2016年は「研究開発第2ビル」を竣工し、人材確保を含め開発体制の強化に余念がないカプコン。今年の注目は1月に発売された『バイオハザード7 レジデント イービル』。“715万”という体験版ダウンロードの数字がどのようにセールスに結び付くか注目するとともに、その動向をデジタル配信時代における企業戦略の基軸に据えると同社の辻本春弘社長は話す。「ビジネスチャンスが拡大する」と、昨年のVRに続き3月登場の「Nintendo Switch」も大歓迎。変化が続くゲーム業界とカプコンを取り巻く状況について、辻本社長に聞いた。
(聞き手/酒井康治=nikkei BPnet、写真/稲垣純也)

辻本春弘(つじもとはるひろ)
辻本春弘(つじもとはるひろ)
カプコン 代表取締役社長 最高執行責任者(COO)
1964年、大阪府生まれ。大学在学中よりアルバイトとしてカプコンで働き始め、機器の修理などの現場業務の経験を積む。1987年、大学卒業と同時にカプコンに入社。当時の新規事業だったアミューズメント施設運営事業の立ち上げに参加し、業界ナンバーワンの高収益ビジネスモデルの確立に貢献。1997年には取締役に就任し、以後は家庭用ゲームソフト事業の強化に注力。常務取締役(1999年~)、専務取締役(2001年~)を経て、2004年からは全社的構造改革の執行責任者として、コンシューマ用ゲームソフト事業の組織改革(開発・営業・マーケティングを一体化した組織への改革)、海外事業の拡大などに携わる。2006年に副社長執行役員となり事業全体を統括。2007年7月には創業者である父・辻本憲三(現、代表取締役会長最高経営責任者(CEO))から社長職を引き継ぎ、代表取締役社長 最高執行責任者(COO)に就任し、現在に至る

新拠点完成で開発環境がパワーアップ

――まず2016年を振り返って、カプコンにとってどんな1年だったかお話しいただけますか。

辻本春弘社長(以下、辻本氏): まず大きなトピックは、2016年4月に稼働した「研究開発第2ビル」ですね。最初の研究開発ビルができて約20年、業容拡大とともに手狭になり、開発部隊も分散して業務を行っている状況でした。そこで研究開発ビルの向かい側の土地を取得して、今回新たな開発ビルを建てたのです。当社は内製中心でゲームを開発しているので、最新鋭のモーションキャプチャースタジオを導入するなど、“カプコン仕様”の開発環境を手に入れられたのは非常に良かったと思います。

 研究開発ビルが完成した1996年当時は、競合他社との関係もあって開発環境の情報を公開することはしませんでした。しかし、現在は自分たちの技術を開示し、開発力をしっかりアピールすることで、開発者の採用面にもメリットがあると考えています。当社は新卒を中心に毎年約100人の開発人員を採用しています。現在、コンシューマ開発だけで約1400人の開発者が働いていますが、現状でもまだ足りないくらいです。さらに多くの開発者を収容できるスペースを確保したことは、開発部門の「機動力」や「統制力」を高める効果があります。

――それほどまでに人材が不足している理由はなんですか。

辻本氏: 開発の内製化比率を高めたことに加え、当社が保有するIP(ゲームのタイトルやキャラクターなどの知的財産)のラインアップ数を考えた場合、それぞれのゲーム開発に対応しきれていないという点です。もちろん部分的な外注は存在しますが、今回の『バイオハザード7 レジデント イービル』のような基軸となるタイトルについては、自前で開発しなければ最先端技術への対応ができません。これから、特にVR(仮想現実)など先端的な開発に対応する必要もあるでしょう。

――そのほか2016年で注目すべき出来事は。

辻本氏: 2016年2月に『ストリートファイターV』を発売し、「eスポーツ」に対する取り組みを強化した点です。以前から北米では盛り上がっていたのですが、2017年はカプコンとしても国内でeスポーツを盛り上げていきたいと考えています。

 また、長年新しいIPを出したいと言い続けてきましたが、スマートフォン向けとして2016年8月に『囚われのパルマ』というタイトルをリリースしました。“恋愛アドベンチャー”という今までのカプコンになかったタイプのゲームで、多くの女性ユーザーから高い評価を得ることができました。そのほか音声合成でコミュニケーションが楽しめ、さらに交通系ICカードと連動させることで遊びの幅を広げた『めがみめぐり』のようなゲームも投入するなど、新しいIPやチャレンジが具体的に動き始めた1年でした。

