2016年3月期決算で増収減益だったバンダイナムコホールディングス。その中核事業会社であるバンダイナムコエンターテインメント(BNE)も売上高3209億4100万円(前年比8.3%増)、セグメント収益239億3000万円(前年比18.3%減)と増収減益だった。とはいえ、バンダイナムコホールディングス全体の海外売上高(地域別)が前年比20~45%増と伸びており、特に『ドラゴンボール』シリーズや『NARUTO』シリーズなどのゲームコンテンツの好調さが貢献したようだ。BNEはこれまでも人気IP(知的財産)を軸としたゲーム制作に定評があったが、海外市場でのヒット作はそう多くなかった。2015年以降に、突如として海外市場で強みが増してきたのはなぜか。同社常務取締役の浅沼誠氏にその理由と今後の展望について聞いた。 (聞き手/渡辺一正、文/上原太郎、写真/稲垣純也)
ネットワーク型コンテンツの好調目立つ
――バンダイナムコエンターテインメント(以下、BNE)として、2015年はどういう1年でしたか?
浅沼誠常務(以下、浅沼氏): 全体的なビジネスでいうと、ネットワークコンテンツのアプリ関係がさらに伸びてきたのが大きいですね。ご存じの通り弊社のゲーム事業は、家庭用ゲーム機(コンシューマ機、以下CS)事業と、スマートフォンやパソコン向けのネットワークコンテンツ(ネットワークエンターテインメント、以下NE)事業と、業務用ゲーム機(以下AM)事業、そしてパチンコ・パチスロのコンテンツ開発の4つになります。
CS事業も健闘しているのですが、ビジネスのボリュームではNE事業の好調さが目立ちます。国内のネットワーク事業はまだまだできることがあって、『ドラゴンボールZ ドッカンバトル』ですとか、『アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ』などのタイトルはきちんとしたビジネスができたなと思います。
ただ、全体としては良いことばかりだったわけではありません。AM事業も苦戦しましたし、CS事業のプレイステーション4(以下、PS4)向けタイトルなどは、もっと伸びてほしいなと思います。PS3のときのように、もっとハード自体の売れ行きが加速するような強力なタイトルが欲しいところです。
――PS4の伸びにやっとエンジンがかかってきたというイメージですが、ワールドワイドと比べると、日本はまだ力強さが足りないでしょうか。
浅沼氏: おっしゃる通り、確かに海外の売れ行きは非常に良かったですね。過去最高と言ってもいい成績です。欧州を中心に、『The Witcher 3: Wild Hunt』や『Project CARS』などサードパーティのタイトルで強いものがそろっていたのと、『ダークソウル2』や『ドラゴンボール ゼノバース』などのリピートが大きく貢献しました。
BNEとしては、これまで欧米のCS事業がなかなか厳しい時代がありました。PS2の時代に『ドラゴンボールZ』が全世界で数百万本を売り上げたこともあったのですが、利益に貢献できない時期もしばらくありました。
ただここ2~3年で、状況はかなり改善されてきています。『ドラゴンボール ゼノバース』は、実は開発体制を1回リセットして作り直したタイトルなのです。本作が非常に売れたということは、国内の開発体制と海外マーケットのニーズがさらにかみ合ってきたのかなという印象がありますね。
海外対応の横串部門によってコンテンツの作り方も変化
――流通にかかわる体制も変わったのでしょうか。
浅沼氏: 弊社は世界各地に地域販売会社を置いているのですが、全体的な効率性を考えて地域販売会社の統廃合をここ数年で実施してきました。さらに国内の開発体制、海外のマーケティングのコミュニケーションをより強靱(きょうじん)にするために、さまざまな施策に取り組んできたのです。それらが結実したのではないでしょうか。
それから、2015年の4月にグローバル事業推進室という部署を、BNEとして初めて作ったことが、海外事業が好転した一つのトリガーになったと考えています。
――横串で海外事業を見る部門ができたということですね。
浅沼氏: はい。実は、今まで事業部ごとに海外展開してきていたのです。今回、グローバル事業推進室がBNEアメリカやBNEヨーロッパといった海外の地域会社の立場に立って、国内の担当部署と調整するというハブ機能を実現できました。これがとても効果的だったと考えられます。
