2017年2月15日に発売された2代目「プリウスPHV」(トヨタ自動車)の受注が発売後約1カ月で約1万2500台と好調だ。専門誌3誌(「日経デザイン」「日経デジタルマーケティング」「日経ビッグデータ」)による専門的視点を交え、その実力を分析する特集「徹底解剖! 新型プリウスPHV」の第3回。「プリウスPHVはハイブリッドじゃない、ほぼEVだ!」「プリウスPHVが示す、EVデザインの進化形」に続いて、今回は専門誌「日経ビッグデータ」がビッグデータの観点からプリウスPHVの開発の裏側を探る。

  トヨタ自動車の新型「プリウスPHV」が60km以上のEV(電気自動車)走行距離を目指して開発された背景に、車載データなどのビッグデータ活用があったことが分かった。

きっかけはグループインタビュー

 今回の新型プリウスPHVのフルモデルチェンジでは、EV走行距離をどのくらいに伸ばせばいいのか、時間をかけて検討したという。

 当初は、競合のEV車のユーザーも含めてフォーカスグループインタビューを実施。さらに、実際にどういう顧客がプリウスPHVに興味を持っているのか、販売店にも行って調査をした。

 その結果、得られたことは何か。

 新型プリウスPHVの製品企画を担当したトヨタ自動車Mid-size Vehicle Company MS製品企画の金子將一主査は、「皆さんは電池の寿命(充電一回当たりの走行距離や電池の劣化)だったり、充電の環境(今後の充電場所の広がり)だったりを気にしていることが分かった」と語る。

新型プリウスPHVと、製品企画を担当したトヨタ自動車Mid-size Vehicle Company MS製品企画の金子将一主査
新型プリウスPHVと、製品企画を担当したトヨタ自動車Mid-size Vehicle Company MS製品企画の金子将一主査

 そこで、初代プリウスPHVの利用状況を調べることになった。その際に活用したのがDCM(データ・コミュニケーション・モジュール)から得られるデータだった。DCMは、電池の状態や急ブレーキ、急加速といった車載データをクラウドに吸い上げるための通信モジュールで、トヨタ純正のナビゲーションとセットで装備されている。

 これまで初代プリウスPHVの販売台数は国内で約2万2000台、グローバルで約7万5000台になる。その一部がDCMを装備している。DCMから時々刻々と上がってくるデータはまさにビッグデータだ。ちなみに新型プリウスPHVでは、最も安価なグレードを除くすべてのグレードでDCMは標準装備となった。

 DCMのデータを見ると、1日に何回充電しているか、どのくらいのEV比率で走っているかなどを把握できる。例えば、国内と比べて海外はEV走行比率が低いことが分かっている。実はEV走行「以外」を目的に購入されているのだ。米国西海岸には複数人が乗車したクルマの専用レーンがあるが、環境車であれば1人であっても走ることができる。そのために環境車であるプリウスPHVを購入するケースが多いという。

 DCMから、国内における初代プリウスPHVの1日当たりの走行距離は、平均で20数kmであることが分かった。国土交通省によると乗用車の1日当たりの平均走行距離は約15kmなので、プリウスPHVは走行距離が比較的長いといえる。フル充電でのEV走行距離の目標を決める際に重要なデータになった。

エンジンがかかると「がっかり」

 口コミデータも活用した。初代プリウスPHVの顧客向けには「TOYOTA friend(トヨタフレンド)」というSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)があり、顧客同士が会話をするコミュニティーになっている。

 顧客の会話を通して、何が気に入らないのか、何を気にしているのかなどを把握できる。その中で金子主査ら製品企画の担当者にとって気になる発言があった。「エンジンがかかるとがっかり」という生の声だった。

 一体どういう意味なのだろうか。実は初代プリウスPHVは、冬場にヒーターをかけるとエンジンがかかる仕組みになっている。エンジンが動くことで温まる水をヒーターにしているからだ。「せっかくエンジンがあるので、(ヒーターに)使えばいいという考え方でそうしていた」と、金子主査は説明する。電気で動くモーターとガソリンで動くエンジンを併用しているハイブリッド車において、電池の持ちを延ばすことを考えれば自然な仕様ともいえる。

