『哲子の部屋』『ブレイブ 勇敢なる者「硬骨エンジニア」』など、独自の切り口のテレビ番組を企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏が展開するコンテンツ論の第27回。

 プレゼンテーションなど、「人に何かを伝えること」に苦手意識を持つ人は少なくない。一方で、自らプレゼンする有名企業のCEOなどは、人々の興味を引きつけ、観客の心を揺さぶる発表を行ったりする。

 世の中にはなぜ、同じ内容でも、つまらなく話す人と時間を忘れるほど面白く語る人がいるのか? その違いは何なのか――。単純に話術の違いと片付けてしまいがちだが、そこには話しぶりの軽妙さだけでなく、「どんな情報を、どういう順番で示すか」という“構成力”(ストーリーテリング)の違いが存在すると思う。

 構成を練る上で、私がぜひオススメしたいのが、映像業界ではよく知られた「ペタペタ」という方法だ。ペタペタとは、編集中などに付箋紙に項目や撮影したシーンを大雑把に書き出し、壁に貼り出して「どんな要素を、どういう順番で並べるか」をシミュレーションすること。文字通り、壁などに“ペタペタ”と貼りながら構成を考えるのだ。

 そもそも、なぜ、ペタペタをするのか――。その理由は明白だ。「構成」というのは、人に何かを伝える際に避けては通れない要素だからだ。番組であろうと、プレゼンであろうと、必ず始まりがあり、終わりがある。時間は一方向に流れるので、「どんな要素(情報)を、どういった順番で配置するか」というのは根本的な問題なのだ。

 ペタペタを行うメリットは計り知れない。まず、番組全体を俯瞰で捉えられるようになる。どんな要素があり、どれとどれに因果関係があるか、一目瞭然(りょうぜん)なのだ。ペタペタは、あるエピソードや出来事、人間関係の“相関図”でもある。どこで伏線を回収するか、話のオチや着地点をどこに持って行くか、という視点に立つことができる。

 冒頭には、人々の関心をかき立てる問題提起や謎といった「つかみ」を配置する。それによって淡々とした流れに「劇性」を加え、観客を「体験」に巻き込むよう設計するのだ。さらに、重複する箇所を整理し、シーンを省略することでリズムやテンポも上がる。

 そして、各要素の順番を入れ替えるだけで各シーンの意味合いが変わり、ある出来事がガラッと違った印象で見えることに気がつくことができる。こうした“思考の柔軟性”が得られるのが、ペタペタの最大のメリットでもある。

 ペタペタの絶大な効果を知らない人は、「デジタルの時代に、なんてアナログな……」と一笑するかもしれない。現にテレビ業界でも、最近はペタペタをしない若手制作者が多いと聞く。「PC上で自在に撮影素材を編集できる時代に、わざわざ手書きの付箋紙を並べ替えることに意味があるのか?」と思うのかもしれない。

 だが、すっかりワークフローがデジタル化した現在でも、私はこのペタペタという方法を重宝し、最大限に活用している。自ら各要素を要約して書き出し、並べ替えて整理し、引いて全体を眺め、また並べ替えて……、という試行錯誤を繰り返す中で、PC上での編集では得られない気づきや発見が得られるからだ。

 番組作りの基本はまさに、取材で得た複雑な情報を整理し、無数の選択肢の中から適切な順番を見出し、並べ替えること=「構成」することだと捉えている(NHKではかつて「ディレクター」はスタッフロールで「構成」と表記されていた。※以前のコラム「あらゆるコンテンツは『構成』から逃れられない」参照)。

 逆に、「出来が悪い番組」というのは、端的にいえば「構成がつまらない」場合がほとんどだ。つかみが弱い。展開が予定調和で、回りくどい。物事の因果関係もはっきりせず、話がボンヤリして“読後感”も良くない。そうした問題を抱えていることが多い。

 実際、放送前に番組関係者がVTRをプレビュー(NHKでは「試写」と呼ぶ)するとき、話題になるのは決まって「どの要素(情報)を、どういう順番で並べるべきか」という構成の問題だ。すでにロケを終えた編集段階で修正できる要素は構成かナレーションぐらいしかないが、構成を工夫することで内容は見違えるように面白くなる。

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