この記事は雑誌『日経おとなのOFF』2012年9月号に掲載した記事に一部手を加えたものです。内容は基本的に雑誌掲載当時のものです。

 古代にさかのぼる海上交易の歴史は、能登に高い工芸技術をもたらした。灰黒色の土器、須恵器の技法を昇華させながら、長らく幻と呼ばれたやきもの「珠洲焼」もその一つ。平安時代に生まれ、戦国時代に忽然と姿を消した古窯の謎めいた歴史に、「珠洲市立珠洲焼資料館」で触れられる。「珠洲焼は京都の公家から奨励されたやきもの。遠く北海道まで運ばれ、全国の4分の1の地域にまで普及しました。当時の珠洲は、日本有数のやきものの産地だったのです」(学芸員の大安尚寿さん)。しかし戦国時代には、越前など他産地に押され廃絶してしまう。

珠洲市立珠洲焼資料館
平安末期から室町時代にかけて、無釉・還元焼成された珠洲焼約100点を展示。当時のやきものを通して、兵庫県の東播系窯や愛知県の常滑窯などの影響を受けたといわれる、珠洲焼の変遷をたどることができる。
【Data】石川県珠洲市蛸島町1-2-563 TEL:0768・82・6200 開業時間:9~17時 定休日:無休 料金:310円
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珠洲市立 珠洲焼資料館 学芸員 大安尚寿さん。「海上交通で栄え、船や情報が集まる土地柄、貴族好みの優美なやきものが増えたのでしょう」と珠洲焼の特徴を語る