国内のゲーム市場は、従来の家庭用ゲーム機に加え、スマートフォンやパソコンなどにも拡大している。こうした変化を捉え、「マルチプラットフォーム開発」「世界展開」を掲げているコーエーテクモゲームス鯉沼久史社長は2016年から開発体制を見直している。その先兵となった新ゲーム『仁王』が好調だ。今後は、ゲーム開発の働き方改革にも取り組むという。
(聞き手/トレンディ取材班 写真/的野弘路)
複数プラットフォームで世界展開を目指す
――コーエーテクモゲームスにとって、2016年はどんな年でしたか?
鯉沼氏: 1月に当社の歴史シミュレーションゲーム『三國志』のシリーズ30周年記念作品である『三國志13』を発売しました。看板作品である『信長の野望』とともに30年もの間、同じシリーズを出し続けることができ、その意味では「節目」といえる時期だったと思います。
節目は新しい世界に向かっていく時でもあります。ご存じの通り、家庭用ゲーム市場は前年同期を下回る状況が続いています。かつての状況を知っている方たちからすればゲームを取り巻く環境は大きく変わったと驚かれるかもしれません。ただ、それは日本国内、家庭用ゲーム機に限った話です。世界市場に目を転じれば力強い話題が多いのです。例えば、「PlayStation 4」本体はスーパーファミコンのときの勢いで売れ、ソフトも好調です。
国内も家庭用ゲーム機はともかく、スマートフォン向けのゲームで遊ぶ人は増えています。ゆえにゲームユーザー数、金額は拡大しています。厳しいとお話しした家庭用ゲーム機でも、ソニー・インタラクティブエンターテインメントからVR(仮想現実)に対応した「PlayStation VR」(PS VR)が登場し、今年3月には任天堂から家庭用新型ゲーム機の「Nintendo Switch」も発売されました。2017年は明るい兆しがあります。このタイミングを捉え、いろいろ仕掛けています。
――具体的には何を目指しているのでしょう。
鯉沼氏: キーワードは“マルチプラットフォーム”であり、“ワールドワイド(世界展開)”です。
個々のプラットフォームや国内だけを見ると浮き沈みはありますが、ゲーム市場全体の需要は伸びています。ですから、家庭用ゲーム機、パソコン、スマホ向けなどなど、多様なプラットフォームに自社で対応できる開発体制を敷き、国内のみならず、世界市場で展開することが求められているのだと思います。
昨年4月には当社グループの主要な事業会社であるコーエーテクモゲームスで、組織変更を実施しました。これまで、家庭用ゲームや、オンラインゲーム、モバイルといった分野別に分かれていた組織をエンタテインメントセグメントとして統合しました。
その上で、5つのブランド(「シブサワ・コウ」「ω-Force」「Team NINJA」「ガスト」「ルビーパーティー」)ごとに開発組織を分けました。それぞれ特徴あるブランドごとに、新しいIP(ゲームのタイトルや世界観、キャラクターなどの知的財産)を生み出していくのが狙いです。そして、新しく創ったIP、ブランドを武器に他社とのコラボレーションやタイアップ、メディアミックスを展開していくようにしました。
ユーザーの反応を見ながら開発した『仁王』が世界でヒット
――そうした開発体制から生み出された作品が増えてくるのが2017年というわけですね。
鯉沼氏: 新しいIPでいえば、今年2月に発売になった戦国アクションRPG『仁王』(PlayStation 4ソフト)があります。お陰様で2月9日の発売から既にワールドワイドで100万本を超えました。新しいIPが受け入れられるかどうか不安ではありましたが、テスト段階から海外ユーザーの評価が高く、その評判を知った日本のユーザーも購入してくださっています。
『仁王』は最初から世界で売っていくことを想定して開発しました。主人公はイギリス人の武士。そうした設定もあり、全編を通じて英語で会話し、字幕は15カ国語に対応しています。
――シリーズものではなく全く新しいゲームですが、世界で受け入れられた理由はなんでしょう?
