世界累計利用者数4000万人を突破したスマートフォンゲーム『モンスターストライク』(以下、モンスト)を有するミクシィ。アニメ映画やリアルイベントなど、モンストのIP(ゲームのタイトルやキャラクターなどの知的財産)を活用した横展開を進めるだけでなく、昨年は新しいエンターテインメントを追求する「XFLAG スタジオ」の活動を本格化させるなど、既存の枠に囚われないエンターテインメントの創出にも力を入れている。モンストを中心とした同社の新たなエンターテインメントビジネス戦略について、ミクシィ取締役でXFLAG スタジオ総監督の木村弘毅氏に話を聞いた。
(文/佐野正弘、写真/志田彩香)
意外性で話題をもたらした「XFLAG PARK」
――まず、2016年を振り返って、ミクシィのゲームビジネスにとってどんな1年でしたか?
木村弘毅氏(以下、木村氏): そもそも僕らは“ゲーム”と表現してはいるものの、ゲームを作っているという意識がないんです。例えば、『モンスターストライク』(モンスト)が満たしているニーズは、バーベキューのようにみんなが集まってワイワイ盛り上がることであり、われわれはそうした空間をプロデュースしているにすぎない。競合はカラオケボックスや居酒屋などもあり得ると考えているくらいですから。
なのでゲームを1人で消費してもらうのではなく、みんなで集まる空間にフォーカスして力を注いできた1年だったのかなと思います。そのためには「こんな手できたのか」という驚きを作り続ける必要がありますし、話題になることで遊びの空間を醸成することにつながると思っています。
――具体的には、どのような取り組みに力を入れたのでしょう?
木村氏: 大きく挙げるとしたら3つ。『モンスターストライク』(モンスト)のアニメと映画、そしてリアルイベントの「XFLAG PARK」ですね。特にアニメは2015年から配信を開始していますが、2016年に軌道に乗ったと感じています。アニメを見ることで、ゲームをプレーしているときにも、「こういうキャラクターにこういう背景があったんだ」という話題が作れることは大きいです。
空間プロデュースという側面でいうと、XFLAG PARKは一定の成功を収めたと感じています。サーカスのようなパフォーマンスやロックバンドのライブ、オーケストラのコンサートなど、ゲームの世界観をモチーフにしながらも、ゲームに直結しない新しいショーで構築し、それが話題性につながりました。
――なぜ、XFLAG PARKをそのようなイベントとして展開するに至ったのでしょう?
木村氏: 場に集まって家族や友達がワイワイ盛り上がってほしいからですね。ゲームにあまり興味がない人を誘ってもおかしくないエンターテインメントショーに仕立て上げたかったんです。実際、XFLAG PARKは招待制を採りましたが、1人よりも家族や友達などの親しい人と一緒に来てもらいたいという思いから、招待者自身が仲間を1人招待できる権利を付与しました。
劇場版「モンスト」では映画館のあり方を変える
――2月には、大人向けの「MONST NIGHT」の開催を発表するなど、新たなリアルイベントも打ち出しています。今後のイベントの方向性を教えて下さい。
木村氏: 僕も、XFLAG スタジオのみんなもゲームが好きだけれど、コンピューターゲームは何十年も歴史のある、古い伝統的なコンテンツになってしまっている。だからこそゲームと定義してしまうと、顧客からの期待値も限定されてしまうと思うんです。
なので新しいエンターテインメントと言い換えることで、今まで、ともするとゲームをプレーしてこなかった人達が、新しいものと解釈して入ってくる可能性があるんじゃないかということで、ゲームらしすぎないことに力を入れています。MONST NIGHTではお酒も出しますが、スポーツバーがスポーツ観戦という目的がありながらも、とにかく楽しく集まって飲んだり遊んだりできるサービス空間になっているように、新しい価値観を提供するのが目的です。そうしたニーズが発掘できれば、ゲームバーのようなビジネスを展開する可能性もあるかもしれません。
――もう1つ、昨年力を入れた取り組みとして劇場版のモンストを挙げていますが、こちらはいつごろから考えていたのでしょう?
木村氏: 構想し始めたのは1年半前くらいでしょうか。シンプルに「映画になったら驚くだろうな」と思ったのが制作のきっかけですね。多分アニメ映画としては、前代未聞のスピードで作ったと思います。
いま日本のアニメは元気で、コンテンツのパワーで映画館に多くの人が足を運んでいますが、われわれは映画館の新たな使い方を考えたかった。映画を見るだけでなく、新しい価値を見つけ出してもらいたいという思いで、劇場版の仕掛けを進めていきましたね。
――実際、どのような仕掛けをしたのでしょう?