 さらに昨年は12月に世界で公開された『バイオハザード: ザ・ファイナル』のハリウッド映画があります。興行成績も好調で、その流れをうまく『バイオハザード7 レジデント イービル』につなげていきたいですね。

『バイオハザード7 レジデント イービル』
『バイオハザード7 レジデント イービル』
(C)CAPCOM CO., LTD. 2017 ALL RIGHTS RESERVED.
『ストリートファイターV』
『ストリートファイターV』
(C)CAPCOM U.S.A., INC. 2016 ALL RIGHTS RESERVED.
『囚われのパルマ』
『囚われのパルマ』
(C)CAPCOM CO., LTD. 2016 ALL RIGHTS RESERVED
『めがみめぐり』
『めがみめぐり』
(C)CAPCOM CO., LTD. 2016 ALL RIGHTS RESERVED.
『バイオハザード: ザ・ファイナル』
『バイオハザード: ザ・ファイナル』
(C)2016 Constantin Film Produktion GmbH. All Rights Reserved

『バイオハザード7』が戦略の試金石

――昨年のインタビューで「2016年はインターネットによる変革に対応する重要な年、次の時代に備える1年になる」とおっしゃっていましたが、振り返っていかがでしょうか。

辻本氏: カプコン全体の売上高において、デジタル配信の構成比率が上がってきていますし、プラットフォームホルダー企業の状況をうかがっても、その流れは同じのようです。ただ、こうした状況は予測できたことです。

 今、カプコンが検証したいのは1月に発売した『バイオハザード7 レジデント イービル』の動向です。既に体験版のダウンロードが世界全体で715万件(2017年2月10日時点)に上っているのですが、そのうちどれくらいの人が実際にゲームを購入してくれるのか国別で把握したい。このタイトルは13カ国言語に対応しており、これはカプコンのゲームの中でもトップクラスです。ゲームを購入できる所得水準の国の言語を、ほぼ網羅していると言えるでしょう。

――具体的にはどんなことを検証したいのですか。

辻本氏: 今やゲーム機はインターネットにつながっているので、デジタルによるダウンロード販売数だけでなく、パッケージを購入したユーザーでも専用のWebサービスに登録してもらえればユーザー動向が把握できるのでビジネスに活用できます。

 『バイオハザード7』では追加アイテムをダウンロード販売して、1年ほどかけて継続的に売っていきたいと考えていて、デジタルとパッケージの販売比率を見ながら戦略を変えていくことも検討しています。

 例えば体験版は遊んでいないけど本編を買ってくれているユーザーが多い国なら、体験版をもっとプッシュすれば販売が伸びるかもしれない。また「バイオハザード」シリーズの『4』『5』『6』も現行機に対応しているので、データに照らし合わせて分析すれば、売れる余地が見つかるかもしれませんよね。

 これまでパッケージについては出荷ベースでしか状況を把握できなかったのですが、インターネットの接続により、販売本数ベース、つまり実際に遊んでいる人のリアルな数字がわかる。これによって今までパッケージ販売でしか得られなかった“経験上の仮説”が、大きく変わるかもしれません。そうして得たデータは新たなビジネスチャンスにつながる可能性があるので、しっかり検証を行い、分析しながらこれから販売・開発されるタイトルについて活用していきたいと考えています。

――『バイオハザード7』はゲーム単体としてだけでなく、カプコンの今後のデジタル戦略を検討する上でも、重要なタイトルといえそうですね。

辻本氏: 今年は『バイオハザード7』を基軸にデジタル戦略を構築し、開発やマーケティング、販売等の体制を整えていきます。デジタル販売も浸透し始め、ゲームを販売するのに店頭陳列や在庫の心配もいらない。これは日本に限らずグローバルでの傾向です。今回の『バイオハザード7』は、デジタル時代におけるユーザーの動きを客観的に分析するいい機会になるととらえています。

 例えば、「RESIDENT EVIL.NET」というバイオハザードシリーズをサポートする無料のWebサービスがあります。定期的にゲーム内イベントを開催したり、ダウンロードコンテンツの情報を発信するなど、コミュニティサイトを運営しています。世界中のユーザーはさまざまなプレイデータを管理でき、当社もそのデータを参考にして、ユーザーの遊び方を検証できます。

