2013年7月にゲームが発売された『妖怪ウォッチ』は、2014年に開始したテレビアニメの放送をきっかけにブレイク。シリーズの国内外累計出荷本数が2015年12月に1000万本を突破するなど(DL版含む)、レベルファイブは日本を代表するゲームメーカーとなった。同社は10年近く実践してきた『イナズマイレブン』などのクロスメディア展開をさらに発展させ、2015年10月には『妖怪ウォッチ』で米国に進出するなど快進撃が続く。2016年7月16日にはナンバリングタイトルの『妖怪ウォッチ3 スシ/テンプラ』(以下、『妖怪ウォッチ3』)の発売が控えており、改めて旋風を巻き起こしそうだ。同社代表取締役社長/CEOの日野晃博氏は、「2016年は『妖怪ウォッチ』の集大成の年になりそう」と語る。2016年も新たな挑戦が続く同社の今後の戦略を、日野氏に聞いた。 (文/上原太郎、写真/飯山翔三)

日野晃博(ひのあきひろ)
日野晃博(ひのあきひろ)
レベルファイブ 代表取締役社長/CEO
福岡の開発会社でメインプログラマー、ディレクターを経て、子供たちにワクワクしてもらえるゲームを作りたいという思いから、1998年10月にレベルファイブを設立。世界累計出荷1550万本を記録した『レイトン教授』シリーズなど、幅広いユーザーに向けた温かみのある作品づくりが特徴。またクロスメディア展開を得意とし、『イナズマイレブン』シリーズ、『妖怪ウォッチ』シリーズなどヒット作を次々とプロデュースする

7月発売の『妖怪ウォッチ3』でブーム再燃を狙う

――昨年12月19日に公開した『映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』が、週末観客動員数で(興行通信社調べ)で同週公開の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を上回り、首位になったことが大いに話題になりましたね。

日野晃博社長(以下、日野氏): 社内でも軽いお祭りになりました(笑)。僕らも全く想像していなかったので。むしろ、どのくらい差をつけられるだろうかとか、ある程度持ちこたえて欲しいとの思いはありましたが、勝って胸を張れるイメージは持っていなかったですね。

――しかも2週目も1位でした。

日野氏: 売り上げや動員がどうこうということよりも、それが世間の話題になったということが大きかったですね。動員数で2週続けて1位を取っても意味があるのは興行成績と言われてしまえばそれまでなのですが。でもファン以外の方たちも含めて、「日本人でも頑張れる」という象徴みたいに見てくださって、自分たちのことのように喜んでくれたり、誇るべき結果だと盛り上げてくれました。

――日野さん自身は、劇場に足を運ばれるんですか?

日野氏: 自分でお金を払って何回も見に行っています。いとこの子どもたちを連れて行ったりとか。ストーリーはもちろん全部知っているから、みんなの反応を見に行くんですよね。お客さんがどこで笑って、どこでつまんなそうにするのか、ちゃんと確認して次につなげたいと思っています。今回は、笑ってほしいところで、予想以上にみんな盛り上がってくれていましたね。あ、ちなみに『スター・ウォーズ』も昔からの大ファンなので、何回も見に行っちゃいましたけど(笑)。

――劇場2作目となる本作は5話のオムニバスという面白い形式でした。

日野氏: そうですね。東宝の方々も目から鱗(うろこ)だったようで、「オムニバスでこんなに面白くできるとは」と言っていただきましたね。オムニバスでも全部話はつながっていて、各話で笑って泣けるようにというコンセプトがありました。切なくて涙する部分と、笑える部分の両方を一つひとつの話に入れる形にしています。

――エピソード2の『ジバニャンの華麗なる作戦』は特に泣けました。

日野氏: 大人になったエミちゃんのストーリーですね。実は、エミちゃん関係の作品は、テレビアニメでも自分でシナリオを書いたりして、力を入れているんです(笑)。映画全体としては大人向けの要素もあるので、大人も子どもも楽しめる内容になっているはずです。ただ今後のテレビアニメの方向性としては、そろそろ『妖怪ウォッチ』の原点に戻すことも必要かなとも思っています。

――どういうことですか?