木村氏: 300館以上の映画館で公開しましたが、映画公開に合わせてGPSを活用したガチャやクエストを展開しました。これによって、映画をコンテンツとして鑑賞するだけでなく、それをきっかけにみんなで集まって遊ぶという新しい価値も提案できたと思っています。
前売り券を買うとおもちゃがもらえるように、チケットを買うとインセンティブがもらえるというマーケティング手法は従来から多く展開されてきました。われわれはそれをフリーミアムモデルで実現したともいえます。新しいビジネス手法を開拓することで、遊びをプロデュースするためのモデル作りができればいいなと考えています。
スマホを中心に据えた新しいメディアミックスを
――一方、モンストのゲーム自体に関してですが、昨年は一時利用が落ち込んだ時期があったように思います。
木村氏: 僕たちのバリューは集まって遊んでもらうことであり、みんなが口にしてしまうような話題性、くすっと笑ってしまう仕掛けをしていくことが重要です。非日常を求めているエンドユーザーに対し、話題というバリューをどれだけ届けられるかが、アクティブユーザーを増やす上でも重要なのですが、正直なところ、夏前ごろまではその話題作りに失敗し、伸び悩んだと思っています。
回復のトリガーとなったのはXFLAG PARKですね。イベント内容にインパクトがあり、そのニュース性がトリガーとなってアクティブユーザー回復のきっかけをつかむことができました。また10月に実施したモンスト3周年の記念イベントでは、ハワイなどの行き先が選べる旅行が当たるなどゲームをプレーしない人にも伝わりやすい価値を示したり、プロモーションにお笑い芸人の上島竜兵さんを起用したりしたことで、一気に話題性を高め、巻き返しを図っています。
――ゲームだけでなく、その周辺に関する施策が重要になってきているということなのでしょうか。
木村氏: リアルイベントなどがゲームの“周辺”とは捉えておらず、ゲームやイベント、アニメなどすべてを含めたものが“全体”であると考えています。今までのメディアミックスは漫画は雑誌、アニメはテレビ、ゲームはゲーム機と、それぞれが分断していましたが、スマートフォンとITの発達で、メディア間の区切りが非常に曖昧になってきています。そこでわれわれはスマートフォンというデバイスに施策のすべてを直結させているのです。
実際、モンストはスマートフォンでゲームをし、通知が来たらYouTubeでアニメを見て、気になったキャラクターの商品をスマートフォンで購入もできる。さまざまなものがスマートフォン上で融合しているので、それぞれのコンテンツを渡り歩くときに熱量が劣化しない。これが新しいメディアミックスの形なのではないかと考えています。
――5月には実店舗の「XFLAG STORE」もオープン予定です。こちらもスマートフォンとの連動を考えているのでしょうか?
木村氏: 単に買い物ができるだけでなく、店舗でもスマートフォンの中にさまざまなエンターテインメントが集約され、みんながそれを持ち寄ることでバリューを高めていくような取り組みを考えています。
コンシューマーゲーム機やVRをどう見る?
――2015年末には3DS版のモンストも提供しましたが、コンシューマーゲーム機やパソコンなどのプラットフォームについてはどのように考えているのでしょう。
木村氏: みんなで集まってプレーできるという要素があるならば、本格的に取り組んでもいいと考えています。Nintendo 3DSもそうですし、Nintendo Switchも据え置き型ゲーム機でありながら持ち出して遊ぶという性質も備えているので、注目しています。
ただ課題となってくるのが、一緒に遊べる場や機会をどう創出するかです。スマートフォン版はフリーミアムで、アプリのインストールは無料ですが、これがパッケージ販売になると、ある人はソフトを持っているけれど、別の人は持っていないという状況が生まれてしまう。われわれが作り出したいバーベキューのような空間作りが難しくなります。コンシューマーゲーム機でもパッケージでは戦いにくいと思いますし、フリーミアムで展開できるなら違う景色が見えるんじゃないかと考えています。
――つながりが持てる場を作り出せるデバイスかどうかが重要、ということでしょうか。
木村氏: 「バーベキューのような」というわれわれの戦略コンセプトに徹することです。リアルな場で何かできることが本質にあり、スマートフォンは便利に使われる存在であればいいのです。スマートフォンに固執しているわけではありません。
ただ、われわれはインターネットサービスの会社であり、スマートフォンアプリを開発し、支えるスタッフやエンジニアがいる。得意分野はスマートフォンに集まっているので、まずはそこを使い倒していくことを考えたいですね。
――人々が集まる空間を作り出すという意味では、最近ヘッドマウントディスプレーを用いたVR(仮想現実)が注目されています。
木村氏: VRではまだ実際に対面で会うのとは程遠いと思っています。技術の発達が必要でしょうね。いろいろなコストを考えると、現在はまだスマートフォンを持ち寄って遊んだ方がいいのではないでしょうか。
本格始動した「XFLAG スタジオ」の開発体制とは
――昨年はXFLAG スタジオの活動が本格化した年でもあると思います。モンスト以外のゲームタイトルに関して、どのような手ごたえがありましたか?
