「∞(むげん)プチプチ」などのヒット商品を生み出した高橋晋平氏は「TEDxTokyo」に登壇するなど、企画・アイデア発想の名手としても知られる。その高橋氏が世の中で話題となっている“トンガリ商品”をピックアップし、開発者に直撃。企画の源泉とアイデアの“転がし方”を探っていく。

 「スープストックトーキョー」創業者で、中目黒駅高架下にオープンした話題のレストラン「パビリオン」を手がけるスマイルズの遠山正道社長との対談の後編(前編はこちら)。高橋氏、遠山氏ともにサラリーマン経験を通して学んだ、上司への企画の通し方について語る。高橋氏が思わず目を丸くした、遠山氏からのある提案とは?

スマイルズ 遠山正道社長(右)。1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事に入社。2000年にスマイルズを設立、社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、コンテンポラリーフード&リカー「PAVILION」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。
スマイルズ 遠山正道社長(右)。1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事に入社。2000年にスマイルズを設立、社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、コンテンポラリーフード&リカー「PAVILION」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。

プチプチは「これを止めるなんて、ちょっともう信じられない! 」みたいな

高橋晋平氏(以下、高橋): 僕は今、「月曜日が嫌いな人の会」というのを主催していまして。

遠山正道氏(以下、遠山): なんだか面白そうですね。

高橋: 僕自身、サラリーマン時代は月曜日がめちゃくちゃ嫌いだったんですよ。土日の反動で、月曜の朝は起きたくない、会社行きたくないみたいな。そのときの気持ちがもうめちゃくちゃ強かったので、月曜日が嫌いな人ってたくさんいるんじゃないかとSNSで軽く呼びかけてみたら、結構集まったんですよ。たいていはサラリーマンだったんですけど、一度飲み会を開いたらすごく盛り上がって。全然ラブに関係ないですけど、一個のテーマを元に集まって同じ時間を過ごすと、それが最終的にラブを生むことになるのかなみたいなことを思ったりして。

遠山: その会には男性も女性もいるんですか? 

高橋: そうですね。全然出会い目的で集まってるわけじゃないですけど。「なんで月曜日から進捗報告会議をやるんだ」みたいな話を誰かが言うと、「そうだ、そうだ! 」みたいに盛り上がる。だって、土日は何も進捗しないのに、なんで月曜にやるんだという話で(笑)。

遠山: 確かに。

高橋: 月曜はもっと自由な未来のことをというか、やりたい仕事を考えたほうがいいと思うんですよね。プレミアムフライデーって、月末の金曜日は早く帰ろうみたいな制度が始まりましたけど、その前に月曜だろう、みたいな(笑)。そういう、月曜日あるあるネタで盛り上がるんですよね。立場も職業も違う人たちが、「いや、月曜は大変だよね」と言っていると、絆が強まるというか、面白いなと思って。遠山さんのプロフィールを拝見すると、商社時代から新規事業を立ち上げ続けてきたみたいなイメージがあるんですが、やっぱりその都度出てきた「やりたいこと」を具現化した感じなんでしょうか。

遠山: ざっくり言うとそうです。

高橋: このお店も、ラブとアートをテーマにした新規事業の一つってことですよね。

遠山: でも、新規事業としてこの店を広げていこうという感覚はあまりないですね。うちは、あまりマーケティング的な会社ではなくて。サラリーマン時代に絵の個展をやったんですが、今思うと、絵の個展とスマイルズがやっているビジネスのスタイルってすごく似ているなと思います。アーティストって次の個展をやるときに、どんな絵を描いたらいいかなんて、お客さんにアンケートを取ったりしないじゃないですか。自分が何に興味があって何を描くのかというところこそが大事で、楽しい部分です。

高橋: そうですよね。僕もおもちゃを作るを仕事始めて、今は人を笑わせるというか、一風変わった事業をやっているんですが。月曜が嫌いな人を集めてみたり、着ぐるみのミュージシャンを作ってみたり、いろいろやっているんですけど、それもやっぱり自分が飽きたら終わりだから、かなり強い動機が必要と思ってるんですよ。もちろんニーズがあることも大事なんですけど……。企業にいたときは新機軸商品の開発担当を10年間務めてきたんですが、やっぱりなかなか通らないんですよ、本流の商品に比べると。企画が却下されると、気の弱い僕としてはたいてい「まあ、そうだよな」と納得しちゃうんですけど、ときどき「この企画をボツにするなんて、何を言っているんだ! 」と強い気持ちが湧いてくるんです。そういう気持ちが湧いてきた企画は「これはもっと頑張ればちゃんと商品化できるな」という感じで、進めることができたんですよね。

遠山: 分かります、分かります。そういう気持ちが、結局は会社にとっても本来はエネルギーになるはずです。うちの会社には「自分ごと」という言い方があるんですけど、一人ひとりが自分ごとと思っていれば、総体として会社としての力が強くなってくるんじゃないかと。そこを大事にしたいですよね。∞(むげん)プチプチのときはどうだったんですか?