鯉沼氏: さまざまな理由があると思いますが、開発の方法を変えたことが大きいでしょう。開発途中のゲームを、ユーザーに試してもらいフィードバックをもらってきました。アルファ体験版は10日間限定での配信ながら、全世界で85万を超えるダウンロードがありました。さらに、改良したべータ体験版もリリースし、ゲームを試してもらってきました。
――今までユーザーの反応を確かめながらの開発はしてこなかったのですか。
鯉沼氏: ほぼ完成したゲームの一部を「体験版」としてリリースすることは何度かやってきました。今回違うのはユーザーの反応を見ながら、設計自体を何度も変更したことです。キャラの動かし方、ゲームの難易度の調整では、各地域のユーザーの意見を反映させるべく設計を変えました。実はこのゲームは、世界中のプレーヤーと協力して進めることができます。その意味でも各地域のプレーヤーの反応を念入りに確かめることは大事でした。
面白いのは、ゲームの難易度、面白さの志向が国によって違うということです。日本人のユーザーには簡単でも、欧米のユーザーには難しく感じる操作もあれば、逆もあります。ゲームとして楽しいと感じるポイントも微妙に違います。こうした国ごとの違いを理解し、落としどころを探っていくうえで、各国のユーザーの意見はとても参考になりました。
――かつて、ゲーム業界では「日本のゲームと洋ゲー(海外のゲーム)はテイストが全く違う。海外で売れるゲームは海外のスタッフでつくるべき」という考え方がありました。世界各国に開発部隊を置くのもブームになったと思いますが、今はどうお考えですか。
鯉沼氏: 現在、当社ではシンガポールに海外開発のヘッドクオーターを置き、そこからの指示に基づいて具体的な開発作業をベトナムで行っています。ただし、一時期いわれていたようなゲームの極端なローカライゼーションは必要ないのではないかと思っています。
例えば、日本のスマホ向けアプリには、 いわゆるガチャの要素が入っています。つまり、ゲーム内課金をすることで、ランダムでレアなアイテムが入手できる遊び方です。これには日本ユーザーは慣れていても、海外のユーザーはなじまないとずっと言われてきました。しかし、最近では海外のユーザーも抵抗なく遊んでいただいています。実は、ここ数年で日本式のゲームに、海外のユーザーも慣れてきたのではないかとみています。
――コーエーテクモでは、マンガやアニメのキャラクターを使ったゲームの開発も多いです。マンガ、アニメのキャラだと海外でも抵抗感なく受け入れられる可能性はありますね。
「世界展開」といいましたが、全世界に均等にヒットするソフトばかりではありません。例えば『戦国無双』は日本でしかウケませんが、『真・三國無双』であれば中国、アジアでも受け入れられます。テーマによって日本と欧米、日本とアジア、アジアと欧米など組み合わせを考えながら開発していくアプローチをとるのが正しいと思っています。
ゲーセン向けのVR装置を発売
――さて、話はちょっと変わります。最近のゲーム業界での注目キーワードとしてはVR(virtual reality)があります。コーエーテクモウェーブではアミューズメント施設向けのVRきょう体「VR センス」をこの夏、リリースしますね(関連記事:置くだけで設置簡単 コーエーがゲーセン向けVR装置)。
鯉沼氏: この「VR センス」はアミューズメント施設などでVRゲームの体験ができるきょう体です。きょう体の中にイスがあり、そこにプレーヤーが座ってPS VRを装着して遊ぶことができます。
このきょう体は単なる箱ではありません。数々の演出装置も搭載しています。ゲームを遊ぶ人が座るシート自体が動く機能や、匂いを出す「香り機能」、風が吹いてくる「風機能」、その場の気温を再現する「温冷機能」、雨や湿気などを感じることができる「ミスト機能」などで五感を刺激します。それにあわせていくつかのゲームも発表しました。
