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 日本で生まれた技術が、世界を変えた――。今、誰もが手にしているスマートフォンには、半導体記憶媒体「フラッシュメモリ」が組み込まれている。フラッシュメモリは電源が切れてもデータを保持し、小さくて軽い。おまけに消費電力も少なく、衝撃にも強い。大量の画像や音楽、動画データを手軽に持ち歩けるようになったのは、約30年前、東芝が開発したこの技術のおかげなのだ。

 フラッシュメモリは今や、世の中のありとあらゆる製品に使われている。USBメモリ、SDカード、パソコンのHDDに置き換わりつつあるSSDもフラッシュメモリだ。また、エアコンや冷蔵庫、電子レンジといった家電製品全般に使われ、さまざまな機能のプログラムを記憶している。自動車、Suicaなどの交通系ICカードやクレジットカードにも使われている。豊かな現代社会は、もはやフラッシュメモリなしでは成り立たない。

 しかし、フラッシュメモリを発明し、開発を推し進めたのが、元・東芝社員の舛岡富士雄(ますおか・ふじお)であることをどれほどの人がご存じだろうか? 現在、東芝は原発事業での巨額損失から稼ぎ頭の半導体事業を分社化し、売却することで経営再建を図っている。資産価値2兆円ともいわれるその半導体事業が、まさに「フラッシュメモリ事業」なのだ。

 昨年から今年にかけ、東芝の苦境やその経営問題については繰り返しさまざまなメディアで取り上げられた。だが、ある一点については、なぜか“空白”になっていた。

「フラッシュメモリという技術革新は、いかにして東芝から生まれたのか?」

 それについて報じられることはほとんどなかった。そこで今回、私は自ら企画・制作している特別番組『ブレイブ 勇敢なる者』の第3弾「硬骨エンジニア」でこの点に迫った(11月23日<木・祝>23:00~23:49、NHK総合で放送予定)。その取材で最も興味深かったのが、舛岡さんの独特な「マネジメント」だった。