それとPS4とXbox Oneの売れ行きは海外市場では絶好調なので、これがそのままCS事業の好調さにつながっているのではないでしょうか。2016年3月に発売した『NARUTO-ナルト- 疾風伝 ナルティメットストーム4』も非常に好調ですし、ハードとの好循環とよくかみ合っているという印象です。
――『聖闘士星矢 SOLDIERS’SOUL』のビジネスは良かったと聞きました。
浅沼氏: 『星矢』は、実は南米での人気が大変高いのです。企画当初からプロデューサーとBNEアメリカと一緒に戦略的に取り組んで、ゲーム内の音声は南米地域版アニメ声優を起用するといった南米市場を意識した制作が奏功したのではないかと思います。
『星矢』の例に代表されるように、最近のゲーム制作で劇的に変化したのは、言語対応ですね。最近、アラビア語に対応したタイトルを発売するなど、最大13言語で展開しています。販売データを集めている段階ですが、そのタイトルはアラビア語圏での売り上げがおそらく伸びていると思います。販売網の整備や、ゲーム自体のローカライズ、カルチャライズなどがいい感じで回り始めた実感があります。
その中核になるのが、グローバル事業推進室で、ローカライズについても全世界の案件を統括しています。全世界の担当者が集まる会議を仕切ったり、効率よくローカライズするための方法を探ったりする業務も担当しています。『NARUTO』関連のゲームがグローバルで好調なのは、こうした開発体制、販売体制を改善して成功した表れだと言えますね。今後も、戦略的に海外向けビジネスの比率を上げていきたいと考えています。
中国市場向けビジネスが加速中
――国内のCS事業はいかがでしょうか。
浅沼氏: ビジネスで見ると、若干厳しいという部分はありました。良い結果を残したといえるトピックがちょっと足りなかった、というのが国内CS事業の反省点で、もう少し頑張らなければならないですね。
一方でゲーム開発費が高騰している現在、日本市場単独の採算性で勝負するのは、年々ハードルが上がりつつあります。また日本の漫画、アニメーションといったカルチャーはますます海外での評価が上がり、ビジネスチャンスを広げている状況となっています。ですから、世界的に強いアニメーションや漫画原作をゲーム化して、海外市場でより広く大きくビジネスするという動きに自然と向かっています。
例えば『ソードアート・オンライン』シリーズは、アジアだけではなく北米市場でも良い評価をいただき好調です。また、『NARUTO』などは、ビジネス全体に占める日本市場の割合よりも海外での販売本数が圧倒的に多くなっており、欧米とアジアその他の地域で好調です。今後、グローバル戦略を強化していくと、日本市場が占める位置が海外と逆転するタイトルも増えてくるのではないかと予想します。
――ネットワーク系ゲームタイトルのお話をお聞かせください。これは国内外とも伸びましたか?
浅沼氏: 海外は特に中国市場が好調でした。現地法人のバンダイナムコ上海を設立して、もうすぐ1年がたつのですが、現地のパートナー企業と連携しながら展開している『ドラゴンボールZ ドッカンバトル』や、ワンピースの『航海王 啓航』、NARUTOの『火影忍者MOBILE』のネイティブアプリのビジネスがいいですね。
それぞれが中国市場のアプリランキングで1位を取りました。中国では『NARUTO』が人気で、かなり好調に推移しています。全く恐るべき中国市場です(笑)。中国市場はまだまだポテンシャルがありますし、中国への取り組みは間違っていなかったという自信が湧いてきました。
一方で、国内では『アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ』も、大きなビジネスになっています。全体で見ると国内、海外のバランスが徐々に良くなってきている感じがしますね。
――これまでは中国市場に対する難しさを強調されることが多かったと思います。
浅沼氏: 中国市場でヒットを飛ばす以前の問題があるのは事実ですね。我々も、これまでいろいろな失敗を積み重ねてきました。ある程度、綿密な計画をして取り組むのですが、最後までたどり着くのが難しい。リスク管理はしていますが、やってみないと分からないところも多い。実行してみて、機敏に修正をしていくことが重要なのかもしれません。
――中国で受けるものは日本とは違いますか?