カプコン代表取締役社長COOの辻本春弘氏
カプコン代表取締役社長COOの辻本春弘氏

「Nintendo Switch」にも注目

――2017年の国内戦略について教えていただけますか。

辻本氏: 『バイオハザード7』が全世界で300万本出荷(2017年2月10日時点)と順調ですし、ユーザーがこのゲームをどう受け止めるのか検証しなくてはなりません。また、3月18日には『モンスターハンターダブルクロス』の発売をひかえていますから、こちらも動向を注視しています。

 「モンスターハンター」については1月13日からユニバーサル・スタジオ・ジャパンでイベント(「モンスターハンター・ザ・リアル」)が始まっており、6月25日まで続きます。これにからめてどういう施策を打ち出せるかがポイントとなるでしょう。2016年10月発売の『モンスターハンター ストーリーズ』は、同時にテレビアニメ『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』の放送が開始されたこともあり、長期にわたり若いユーザーをどの程度取り込めるか、相乗効果に期待しています。

――3月には任天堂から「Nintendo Switch」が発売されます。

辻本氏: これはゲーム業界全体にとって、大きなトピックでしょう。携帯端末も含めゲーム機がスマートフォンに押されているといわれていますが、昨年末は『ポケットモンスター サン・ムーン』や『妖怪ウォッチ3』など、ニンテンドー3DS向けのソフトが非常に売れています。ゲーム専用機で遊びたいユーザーはかなりいるのではないでしょうか。Nintendo Switchは据え置き型と携帯型の2つの側面を持つというのが特徴ですね。新しい遊びを提供できる「Nintendo Switch」がどうユーザーに響くかとても楽しみです。カプコンもまずは『ウルトラストリートファイターII ザ・ファイナルチャレンジャーズ』を「Nintendo Switch」用として発売する予定です。

――「Nintendo Switch」をご覧になられた率直な感想はいかがでしょうか。

辻本氏: 日本の場合、自宅でゲームを楽しむ環境が、かつてに比べて薄れているような気がします。テレビのあるリビングでもスマートフォンを使うなど、ゲームに使う時間が限られているように思えます。そこに外でも遊べて、さらに家でも遊べるというNintendo Switchが、ユーザーのゲームに対するニーズをどれくらい喚起するか注目しています。

――それ以外の2017年の計画はどうなっていますか。

辻本氏: 現在、2017年後半に『MARVEL VS. CAPCOM: INFINITE』をリリースすることを発表しています。6年ぶりの新作ですし、映画の『アベンジャーズ』が好評で「アイアンマン」などマーベル・エンターテインメントのキャラクター人気も高まっているので期待が持てます。

 幅広い層を対象にしたeスポーツでの展開も考えられますし、前作(『MARVEL VS. CAPCOM 3 Fate of Two Worlds』)以上のインパクトはあると思います。ただ、何より今は今期(2017年3月期)発売のタイトルに注力しなくてはなりません。『バイオハザード7』や『モンスターハンターダブルクロス』といった大型タイトルが第4四半期に集中していますからね。

『モンスターハンターダブルクロス』
『モンスターハンターダブルクロス』
(C)CAPCOM CO., LTD. 2015,2017 ALL RIGHTS RESERVED.
『モンスターハンター ストーリーズ』
『モンスターハンター ストーリーズ』
(C)CAPCOM CO., LTD. 2016 ALL RIGHTS RESERVED.
『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』
『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』
(C)CAPCOM/MHST製作委員会
『ウルトラストリートファイターII ザ・ファイナルチャレンジャーズ』
『ウルトラストリートファイターII ザ・ファイナルチャレンジャーズ』
(C)CAPCOM U.S.A., INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『MARVEL VS. CAPCOM: INFINITE』
『MARVEL VS. CAPCOM: INFINITE』
(C)2016 MARVEL
(C)CAPCOM CO., LTD. ,
(C)CAPCOM U.S.A., INC. ALL RIGHTS RESERVED.