日野氏: これまでさまざまな新しいことに挑戦してきたのですが、それが一周したので、丁寧に妖怪を出して、その妖怪のちょっと泣ける話をするとか、放送が始まったころのような基本に引き戻そうかなと。

――確かに2015年は、イナホという新しい女の子の主人公が登場したり、USAピョンという新キャラクターが登場したり、攻めの姿勢が目立ちましたね。

レベルファイブ代表取締役社長/CEOの日野晃博氏
レベルファイブ代表取締役社長/CEOの日野晃博氏

日野氏: USAピョンに関しては、『月刊コロコロコミック』(小学館)でも人気キャラクターになっています。『妖怪ウォッチ』のブーム自体は昨年と比べて落ち着いている部分が多少はある中、キャラクターの人気は維持できたのではないかと思っています。昨年ナンバリングタイトルは出せていませんでしたが、満を持して『妖怪ウォッチ3』を今年7月に発売するので、ゲームをきっかけにブームが再燃するかなと思っています。

今年開催の「LEVEL5 VISION 2016」で新情報を公開

――『妖怪ウォッチ』シリーズに関しては2015年10月に北米に進出しました。

日野氏: テレビアニメは現地の「ディズニーXD」で高視聴率を取っていたり、順調な部分もあるんですが、課題もいっぱいあって。特にゲームソフトはまだ40万本程度で、普通のソフトとして考えるとヒットと言えなくもないのですが、『妖怪ウォッチ』としては、まだまだ全然足りないと感じています。

 北米という場所は、あるコンテンツに火が付くまで、投入からしばらく時間がかかるようです。今はまさに投入途中の段階なので、半年後、1年後というタイミングでちゃんと花開いてくれるように、最大限の工夫をしているところです。具体的には言えないのですが、日本ではまだ行っていないような取り組みを、北米先行か、最低限でも日米同時に実施するアイデアもあります。

――今年の「LEVEL5 VISION」でも、何か新情報が出てくると期待されています。例えば、昨年の映画の初日舞台挨拶で少しお話しされていましたが、映画第3弾『妖怪ウォッチ』は実写化されるという情報もあります

日野氏: やっぱり毎回毎回、何か新しいことをしたいんですよね。本作では実写とアニメを両方使うような映像になっています。最初、フルCG映画を作りたいねっていう思いはあったんですけど、それだと制作に2年くらいかかるんです。実は完全実写でも同じくらいの期間がかかることが分かりました。できれば、毎年1本は作っていきたいので、制作方法や内容を工夫しながら、1年のサイクルで映画を作れるような構造を考えて、全体のストーリーも組み立てていきました。

――昨年の「LEVEL5 VISION 2015」で発表された『スナックワールド』など、ほかの作品に関する新情報はいかがでしょうか。

日野氏: 『スナックワールド』に関しても、かなりの新情報を出せると思います。フルCGで制作しているので、アニメの制作にかなり時間がかかってしまっていて、アニメやゲームは年をまたぐ可能性もあるのですが、脚本自体はかなり進んでいます。懐かしの過去作についても、新展開を期待していただいてよいかもしれません。

『妖怪ウォッチ3』では、NFCチップを使って玩具と店頭を結びつける

――7月16日に発売される『妖怪ウォッチ3』への期待を改めてお聞かせください。

日野氏: 今年は『妖怪ウォッチ』を徹底的にやっていきます。「LEVEL5 VISION 2016」では、新作や新情報を発表しますが、それは今年の末から来年にかけての新構想であって、今年のビジネスの軸は『妖怪ウォッチ3』だと思います。

――『妖怪ウォッチ3』の注目ポイントはどういったとことでしょうか?

日野氏: 冒険の舞台が前作までの「さくらニュータウン」から、USAの「セントピーナッツバーグ」という『トムソーヤの冒険』のような世界観をもった場所に移るので、すべてマップが新しくなっています。RPGの新作を出す以上、冒険のフィールドをこれまでとは全く異なるようにしないと、お客さんに対して失礼という思いがあるんですよね。

 もちろん、妖怪のデータの一部を前作から引き継いでいる部分もあるんですが、それだけでは作りたくはなかった。なので、ROM容量も『妖怪ウォッチ2 元祖/本家/真打』の2倍になっています。

――『妖怪ウォッチ3』の新機軸に関してはいかがですか?

日野氏: 今回からデータを読み書きできるNFCチップが入った「妖怪ドリームメダル」が登場します。NFCチップの通信機能を介して、『妖怪ウォッチ3』ほか、新型玩具の「DX妖怪ウォッチ ドリーム」や店頭筐体の「妖怪ドリームルーレット」で「妖気」というオーラのようなデータの受け取りができるようになるんです。

 例えば、ショッピングモールに置かれている妖怪ドリームルーレットで、“炎のオーラ”を妖怪ドリームメダルにチャージして、それを『妖怪ウォッチ3』で遊ぶといろいろと起きるみたいな。妖怪メダルをいろんなところに持っていくとそれまでとは違う体験ができるという、新しい遊びを作っています。これも前に成功した、ひとつのメディアをやったあとに他のメディアに行きたくなるみたいな工夫のひとつですね。今回も大きなブームを起こせると期待しています。

――クロスメディアという意味では出発点の『イナズマイレブン』から約9年が経過しています。

日野氏: 長くクロスメディアをやってきて、『妖怪ウォッチ』で大ブレイクできたことは非常にうれしく思っています。社内外のクリエイターの連携方法とか、どんなタイトルが向いているのかとか、クロスメディアのコツを少しずつつかんでいきながら、偶然な部分も作用して。社内はもちろんですけど、社外の人たちとクリエイター同士がうまく連携できていると思います。「妖怪ドリームメダル」みたいな取り組みは、それぞれのクリエイターが相当深く協力し合わないと実現しないんです。

――改めてクロスメディアの面白さとは?