木村氏: モンストの価値に及んでいないタイトルが多かった。正直、なかなか厳しかったと思っています。すぐそばにモンストがあって、ほかにも多くの強烈な競合がいる。それに対して十分魅力的だったか、新しい価値を提案できたかというと、そこは弱かったですね。
――大ヒットタイトルを輩出しているだけに、次に開発するタイトルへのプレッシャーも大きいのではないでしょうか。
木村氏: プレッシャーはありませんね。アプリやゲームのマーケットを向いている必要はない。人類の根幹のニーズがどこにあって、まだアプローチできていない領域がどこにあるかという視点で考えています。エンターテインメントの市場は非常に大きく、ゲームよりも可処分時間や所得が大きい規模のものがある。ゲームの中で競うのではなく、外に目を向けていくことで、新しい市場を創出できるのではないでしょうか。あくまで集まって遊ぶ空間を作るのがわれわれのミッションですから。
――XFLAG スタジオの開発体制はどのようになっていますか?
木村氏: スタッフ数は六百数十人といった規模感です。そのうちの約4割はパートナー企業の人達で、スタジオに来てもらい、一緒の釜の飯を食いながらモノ作りをしています。
なぜ自前ではなくパートナー企業との協業に力を入れるのかというと、われわれが「最強の素人」であることをモットーとしているからです。特定の産業に関するノウハウがたまっていくと、どうしても「〇〇はこういうものだ」と硬直化してしまい、固定観念にとらわれて新しいチャレンジができなくなる。なので、自分達が常に素人のつもりでやっていこうと考えているのですが、それだけではもの作りができない。そこで外部のプロの力を借りながら、やっています。
海外展開もあくまで空間作りを重視
――今年も新作は投入していくのでしょうか。
木村氏: はい。昨年の反省を踏まえ、新しい切り口や提案ができるものを出していきたいと思います。とはいえ大量にゲームを作るのではなく、SNSの「mixi」やモンストがそうであったように、特定のコンセプトのものを作ったら、それを広げていくことも一緒に考えていくことになるでしょう。ビジネスとして最終形態まで設計した上で、提供することを考えています。
――業界全体を見渡して、ゲームのヒットの作り方は変わってきていると思いますか?
木村氏:何をもってヒットと定義するかは難しいですが、新しいビジネスを創出するという意味でいうと、そろそろガチャにこだわらない新しいモデルが現れるべきではないでしょうか。
――海外展開に関しては、どのように考えていますか?
木村氏: モンストでいえばアジア圏でニーズがあることは確認できていて、香港や台湾、マカオなどではアプリストアのランキング上位に出てきています。海外においてもみんな集まって遊ぶ、バーベキューのスタイルをどれだけ浸透させていけるかが僕らの勝ち筋だと思っています。
単に「面白いゲーム」とカテゴライズされてしまうと難しいので、海外でもコンセプトと遊ぶ空間を作っていくことにこだわってアプローチしていくことになるでしょう。その価値が認められないと存在する意味がない。分かってもらうまで徹底してやっていくしかないですね。ただ、デザインなどは日本に特化してやってきましたから、今後はグローバルを意識したものを出すかもしれません。
――では今年、御社としてどのような取り組みを進めていきたいと考えていますか?
木村氏: とにかく既存の市場に目を向けるのではなく、誰もが必要と思っていないようなこと、まだ言及されていないことにチャレンジしていきたいですね。余計なおせっかいを焼いていくのが、今年の目標です。