この記事は雑誌『日経おとなのOFF』2012年11月号に掲載した記事に一部手を加えたものです。内容は基本的に雑誌掲載当時のものです。

 江戸時代後期、忍城の城下では一大産業が興る。周辺地域で綿花栽培や青縞(あおじま)(藍で染めた縞木綿)などの生産が盛んになり、原料が入手しやすかったことから、足袋作りが地場産業として発展したのだ。明治期には電動ミシンが導入され、生産量は一気に増えた。

仕上げまで13~14工程で分業されていた足袋作りを実演。約100年前に使われていたミシンを用いた職人の技を間近で見られる
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足袋に木型を入れて形を整え、アイロンでシワを伸ばせば完成
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昔ながらの機械を用いて1足ずつ丁寧な作業で足袋を製作。販売も行う。1足1800円~
足袋とくらしの博物館
行田の足袋産業の歴史を後世に伝えようと、平成17(2005)年に開館。老舗の足袋商店の工場と土蔵を改装した建物内に昭和初期の工場の様子が再現されている。
【Data】埼玉県行田市行田1-2 TEL:048・552・1010 開館時間:10~15時 料金:200円 定休日:月~金曜

 全盛期の昭和初期には、約200社が操業。全国の8割の足袋を生産する日本一の足袋の町となったが、昭和30年頃にはナイロン靴下の普及によって、廃業する足袋商店が相次いだ。足袋工場や保管庫である足袋蔵など、足袋関連の建物が徐々に姿を消すなか、故郷の変貌を見て立ち上がったのが、朽木宏さんをリーダーとする市民の団体、NPO法人 ぎょうだ足袋蔵ネットワークだ。「足袋産業によって栄えた町の歴史や足袋作りの技術は、行田の誇るべき文化。その文化を伝えていくことが、町の活性化にも役立つのではないかと考えました」と話す朽木さん。

 活動の一つである足袋とくらしの博物館を訪ねた。老舗の足袋商店が大正後期に建設した工場を整備、改装して、全盛期の足袋工場を再現した同館。布の裁断から仕上げまで、職人による足袋作りの実演は見応えがある。

NPO法人 ぎょうだ足袋蔵ネットワーク 代表理事の朽木 宏さん。カフェ閑居やギャラリー門をプロデュース。本業である建築家の視点を生かし、足袋産業の近代化遺産保存に努めている
まちづくりミュージアム
足袋を保管していた土蔵を、行田の町の活性化に向けて、情報発信する場として再生。現在、市内に残る足袋蔵の案内なども行っており、行田の旅の拠点としても最適だ。
【Data】埼玉県行田市行田5-15 TEL:048・552・1010 開館時間:10~16時 料金:無料 定休日:無休
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 「昭和の初め頃まで、行田の町を歩けば、裁断機のガシャン、ガシャンという音がそこかしこから聞こえたものです。朝夕には、通勤する着物姿の工員さんがあふれて、大変なにぎわいでした」。懐かしそうに話すのは、足袋作りを実演する島崎忠樹さんだ。この道50年以上のベテラン職人は「話をしながら、作業するのは苦手(笑)。でも、足袋は日本の伝統文化の継承には欠かせない履物。江戸時代から名産とうたわれた行田足袋の伝統を観光客に伝えるのは、うれしいことですよ」と瞳を輝かせた。