日野氏: 違う世界のいろいろな人たちと、一緒にモノづくりを考えられるということですね。それは本当にすごく楽しい。クリエイターは分野ごとに考えていることがみんな違いますからね。昔は大変だと思うこともあったのですが、いまは楽しいと思うことのほうが多いですよね。新しい発見も、学ぶことがいっぱいあります。ただね、やりすぎで時間がないんですけどね(笑)。

2016年7月16日に発売する『妖怪ウォッチ3 スシ/テンプラ』
(C) LEVEL-5 Inc.

批判を含めた反響こそが僕らの起こしたいもの

――確かに2016年4月には、『妖怪三国志』をコーエーテクモゲームスと組んで発売し、続けざまにスクウェア・エニックスの『ファイナルファンタジーXIV』(以下、『FFXIV』)と『妖怪ウォッチ3』がコラボするという発表がありました。

日野氏: 『FFXIV』とのコラボに関しては、プロデューサー兼ディレクターの吉田直樹さんとよく飲みに行く仲なのですが、1年以上前からずっと準備をしていました。超強力なコラボで、かなりすごいことになるはずです。『FFXIV』の世界を妖怪が占拠するみたいなイメージで、そこまでやっちゃっていいのみたいな。一方で『妖怪ウォッチ3』にはチョコボやモーグリとコラボした妖怪たちが登場してくれます。

――それぞれのゲームのファンからはさまざまな反響がありそうですね。

日野氏: 僕らの狙いはそこなんですよ。もしかしたら批判もあるかもしれない。でもそれを含めて、その反響こそが僕らの起こしたいものなんです。「何でこんなことしたんだ」みたいなところからでもかまわないので、どんどん話題を広げてほしいですね。

――昨年10月にはアプリ『妖怪ウォッチ ぷにぷに』(以下、『ぷにぷに』)をリリースされましたが、今後のスマートデバイスへの対応はいかがでしょうか。

日野氏: 『ぷにぷに』は、期待以上の結果が出ています。うちのスマホゲームの中ではダントツにいいですよね。本作ではNHN PlayArtさんと組ませていただきました。制作現場をNHNさんに置きつつ、うちがグラフィックデザインとか、ゲームデザインなどのいわゆる『妖怪ウォッチ』らしいゲームのメニューの作り方などをアドバイスするイメージです。NHNさんからはいわゆるマネタイズの仕方などを教わったり、お互い情報交換をしたりしながら、最終的なゲームシステムを作り上げています。

『妖怪ウォッチ ぷにぷに』(iOS、Android)<br>(C) LEVEL-5 Inc.
『妖怪ウォッチ ぷにぷに』(iOS、Android)
(C) LEVEL-5 Inc.

今後のレベルファイブのゲームはすべてスマホ対応に

――本格的にスマホゲームに取り組まれたことで新たな発見はありましたか?

日野氏: 発見は、ありまくりですね(笑)。例えば、ゲーム内でイベントを起こすタイミング1つにしても、僕らが事前に考えていたよりも頻度が増しています。コンシューマーゲームの作り手の視点でいくと、ただイベントを起こして報酬を追加するだけでなく、新しい遊びをそこにいれなきゃいけないと思うんですけど、それが必ずしもユーザーニーズに合っているとは限らないんですね。

 プレーヤーは遊びだけでなく、みんなで一緒に競い合うネタのようなものを欲している側面もあるんです。ある意味、面白いかどうかはプレーヤーの中で完結していて、自分が手に入れたいと思うものさえ追加してくれれば、それを手に入れるための遊び方は、自分たちで進めてくれるんですよね。

――確かに一般的にスマホゲームでは、レアアイテムを単純に追加するだけでもユーザーの反応は良いと聞きます。

日野氏: こういう遊びじゃないと楽しんでくれないと決め付けるのは、作り手のエゴみたいなので、もうちょっとラフにお客さんとセッションするような、軽めのやり取りをしてもいいんだなとは思いましたね。

――今後、スマートデバイスへの対応度は上がりそうですか?