高橋: プチプチも、上司には「これはちょっと難しい、売れるかどうか分からない」とボツにされそうになったんですよ。でもこのときだけは「絶対に売れるから、まずは部長にプレゼンさせてください」ということを、初めて伝えられたんです。

遠山: いい話ですね。

高橋: そのときに分かったんです。「俺のやりたいことが全然通らない」と思っていたけど、それまでのものは却下されて反発できなかった時点で、自分の中ではもうそんなにやりたくはなくなってたんです。ただ、プチプチは「これを止めるなんて、ちょっともう信じられない! 」みたいな感情が芽生えたので、その時点でヒットする確率が高かったんだなと。

遠山: 今なら「過去に成功した話」として話せるけど、そのときはまだ当たるかどうか分からないのに、確信のようなものがあったということですよね。

高橋: そうです。僕もそのとき入社3年目で、絶対売れるなんて根拠もない若者だったので。

遠山: 売れるかどうか分からないけど、誰かに喜ばれるというか、面白いねと言ってもらえるなと。これは評判になるとか。

高橋: 「自分だったら絶対に買う」ということだったんだと思います、そういうふうに上司に説明はしなかったんですが。ほかの人はどうか分からないけど、僕はこんな商品があったら絶対買うと。だから、この商品が会議室の一室で終わるなんて信じられないという気持ちになったんです。

遠山: なるほど。

高橋: そういうものに出合えるって、すごく幸せだと思うんです。

大きな会社でも、マーケットを小さく見積もれればいい

高橋: 今は大企業でも新規事業にどんどん手を出している時代ですよね。友人でも新規事業を担当しているとか、もしくは担当したいと言っている人はいるんですけど、大きい組織になればなるほど、新しいことを始めるのは難しいと思うんですよ。

遠山: そうですね。

高橋: そういうとき、大企業だったらどういうところから手をつけたらいいんでしょうか。やりたいことがあるとして、どういう作戦がいいのか。

遠山: 私がスープストックトーキョーを始めるころの話なので、もう20年くらい前に日経新聞で「シーマン」を開発している人の記事を読んだんですが「プロトタイプを作って仲間に見せたら『自分は面白いと思うけど、さすがにビジネスにはならない』『商品にはならない』というふうに誰もがそう言ったので、むしろこれはいけると思った」という話があって、面白いなと思いました。

高橋: うんうん。

遠山: 20年前の話ですからね。自分は大衆だなんて思っている人は一人もいないということですね。一人ひとりが自分はちょっと特別だと思っている。企業側が「消費者にはこのくらいじゃないと伝わらないだろう」みたいな言い方をしちゃうのは、すごく不遜だと思います。いやいや、今は消費者のほうが全然イケちゃっているんだけど、みたいな……。

高橋: それは、すごく分かります。

遠山: だから、最初からアイデアなんか全然相手にされないと思い込んだらいいと思う。上司をそういう形で説得することもできるんじゃないでしょうか。最近、「個人のブランド」がすごく面白いと思っているんですよ。銀座1丁目に「森岡書店」という、5坪のスペースで1冊の本を売る書店があって、われわれも出資しています。商品を毎週入れ替えていて、1週間に1冊というか1種類の本だけを売るんですが、毎週150冊くらい売れていて。一般の書店だと最高ランクの売れ行きを毎週連発しているというわけです。店主の森岡君が1人でやっているからこそで、これが500坪の書店だったら絶対にできないじゃないですか。大きな会社でも、マーケットを小さく見積もって、カードゲームが300個売れれば元は取れてちょっと利益にはなるよねというように、計画を小さく見積もれればいいですよね。1000個、1万個売れるものよりも、そういう商品がいくつかあったほうがユニークだし、感度の高いお客さんとつながれる気がします。

高橋: そうですよね。何か提案しても「じゃあ、それは何億円、何十億円売るの」みたいな話をされちゃうとこと、一気になにも言えなくなってしまうから。経営者の裁量なのか、上司の力量なのか、それとも会社のシステムを変えるのか、小さく生んで何かが起きるかも、みたいなところから始められたらいいですよね。

高橋氏、現代アートに開眼!?

