくさんありました。私は、仕事があるのかという不安。東京育ちの妻は、環境を変えることで何かが変わるかもしれないという漠然とした期待と、新しい土地での生活にうまくなじめるだろうかという不安が入り交じった、複雑な気持ちだったようです」