この記事は雑誌『日経おとなのOFF』2013年1月号に掲載した記事に一部手を加えたものです。内容は基本的に雑誌掲載当時のものです。

 路面電車の御陵前駅からひと筋入ったところに、南宗寺(なんしゅうじ)はある。武野紹鷗(たけのじょうおう)や千利休が参禅したことで知られる寺だ。

 紹鷗は堺に移り住んだ豊かな町衆で、侘び茶の祖・村田珠光の孫弟子に当たる。紹鷗に師事したのが、「茶の三大宗匠」と称される千利休(宗易)、今井宗久、津田宗及だ。いずれも堺を代表する豪商であり、信長や秀吉に重用され茶頭に取り立てられている。

南宗寺
武野紹鷗や千利休が参禅した大徳寺派禅宗寺院。境内には利休好みの茶室「実相庵」が、塔頭(たっちゅう)の天慶院には紹鷗好みの「大黒庵」がある。
【Data】堺市堺区南旅篭町東3-1-2 TEL:072・232・1654 拝観時間:9~16時 料金:400円
古田織部好みの枯山水の庭は国の名勝庭園
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境内には千家一門の供養塔があり、例年2月27日に行う利休忌には、三家(表千家、裏千家、武者小路千家)合同の茶会が開かれる
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毎週日曜に坐禅会が開かれる禅堂
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豪商が担った茶の湯文化
自主独立の気概を持ち、経済人として辣腕(らつわん)を振るう一方、堺の商人らは連歌や茶の湯を愛した。都市化が進んだ当時の町で、屋敷の裏庭に茶室を造り、非日常の空間で一碗の茶を喫する「市中の山居」を編んだ豪商も多い。隔世した茶室で、どれだけの密議が交わされたことだろう。

千利休屋敷跡
「内々の儀は宗易、公の儀は宰相」と大友宗麟が書状にしたためたほど、豊臣政権下で重んじられていた利休。屋敷跡には、利休が茶湯に常用していたといわれる椿の井戸が残り、今も清水が湧き出ている。
【Data】堺市堺区宿院町西1-17-1
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 堺と茶道との関係を、南宗寺住職の田島碩應さんに聞いた。「当時の堺は文化的水準がとても高く、仏教の教義のなかから作法が生まれ、人々はお茶や歌などを通して仏の道に触れようとしていました。こうした風土が茶道の確立と関係しているのではないか」。同寺の禅堂では現在も、一般の参加も可能な坐禅会が開かれている。ゆかりの道場で坐禅を組めば、紹鷗や利休が深めた「茶禅一味」の真理に触れられるだろうか。

 旧市街を南北に走る阪堺線の沿線を歩くと、紹鷗好みの茶室がある開口(あぐち)神社、利休寄進の六地蔵灯籠や瓢(ひさご)形手水鉢を有する妙國寺など、あちらこちらで茶人ゆかりの寺社に行き当たる。何より寺の多さに驚く。堺は主な寺院だけでも200余カ寺あるのだ。

堺市茶室 黄梅庵・伸庵
茶道が盛んな堺では、市の所有する茶室・伸庵が利用でき、気軽に楽しめる立礼席も用意されている。黄梅庵は内部非公開。
【Data】堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁(大仙公園内) TEL:072・247・1447 開館時間:9時30分~16時30分 定休日:月曜(祝・休日の場合は開館)、年末年始
今井宗久ゆかりの茶室を移築した「黄梅庵」
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名匠・仰木魯堂による茶室「伸庵」の入り口
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