大阪出身の前田さんは地元の公立大学、大学院へと進み、フランスのポスト印象派の画家、ポール・ゴーギャンの研究に携わった。その後、大阪の企業に就職するも、東京への転勤が決まる。一人暮らしを始めるとともに、幼い頃からの憧れだった女優にも挑戦を始めたという。しかし、30歳を前にして広島への移住を考え始める。前田さんが、広島に移住するまでの物語を語ってもらった。

広島はパリに似ている!?  自分が好きな街で暮らしたい

 地元大阪の大学で美術史を学んだ後、SEとして就職、上京した前田さん。しかし、女優との両立が難しく、退職して派遣社員やフリーランスのライターを選択する。また、大学で学んだことやライターの経験を生かして、美術館でのアルバイトなども行っていたという。その後、老舗の和菓子屋に勤めることになる。28歳のときだ。

 「派遣社員で勤めた和菓子屋さんが女優業に理解があり、時間に融通を利かせながら働ける条件で常勤にならないかと声をかけてくれました。恵まれた環境ではあったのですが、30歳という区切りの年齢を迎えるときに、このままでいいの? と考え始めたんです。舞台や映画に出演できてはいましたが、それ一本で食べていくのは現実的に厳しい面がありました。東京には女優としてのチャンスは多い。でも、それだけに競争も激しかった。私がいた和菓子屋さんに、他にも女優の卵がいたくらいですからね(笑)。正直、東京での明るい未来を描けませんでした」

「広島マリーナホップ」広報担当、女優 前田 多美さん
「広島マリーナホップ」広報担当、女優 前田 多美さん
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 そんなこともあり「自分が好きな街でのんびりと暮らしたい」と考え始めた前田さん。そのとき、最初に浮かんだのが広島だった。

 「広島には、以前出演した映画のロケで1週間ほど滞在したことがありました。そのときに泊まらせてもらったのは、映画製作チームのおうち。お母さんが私に広島の良さを知ってもらおうと、ホントに親身なってくれて、地元愛を感じるとともに人の温かさが身に染みました」

 もう一つ、大学院での研究でフランスに短期留学したことのある前田さんならではの感想もあった。

 「広島って、どことなくパリの雰囲気に似ているんです。私はパリの街並みが大好きだったので、広島もスゴく落ち着きましたね。どこがパリ? うーん、言葉で表現するのは難しいけど、人が歩くスピードや街の音、それに街を照らす光の感じですかね。あ、これを話すと、みんなポカーンとします(笑)」