遠山: 話していて思ったんですけど、高橋さん、現代アートとかをやるといいかもしれないですね。

高橋: え?

遠山: 現代アートって、ある種「とんち」っぽいところがあるんですよね。高橋さんはまじめそうだし……。現代アートの文脈をちょっとさらってみて、その中の要素をピックアップしながら、笑いとか驚きみたいな要素をちりばめて、小さいものでも大きいものでも、何か作ってみるといいかも。現代アートとして新しい機軸ができそうな気がします。

高橋: ありがとうございます。僕はアートを勉強したことがないんですが、MoMAショップとか好きですし、いろんなものを見て「これはアートだな」とか「好きな人は好きだろうな」と思うんですが。

遠山: アートって、こっちから見るとすごく立派なものに見えるんだけど、アートはアートの業界の中で悩みも結構あったりすると思うんですよね。アートというと売れる売れないみたいな話になったりするし、売りのほうに意識があると「そっちばかり意識しているのか」と言われたり。でも、ワールドサーキットといわれる、世界で流通しているトッププレーヤーというのは、当然ビジネスのすぐ横にいる、売れる作家なわけなんですよね。そうすると周りも、ギャラリストも、コレクターも、みんなで三方よしでというか盛り上がっていくわけです。売れるという社会の仕組みの中に介在できたほうがアートも健全に発展していくから、そういう意味ではやっぱり売れたほうがいいわけです。

高橋: アートって、どうやってマネタイズしたらいいか、僕にはちょっと分からない世界なんですよ。ただ、僕は今、「民芸スタジアム」という民芸品のカードゲームを作っているんですが、これもアートと言えばアートだと思っているんですよね。

遠山: 個人的な考え方かもしれないけど、デザインとかビジネスというのは4コマ漫画みたいにオチがあるんですよ。ストーリーもある。「アートは疑問符だ」みたいな言い方をすることがあって。投げ掛けとかね。だから、オチみたいなのはむしろないほうがよかったりするかもしれない。

高橋: ああ、なるほど。

遠山: オチがあると、そこで閉じちゃうじゃないですか。

高橋: そう考えると、オチがあるものしか作ったことがないんですよね。

遠山: そうですよね。普通はそうあるべきです。でも、例えば絵を描くこと自体、そもそも意味不明で(笑)。誰にも頼まれてないのに。でも、描きたい人は描かざるを得ない何かがあって描いているわけですよね。高橋さん自身のそのエネルギーみたいなのとかアイデアとかいろいろあると思うので「あ、これを見た人はどう返してくるかな」みたいなことを考えるといいのかも。

高橋: ああ、なるほど。そう考えると、やっぱり僕がやってきたことで、まだアートとしてどうしたらお金になるのか全然分からない。

遠山: いや、基本的にお金になりづらいですよね。日本で、ファインアートだけでちゃんと飯食えている人って、本当に5人とか10人とかだと思うので。だから、あまりそれを今のコンテンポラリーのど真ん中でやろうとすると大変かもしれないけど、「アート的な考え方を持ってビジネスの要素を加える」という自分の土俵をつくっちゃうのでもいいと思いますけどね。

高橋: パビリオンというこの店そのものが、アートと言えるかもしれませんよね。

遠山: われわれはビジネスパーソンだから、自分たちの得意というか、専門領域をアートの領域とジョイントさせながらいろいろとやっているんですね。3年くらい前から、スマイルズ自身が作家として芸術祭に作品を出しているんです。去年は瀬戸内国際芸術祭の豊島で「檸檬ホテル」というのを作りまして、昼は作品を鑑賞できるんだけど、夜は実際に泊まれるんです。高橋さんがアートってどうやって食えるのか分からないとおっしゃるとおり、アーティスト自身もそう思っているわけです。だから経済的にも自立できるようにホテルにした。アートを現実的なところで可能にするということが、スマイルズなりのやり方ですよね。

高橋: もしかしてこのお店でアートに触れるというか、そういった空間に触れることで、それがラブにつながっているのかもしれないですよ。アートって空気をつくるじゃないですか。空気を作るということは、やっぱり気持ちを作るわけで。だからそのアート作品の雰囲気やパワーをお店とシェアできる、そのアートの良さというかパワーを。ひと晩いたら僕にもラブがもらえるのかなと思いました。新しいラブが。

(文/樋口可奈子、写真/シバタススム)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年5月15日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています

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