この記事は雑誌『日経おとなのOFF』2013年1月号に掲載した記事に一部手を加えたものです。内容は基本的に雑誌掲載当時のものです。

 人口84万人の政令指定都市となった今も、旧市街には商家の風情を残す虫籠窓(むしこまど)や格子戸、つり看板が残る。暖簾の奥をのぞけば、南蛮渡来の芥子(けし)や肉桂(にっけい)を使った和菓子、16世紀末に中国から製法が伝わり、手作りされている線香などに出合える。いずれも貿易を通じ町にもたらされたものだ。

 「物の始まり何でも堺」といわれるほど、多くの品が海を渡ってきたが、繁栄に大きな役割を果たしたのは鉄砲だ。琉球王国との交易を通して、鉄砲の伝来をいち早く知ると、製造技術を持ち帰った。すぐに模造品を作れる高い技術が、当時この町にはあったのだ。

薫主堂
沈香(じんこう)、白檀(びゃくだん)などを調香し、タブノキの皮を乾燥させて粉にしたタブ粉を練り込んで作る線香。「天然香料の線香は、たなびくような上品な香りです」と主人の北村欣三郎さん。
【Data】堺市堺区北半町西2-1 TEL:072・232・2549 営業時間:9~18時 定休日:日曜 不定休
練る時間も乾燥時間も、線香の種類や季節によって変わる
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日本の線香作りは堺が発祥。今も手作りする数少ない店の一つだ
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鉄砲鍛冶屋敷
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堺に現存する唯一の鉄砲鍛冶屋敷・井上邸。主屋の北側に鍛冶場があったとされ、間口は12間半にもわたっている(内部非公開)。
【Data】堺市堺区北旅籠町西1-3-22

 技術の源流となったのは、古墳だといわれている。

 堺には仁徳天皇陵をはじめ、44基の古墳が残る。巨大古墳の築造のために、鋤(すき)や鍬(くわ)などの農具を作る鍛冶屋、鍋釡を作る鋳物師なども大陸から招かれた。渡来人から学んだ技術は、職人集団によって脈々と受け継がれた。

 鍛造(たんぞう)・鋳造(ちゅうぞう)の技術があり、長いものは刀で作り慣れている。加えて火薬の原料となる硝石も輸入できた堺は、鉄砲の一大生産地となった。戦国時代が終わると、鍛冶職人はたばこ包丁を作るようになる。16世紀後半ポルトガルから入ったたばこは、次第に庶民の間にも広がっていった。江戸幕府はたばこの葉を刻む包丁を堺の鍛冶職人に作らせ、堺極という刻印を打って専売品にしたのだ。これが、プロの料理人がこぞって買い求める現代の堺打刃物につながる。

郷田商店
大阪名産の手すきのおぼろ昆布も、江戸時代中期、西回り航路で北海道から入ってきた昆布と、堺の包丁とが出合って生まれたものだ。
【Data】堺市堺区市之町東5-1-23 TEL:072・222・6688 営業時間:9~17時 定休日:月2回土・日曜

昆布を下から上へ、向こうが透けて見えるほど薄く包丁ですいていく。熟練の職人技だ
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昆布は酢に漬けてからすく。創業以来、つぎ足しては使っている酢は、昆布のだしが出てまろやかな味。「店の一番の財産」(社長の郷田光伸さん)
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手すきに使うのは最上級の北海道・白口浜の昆布
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