浅沼氏: 違いますね。中国のスマホゲームユーザーは、自分の実力をアピールできるような投資要素が好みで、コレクション性の高い要素を好む日本のユーザーとは異なると思います。こうした趣味、嗜好の違いについても、良い現地パートナー企業を見つけて、ビジネスの展開について議論することで認識できます。
――現地パートナーを信じて一歩踏み出すというBNEの姿勢は、1、2年前と比べて変化しましたか?
浅沼氏: 現地パートナーとの緻密な連携を取るためには、速やかに中国現地法人を作ることが必要でした。また、著作権を無視したいわゆる海賊版問題に対しても、中国国内から直接に抗議するというミッションもありました。
そのため、バンダイナムコ上海は日本からの出向者は若干名、あとは現地雇用のスタッフでスピーディーに立ち上げつつ、強いキャラクターIPでゲームを作ってきたこれまでのキャリアがアドバンテージとなって、短期間に突き進むことができたんだと思います。
家庭用ゲームの売れ方が変化
―――ダウンロード版のコンテンツはネットワーク事業ですか、それともCS事業にカウントしていますか。
浅沼氏: CS事業の中に含んでいます。海外のゲーム会社のトレンドでは、この半年ぐらいでデジタル(ダウンロード)割合が、急速に伸びてきました。それでもまだパッケージ販売のほうが多いですけれども。
現在の日本市場ではダウンロード販売が平均的に10%あるかないか程度のボリュームです。欧米マーケットではダウンロード販売が既に3割を超えています。ゲームの入手経路として、ダウンロードは非常に有効なんですよね。デジタル販売の比率が増えたことで、我々のマーケティングの手法もデジタルへの緻密な対応が始まっています。
――マーケティングがデジタルになるということは、店頭施策からネットやほかの新しい方法を考えなければならなくなってきたということでしょうか。
浅沼氏: そうですね。店頭販売とダウンロード販売の比率が逆転する日が来るかもしれませんが、ここしばらくは店頭の重要性は続くと考えています。主に欧米での店頭施策ですが、あるゲームの追加コンテンツ――例えば新しいマップなどは特定のチェーン店でしか販売しないという手法を使っているメーカーもありますから。
――ゲームの売れ方の変化についてはいかがでしょうか。ロングテール商品も増えてきたようですが。
浅沼氏: 大型タイトルに分類される30万本、40万本を売れるはずのゲームであっても、販売店側はどこまで自信を持って、最初の発注数を積み上げられるか、以前よりも予測が困難になってきました。実際、発売後に動向を見ながら買おうとする消費者は増えている気がします。
発売日当日に並んででも買おうとする人の気持ちってなんだろうと考えると、「人より早くやりたい」とか「早く先に進みたい」とか、「ここまで進んだと自慢したい」とか、そういう気持ちだと思うんですよね。でも、今の若者の間では「そんなに重要なことじゃない」というふうに価値観が変わっていると思うんですね。今のトレンドにゲーム業界が乗り切れていないのかもしれません。
お台場に面白いことがあるというムーブメントを作りたい
――AM事業の動向はいかがでしょうか。
浅沼氏: AM事業は少し数字が下がっていて、決して順調な事業ではありません。アミューズメント施設、ゲームセンター離れが進んでいると感じていて、この状況を打破したいですね。
では何をすべきか、という点についてはかなり知恵を絞らなければならない。『機動戦士ガンダム 戦場の絆』みたいな大型ドームで、全く見たことのないようなゲーム筐体を作るか。プリクラのようなゲームとは違う新しい機能を加えていくべきか――。そうした試行錯誤があったとしても、ヒット商品は簡単には出ないものですね。