 ただし、初代プリウスPHVのオーナーには、あまり愉快なことではなかったのだ。しかも、寒い中でもヒーターをかけずに運転しているユーザーがいることも分かった。EV走行の楽しみを重視する人にはいいのかもしれないが、本当はヒーターをかけたいのにエンジンがかかるのが嫌で我慢しているオーナーにとって、この仕様は悩ましいことだっただろう。

 そこで新型プリウスPHVでは、冬場でもエンジンをかけずにヒーターを使えるように、ヒートポンプエアコンを搭載した。もっとも、いくら省エネのエアコンであっても、熱源を使うと電池の消費量が増えてしまい、EV走行距離も半減してしまうという。

 そうした課題を考慮しながら、冬場にエアコンをつけてEV走行しても最低でも20数kmは走ることができるように目標スペックを決めた。それが60kmという数字だった。たとえ半減しても30kmはEV走行が可能になるからだ。結果として新型プリウスPHVのEV走行距離は68.2kmになり、前モデルの26.4kmの約2.6倍まで伸びた。試験走行では、冬場にエアコンを使っても40km前後はEVで走った場合もあったという。

 電池の容量を増やせばEV走行距離はもっと上げることができるが、車体が大きくなったり、重くなったり、コストが上がったりする。顧客のニーズや使用条件、車体の大きさや重さ、性能などデータを総合的に判断して、EV走行距離の目標を決めた。

従来型プリウスPHVの車載データなどを活用してEV走行距離60km以上という目標を決めた
従来型プリウスPHVの車載データなどを活用してEV走行距離60km以上という目標を決めた

データ活用で改良、新サービス提供

 大半のグレードでDCMを標準装備した新型プリウスPHVは、本格的なコネクテッドカー(ネットに接続するクルマ)という位置づけになる。DCMから得られるデータを生かして、製品を改良したり、さまざまなサービスを提供したりできるようになる。

 データを分析する専門の部署はあえて設けず、各担当者が必要に応じてデータを活用する体制にしている。例えば、電池の部署は、電池の劣化や充電回数などのデータをチェックするといった活用になる。電池の劣化が激しい場合は、どんな使い方をしているのかデータで検証することも可能だ。場合によっては、使い方をアドバイスすることもできるという。

 金子主査は、「目的を持っていないと、データの有効活用はできない。また、クルマの(走行履歴などの)プローブデータをすべてDCMを通じてサーバーに吸い上げると膨大なデータ量になってしまう。優先順位をつけて必要に応じてデータを収集・活用する」と説明する。

 一方、DCMを通して収集したデータを活用する新しいサービスも検討している。その可能性の1つが、より精緻な渋滞情報の提供だ。プローブデータから1台1台の走行速度などが分かるので、位置データと掛け合わせることでどの場所で渋滞が発生しているのか分かる。

 技術的には、1台1台のクルマから信号機の変更タイミングを把握できるので、赤信号で停止せずに走行できる最適な速度を教えるサービスの提供も考えられる。停止回数が減れば「よりEVの効率を高めることにつながる」(金子主査)というメリットもある。

 また、よく急ブレーキが踏まれる場所を特定できるので、その場所に近づいたら警告を出すこともできるという。もっとも、「技術的には可能だとしても、実際にサービスとして提供するかはこれから検討する」と、金子主査は説明する。クルマがネットでつながり、ビッグデータを活用することで様々なサービスが生まれる可能性があり、安心・安全・快適なドライブが楽しめるようになるはずだ。

本格的なコネクテッドカーである新型プリウスPHVに提供される可能性があるサービス例
本格的なコネクテッドカーである新型プリウスPHVに提供される可能性があるサービス例

(文/多田 和市=日経ビッグデータ)

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