日野氏: 基本的には、これからのうちのゲームはすべてスマホに対応していきたいと思っています。コンシューマーで作ったタイトルは、スマホでも遊べるようにしていこうと。コンシューマーの作品をどうやってスマホに持っていくかというきちんとしたルール付けは必要ですけど、やっぱり最近は子どもたちもスマホで遊ぶようになっていることが分かってきましたね。

 僕は、本当に生の声を聞かせてくれる身近なファンをすごく大事にしているのですが、つい昨日も僕が行く床屋さんで驚いたことがあったんです。店長の息子さんが、僕のことを知っていて、お店に行くとすぐに来るんですよ。昨日もまた、僕が散髪をしている横でずっと話を聞かせてくれていたんですが、それが全部『ぷにぷに』の話題だったんです。

 小学1年生の男の子で、つい先日まではニンテンドー3DSの話ばかりだったのに。それで時代が変わってきたなと本当に感じましたね。だからもう多分そこまできているんですよね、ポータブルゲーム機じゃなくて、スマホでゲームを遊ぶ世界って言うのがね。

――小学生の子どもに対して、スマホを渡しづらいという親もいると思います。

日野氏: 親として確かにそれはそうですよね。『ぷにぷに』も、正直に言って小学1年生が1人でプレイすることを想定できてはいないですね。ただ、僕らとしては、親子で遊ぶということは念頭に置きました。課金のことなども含めて、親子で話し合って遊んでいただければと。今後は業界全体で絶対的にスマホの存在感が大きくなると思います。本当にそこでゲームを作りたいかどうかはさて置いて、避けられないところですね。

第2世代、第3世代のVR機器になったときに期待

――業界で話題と言えば、VRに関してはどうご覧になっていますか?

日野氏: 個人的には大好きですし、面白いなと思って見ています。一応、社内でいろいろな実験はしています。ただ最初は、なかなか利益を上げられないと思います。辛いビジネスになるんじゃないかな。VRはやっぱり、膨大なデータが既にあって、それを利用して新しい遊びを作るみたいなことに向いていると思うので。そうでないと、何十億円とかけてVR用のデータを作っても、回収の見込みがないですからね。

――VRがゲームを変えるんじゃないかという声もあります。

日野氏: どうなりますかね? ただ長時間プレイができないなどの課題が多いですよね。あとはやっぱりまだ動きが重い。本当にネットワークやハードの環境が良くなって、第2世代、第3世代のVRの機器になったときにどうかというところではありますけど、現時点ではゲームを変える可能性があるという段階だと思います。

――最後に2016年はレベルファイブにとってどのような年になりそうですか。

日野氏: 2016年は『妖怪ウォッチ3』が大爆発して、『妖怪ウォッチ』シリーズにとっては一つの大きな区切りになる年になりそうです。2017年以降は新しいことがいっぱい始まって、再スタートの年になるような感じですね。あと今、東京にスタジオを作っているんですよ。映像配信スタジオと音声収録の機能をもったスタジオが併設された施設になります。音声収録のほうは映画レベルの収録も可能なかなり広いスタジオで、今後は声優さんの収録を全部社内でできるようにしたいと思っています。

――大きな取り組みですね。収録スタジオを持つ狙いは?

日野氏: やっぱり自由にモノづくりをしたいということが第一ですね。大きな投資になるので、それを回収するにはたぶん何年もかかると思うんです。それよりもスタジオを自分たちで持つことで、例えば声優さんのブッキングの自由度が格段に増します。通常テレビシリーズであれば、ある同じ時間と場所に、すべての声優さんを集めて収録するというのが今のシステムです。ブッキングも、時間が合うかどうかに大きく左右される。

 でも、自社にスタジオがあって、エンジニアも常駐しているってことは、いつでも好きな時間に来てもらえるようになるってことなんですよね。その後の作業もギリギリまで詰められますから、作品のクオリティは確実に上がります。実際、今後発表予定のある作品の新作の声優さんのキャスティングは、ものすごくヤバくなりそうです(笑)。

――配信番組についてはいかがでしょうか。

日野氏: それこそ、スクウェア・エニックスの吉田さんが始めた配信番組(「FFXIVプロデューサーレターLIVE」)が好評で、そのやり方が広まっていますよね。あれはやっぱり素晴らしいユーザーとのセッションだと思っていて。批判の声もいただくとは思うのですが、ユーザーとの交流を積極的に行っていくためにも、細やかな配信サービスはアリかなと思っています。

 だから、例えばある新作アニメの第1話を放送した直後に、ファンと一緒にここが良かったとか悪かったと語り合う会を、配信番組としてやってもいい。ユーザーのことをちゃんと見ながら作品を作っているよということを、伝えられるような番組作りをしていきたいですね。

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