この記事は雑誌『日経おとなのOFF』2012年12月号に掲載した記事に一部手を加えたものです。内容は基本的に雑誌掲載当時のものです。

 ゆっくりした時間が流れる門司港とは電車でわずか15分の距離でありながら、駅前に複合商業施設やビジネスホテルが立ち並ぶ小倉は、やはり商業の街なのだと実感する。北九州市の中心として、人や情報が集まる小倉は文化人を多数輩出しているが、なかでも松本清張との縁が深い。

松本清張記念館
作家生活40余年で長編、短編合わせて1000編もの作品を世に送った、松本清張の創作活動の全貌を展示する。清張の7回忌に開館。
【Data】北九州市小倉北区城内2-3 TEL:093・582・2761 開館時間:9時30分~18時(入館は閉館の30分前まで) 定休日:12月29~31日 料金:500円
出版された著書700冊の表紙を並べたコーナー
[画像のクリックで拡大表示]
東京・杉並の自宅仕事場を再現した書庫には約3万冊の蔵書が並ぶ
[画像のクリックで拡大表示]
文豪に愛された小倉
戦前は軍都として、戦後は経済の中心地として、小倉は独自の文化を育み、文学土壌を醸成した。1899(明治32)年に赴任した森鷗外にとって小倉時代は、やがて迎える文学的爛熟期への蓄積の時間だった。以後、松本清張、俳人・杉田久女など、多彩な文学者を輩出した。

森鷗外旧居
37歳で第十二師団軍医部長として小倉に赴任。最初に住んだここをとても気に入ったという。
【Data】北九州市小倉北区鍛冶町1-7-2 TEL:093・531・1604 開館時間:10時~16時30分 定休日:月曜(祝日の場合は翌日)・祝日、年末年始 料金:無料
鍛冶町のこの家のみ保存されている。鴎外は馬に乗り、城内の職場まで通った
[画像のクリックで拡大表示]

 現在の小倉北区で生まれた清張は、芥川賞を受賞し東京に転居するまでの約40年間を小倉で過ごした。少年時代、小倉城の正面にあった小倉図書館によく通い、内外の文学書や歴史書をむさぼるように読んだという。清張が少年期を送った大正期の小倉では、大正デモクラシーも追い風となり、短歌や俳句を中心にした同人誌ブームが起きた。高浜虚子や北原白秋と交流のあった実業家・橋本豊次郎と俳人・多佳子夫妻らも活躍し、文化サロンを形成した。『半生の記』で清張は、「小倉の町に文芸運動が起ころうと、(略)私にはなんの関係もなかった」と述懐しているが、並外れた向上心と勉学心に応えるだけの刺激に満ちた街であったことは想像に難くない。

 小倉城内の松本清張記念館では、東京の自宅仕事場を生前そのままに再現した書斎・書庫・応接室が圧巻だった。社会派推理小説という新境地を開拓し、時代を駆け抜けた国民的作家が思索と創作に没頭した迷路のような部屋は、資料で埋め尽くされ、愛用の万年筆や眼鏡が無造作に置かれている。見飽きることのない空間だ。

林芙美子など市ゆかりの22人の顔写真
[画像のクリックで拡大表示]
小倉時代に鴎外が才能を認めた、矢頭良一が発明した国産初の計算機
[画像のクリックで拡大表示]
北九州市立文学館
北九州市は、女性俳人も多く輩出した。明治から昭和を生きた作家の資料を展示する。
【Data】北九州市小倉北区城内4-1 TEL:093・571・1505 開館時間:9時30分~18時(入館は閉館の30分前まで) 定休日:月曜(祝日の場合は翌日)、12月29日~1月3日 料金:200円

湖月堂
清張が好んだ老舗菓子店「湖月堂」の栗饅頭。甘いものがごちそうだった少年時代に憧れた菓子を懐かしみ、東京へも度々取り寄せた。
【Data】北九州市小倉北区魚町1-3-11 TEL:093・521・0753 営業時間:9~20時 定休日:無休
[画像のクリックで拡大表示]