動画配信でTGSの熱気を世界に発信

――課題とされていたスマートフォンなどモバイル系でも、そろそろ実績が上がってきたのはありませんか。

辻本氏: 実はまだ十分なデータが集まっていません。集められるような環境がようやく整った、といったところでしょうか。2015年9月に配信を始めた『モンスターハンター エクスプロア』についても、さまざまなイベントを打ちながら検証を続けている段階です。昨年10月から始まったアニメの影響もあり、パズルゲームの『オトモンドロップ モンスターハンター ストーリーズ』もユーザー評価が良いようです。また、ソーシャルゲームではありませんが昨年『囚われのパルマ』も投入しましたし、こちらについても注目しています。

 しかし、肝心なのは収集したデータをどのように分析するかということです。データを基に仮説を立て、具体的な施策に落とし込んでいかなくてはなりませんが、十分にノウハウが蓄積されたとはまだ言えません。データが収集することができたので、それでいったい次はどうするんだ、ということですね。開発はチーム体制を含めて既にモバイル向けの取り組みを始めています。次は営業部隊、マーケティングやプロモーションでも頭を切り替えてやっていく時期に来ていると言えるでしょう。

――最後に2017年、日本のゲーム産業はどのようなトレンドになるとお考えですか。コンピュータエンターテインメント協会(CESA)理事として、業界全体を俯瞰して教えてください。

辻本氏: 日本のゲーム業界全体を見れば、スマートデバイスで遊ぶユーザーが増えていますし、据え置き型ゲーム機についても販売台数が伸びており、ソフトも売れています。そうした中、考えなくてはならないのはゲームをプレイする環境が非常に変わってきていることです。先ほど申し上げた、ダウンロードしてすぐにゲームが買えるといったことも含めてですね。こうしたデジタルな環境をプロモーションやセールスにどう結び付けて展開していくか、プラットフォームホルダーさんと共に考えてやっていきたいと思っています。

 もう一つの変化は、Nintendo Switchの発売です。これはゲーム業界全体として盛り上げていきたい。さらにVRについてもまだユーザーの手に行き渡っている状況ではないので、AR(拡張現実)を含め有効な手立てを考えていくべきでしょう。こうした新しい動きだけを見ても、2017年はゲーム業界に大きな変化が訪れてもおかしくありません。各社とも、このビジネスチャンスをとらえるために開発を進めていることでしょう。

――東京ゲームショウ2017(TGS2017)に対する期待感はいかがでしょうか。

辻本氏: 昨年の東京ゲームショウ2016には、4日間で過去最高の27万1224人もの人たちが来てくださいました。これほどの規模になると、会場である幕張メッセのキャパシティではもはや限界です。そこで会場に来なくても東京ゲームショウを楽しんでもらえるような方法として、動画配信の強化を考えなくてはなりません。

 昨年は、国内向けに実施したTGS公式動画チャンネへの来場者数が約440万人となり、実際の来場者の方と合わせて500万人弱の人に東京ゲームショウを体験してもらいました。これが1000万人くらいになれば、世界の多くの人たちに東京ゲームショウを楽しんでいただいたと言えるのではないでしょうか。そうすることによってゲームに対する注目度も上がるでしょうし、出展企業にとっても東京ゲームショウの価値が高まります。

 また、当たり前のことですが来場者は関東圏の方々が中心で、動画配信ではそれ以外の地域の方々が多くなります。今年はさらに、全国のゲームユーザーに対して東京ゲームショウへの理解を深めてもらえるよう推進していきたいですね。そして国内だけでなく海外にも、特にアジア圏の方々に対して動画配信を通じて東京ゲームショウの熱気を伝え、ゲーム購入のきっかけにしていただければと思っています。

 2017年はVRのような新たなデバイスに向け、さらにクオリティーを向上させたゲームが登場するでしょうし、Nintendo Switch対応のゲームも出展されるでしょう。新たなゲームの変化を感じとってもらえるのではないでしょうか。もちろん、eスポーツも東京ゲームショウで盛り上げ、日本におけるeスポーツ時代の到来をアピールするつもりですよ。

『モンスターハンター エクスプロア』
『モンスターハンター エクスプロア』
(C)CAPCOM CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED
eスポーツ時代の到来をアピールしたいと話す辻本氏
eスポーツ時代の到来をアピールしたいと話す辻本氏
日本ゲーム産業史
ゲームソフトの巨人たち


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