販売本数100万本のヒットの可能性があるCS事業とは違って、国内のアミューズメント施設のキャパシティはある程度決まっていますので、ゲーム筐体を置ける量が決まっている。そうした枠を取り払うように、ゲーム施設自体が次のステップに進んでいく必要もあるかもしれません。
例えば、Round1(ラウンドワン)のような総合エンタメ施設にするのも素晴らしいアイデアだと思います。ほかにも、ナムコの直営店では最近、『アイドルマスター』のグッズを販売するなど、約200店舗の直営店を生かしたアイデアを出して、面白いことができるんじゃないかと期待しています。
――4月には東京・お台場にVR(仮想現実)を体験できる施設「VR ZONE Project i Can」(以下、「VR ZONE」)がスタートしました(関連記事:怖さで絶叫、膝はガクガク、ナムコのVR施設が楽しい!)。
浅沼氏: VR専門のエンターテインメント研究施設なんです。VRのアクティビティーとして、高所体験や、自動車レースやロボットの操縦など6種類をそろえています。VRは、一度体験するとみなさん「次に来るのはこれだ!」とおっしゃいます。
しかし、個人で楽しむにはハードウエアをそろえなければならず、敷居はまだ高い。それであれば、ゲームセンター形式のVR施設に来てもらって体験していただくのは、まさに新しい形かなと思っており、新しいエンターテインメントを提供するための期間限定の研究施設と位置付けています。
――VRへの取り組みはどのような段階にありますか。
浅沼氏: 今の段階では、ゲーム性の部分をどうするかが一番の課題だと思います。単なる3D映像を流し込むだけだと、全然面白くないんです。VR業界はまだ創生期で、プラットフォームも戦国時代ですし、実験の域を出ていない部分もあります。そんな中、開発側も本当に手さぐり状態ですが新施設「VR ZONE」ができて、やっとゲームらしいコンテンツができました。この先、お台場に行けば面白いことがある!というトレンドを作りたいものです。
リアルとデジタルとネットワークを融合
――2016年はどのように見ておられますか?
浅沼氏: リアルとデジタルとネットワークという3つの融合、というのが事業としての基本になるんじゃないかと思っています。バンダイナムコグループ全体で見てみると、『ラブライブ!』が東京ドームで2日間公演をやったことは、完全にリアルとデジタルの融合ですよね。こういう取り組みをもっともっと我々はできるんじゃないかと思っています。
携帯電話向けタイトルで『アイドルマスター SideM』という女性向けゲームがありまして、登場する男性声優さんのライブを最近始めました。これもリアルとデジタルの融合のひとつの形ですね。
VR事業でも同じですが、私としては世の中の「トレンド」を作っていきたいんですね。『日経トレンディ』の巻頭特集になったりできればと(笑)。ゲームファンだけではなくて、一般の方々にも「今、ここに行かなきゃ乗り遅れるという感情」を持ってもらえるように盛り上げていきたい。大いに話題になりましたが『アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ』のCMもそうした狙いからです。
――最後に海外戦略に関してはいかがでしょうか。
浅沼氏: まずは、アジア全般ですね。ベトナムやタイをはじめ、東アジアや東南アジアを含めてきめ細かく展開しつつあります。アジア圏は日本のアニメーションが浸透しているという地の利があります。出だしが好調な中国市場でも、もっとセールスを積み上げたいと思っています。バンダイナムコエンターテインメントになって10年になりますが、ゲームビジネスをグローバル全体で考えるというやり方が、やっと浸透し始めたのだと思います。