鯉沼氏: この過去5年間を振り返ると、VRの進化はとてつもなく速く、われわれが想像していた以上に進化したと思います。このスピードで進むとすれば、今後5年間にわれわれが想像できないものが出てくるでしょう。AR(拡張現実)やMR(複合現実)の分野でもゲームに利用できそうなものが出てきそうです。
ただし、ゲーム会社としては単に先端技術を追い求めるだけではなく、実用的な技術を使い、「ゲームとしての面白さ」をどう演出するかという視点を忘れずに挑みたいです。テクノロジーでの差別化というより、演出の勝負だと思っています。
AIでゲームは飛躍する
――もう1つのキーワードに「AI」があります。
鯉沼氏: AIは当社のゲームに利用できる部分が多いと思っています。対戦ゲーム、シミュレーションゲームではプレーヤーはコンピューターと戦っているわけですから。
ただ、今のプログラムでは、どうしても反応がパターン化されている部分が出てきます。「こう攻めれば、コンピューターはこう反応する」とクセがあるんです。そこで決まったパターンを使った攻略法が出てくるわけです。
一方、人間対人間のオンラインゲームだと、相手のパターンがなかなか読めないですよね。人間は毎回毎回反応が違うからこそ面白い。オンラインで見知らぬ人と対戦するのが面白いのは、ワンパターンの反応じゃないからです。コンピューターよりも人間の方がアタマがいいんです。
ところが、囲碁とか将棋、ポーカーなど限られたルールの中ではAIを利用することでコンピューターが強くなってきましたよね。このように限られた場面でAIを使えば、コンピューターでも人間以上の対応ができます。
例えば、『信長の野望』や『三國志』だったら交渉の場面だけにAIを活用するとしたらどうか。それは全く新しいゲームになります。ゲームをより面白くするために、先端技術が使えるかどうかという視点では日々研究しています。
ゲーム業界も「働き方改革」
――技術以外で、最近、鯉沼さんの頭の中で大きな割合を占めているテーマはなんでしょうか?
鯉沼氏: このインタビューに沿った話題かどうか分かりませんが、頭を占めているテーマといえば、「働き方改革」です。いかにして働きやすい環境をつくるかです。
冒頭で申し上げたように、あらゆるプラットフォームに自社で対応できる開発体制を目指しています。これは創業者ら(襟川陽一氏、襟川恵子氏)のポリシーでもあり、自社開発のための設計エンジン、チームマネジメント、工程管理などにも長年、工夫をしてきました。
ただ、すべてが仕組みで対応できてきたわけではなく、開発の段階は、人の頑張りで支えられている部分が残っています。ゲームクリエイターとしては「時間に関係なく納得いくだけ開発させろ」という気持ちもありますし、できる人ほど自分でやりたがる傾向もあります。実際、そうした思いでより良いものが生まれたり、開発者の能力が飛躍的に伸びたりすることもあったのですが、そうしたやる気に甘えていた側面もあります。今後はこれを変え、誰もが無理をしない働き方を追求すべき時代になってきました。
――どうすればできるのでしょう?
鯉沼氏: ゲーム開発もシリーズものであれば作業を平準化する方法はありそうです。ただ新しい試みとなると、いくら品質管理、工程管理をしても、想定を超えた作業が発生するでしょう。こうした突発的な作業量の変化も、できるだけ早く察知し、組織全体で対応することです。
大事なのは現場だけで対応させず、マネジメントで対応することです。システムの問題というよりは、管理者たちの意識の問題。その意識から変えていきます。最終段階に作業が増えることが多いので、この段階で「組織の壁を超え人を補充する」ことから始めたいです。
あと開発以外の仕事ではアウトソーシングするようにしていきます。普段の「仕事」では、外注できるものは外注していきます。もちろん、ゲーム開発での自前主義は守ったうえでの話です。