経営再建中のシャープと東芝が、重要な経営判断が求められる岐路に立っている。それは、買収提案および事業再編である。いずれも、2016年2月中に、その方向性を決定することになる。そして、その鍵を握っているのが、7000億円という数字だ。

シャープには台湾・鴻海が出資か

 シャープは、2月4日に行われた2015年度第3四半期連結業績発表の席上、経営再建に向けた支援先として検討していた官民ファンドの産業革新機構と、台湾EMS(電子機器受託生産サービス)大手の鴻海(ホンハイ)精密工業の2社のうち、「現在、リソースをより多くかけているのは鴻海精密工業の方である」とし、鴻海側の支援策を重視して検討している姿勢を示した。同社・高橋興三社長が、「これは優先交渉権を持つとか、優位性があるというわけではない。真摯に、精緻に、そして公平性、透明性を持って、内容を吟味している段階にある」と説明しながらも、鴻海からの提案がシャープ再建には優位であることを暗に示した形だ。

シャープの高橋興三社長
シャープの高橋興三社長

 実際、翌5日には、鴻海精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)会長が、大阪市内のシャープ本社を訪問。高橋社長以下、シャープ幹部と8時間にわたる協議を行った。鴻海の郭会長は、「優先交渉権を得た」としたが、シャープではこれを否定。早くも両社の姿勢に食い違いがみられたものの、最終的な契約条件を検討すること、買収提案の有効期限を2月29日に設定することでは合意したようだ。今後、鴻海案を中心に協議が進められることは間違いないだろう。

 支援の提案内容として、産業革新機構は、シャープに3000億円を出資し、さらに、金融機関が持つ優先株の事実上の放棄などを盛り込むほか、産業革新機構が出資しているジャパンディスプレイとシャープの液晶事業を統合。また、経営再建中の東芝の白物家電事業との統合を図るとみられている。国内メーカーの技術の海外流出に歯止めをかけ、日本の電機産業の再生を軸とした再生案ではあるが、その一方で、事業の分割や、現経営陣の退任なども盛り込まれているようだ。

 これに対して鴻海精密工業は、7000億円規模の資金を用意。シャープへの出資を行うとともに、事業およびブランドの維持、現経営陣の続投、社員雇用維持などを盛り込んでいるとみられる。5日には、鴻海の郭会長が、太陽電池事業の売却の可能性があること、40歳以上の社員の人員削減の可能性があることを示唆しているが、それでも鴻海側の支援案のほうが、シャープ本体としての雇用維持については、強い意思が感じられる。ただし、技術の海外流出の問題、そして、これまでブランドビジネスの成功経験がない鴻海が、シャープのブランドをどこまで生かしきれるかが課題だ。

国内に技術を残すか、外資傘下で踏み出すか

 2社のうち、シャープが鴻海の支援案に傾いたのは、いくつか理由がある。

 一つは、シャープが鴻海の傘下に入った後に、鴻海が持つ調達力を生かした部材調達が可能になるという点だ。液晶事業における部材調達メリットだけでなく、世界最大のEMSとしての立場を生かして、白物家電製品などの調達面でも力を発揮できるようになる。これは産業革新機構の提案にはないメリットだ。

 また、産業革新機構の支援案では、主力取引銀行2行が持つ2000億円の優先株を事実上放棄することなどが前提になっているとされるのに対し、鴻海からの提案では、銀行への資金要請はなく、しかも鴻海が用意した資金の中から、シャープへの出資金が戻る可能性が高く、銀行側には痛みは伴わない。シャープには、主力銀行から2人の取締役が派遣されており、この点も、鴻海案に傾注した理由の一つではないかという見方も出ている。

 日本国内に技術を残すことを優先するのか、それとも外資系企業の傘下で新たな道を踏み出すのか。産業革新機構と鴻海の支援案はそれぞれの立場からのものであり、その狙いは大きく異なっていたといえるだろう。だが、いまのところ、シャープは、7000億円という規模の資金を得て、外資系企業の傘下のもとで、再生を図る可能性が高いというわけだ。

東芝は過去最悪の赤字をさらに下方修正

 シャープが鴻海の支援案を選択した場合、思わぬ影響を受けるのが東芝だ。

 東芝は、2016年2月4日、2015年度通期の業績見通しを下方修正し、最終赤字が7100億円になることを発表した。7000億円規模の赤字は、過去最大だ。2015年12月21日に、通期見通しが5500億円の最終赤字になることを発表しており、この時点でも、過去最悪の最終赤字見通しに激震が走ったが、それから約1カ月で1600億円もの下方修正を行って、あっさりと過去最悪を更新することになった。

 東芝の室町正志社長は、「公表から1カ月あまりで大きな修正となったことを深くおわびする」と陳謝。「金融機関から、すべての膿を出し切ってほしいとの要請を受けた。2016年度のV字回復をなんとしてでもやりきる」と語った。

 この赤字に伴い、2016年3月末には、自己資本が1500億円に減少し、自己資本比率は2.6%にまで落ち込むことになる。この水準では大規模な構造改革にも限界が生じるばかりか、債務超過に陥る可能性も捨てきれない。東芝メディカルシステムズの売却益による改善のほか、資産売却などのプラス要素も見込まれるが、危険水域からの脱却が急がれる。

 中でも、PC事業および白物家電事業の売却は、早急に決着をつけなくてはならない課題となっている。これらの赤字事業の再編が、2016年度以降のV字回復には不可欠な要素だからだ。

 室町社長は、「公表している構造改革を確実に実行しつつ、他社との事業再編に向けた検討を加速させているところである。2月末までには、なんらかの方向性を伝えたい」と語る。PC事業については、「一時は海外メーカーとも話し合いをしたが、いまは、海外メーカーへの選択肢の可能性は低くなっている」とし、富士通およびVAIOとの再編が有力とみられる。

東芝の室町正志社長
東芝の室町正志社長

シャープに左右される東芝・白物家電の先行き

 問題となるのは白物家電事業だ。「白物家電事業の売却先として、シャープは選択肢のひとつ」と、室町社長は語るが、これは、シャープが、産業革新機構の支援案を選択することが前提でもあった。だが、シャープが鴻海の支援案を採用すれば、シャープと東芝の白物家電事業の統合という案は宙に浮く。東芝は新たな白物家電事業の売却先を探さなくてはならないわけだ。

 室町社長も、「ディールが変われば、海外企業への売却も選択肢のひとつに入る」と語っている。候補として浮上するのが、中国スカイワースだろう。東芝が持つ中国国内の2つの生産子会社に対して、スカイワースが出資している実績があるほか、2015年9月には、中国市場向けの白物家電事業の販売権をスカイワースに譲渡。さらに、12月には、インドネシアにある二層式洗濯機工場とテレビ工場の閉鎖を決定したのに併せて、この土地と建物をスカイワース社へと売却することを発表している。徐々に距離感を縮めている両者が、今後の再編に向けて、話し合いを急ピッチで進める可能性は捨てきれない。

 本来ならば、他の国内家電メーカーにも支援を求めたいところだろうが、パナソニックの河井英明代表取締役専務は、こうした再編の動きに対して、「当社の白物家電事業は好調であり、自分たちの事業をしっかりやっていきたい。何かを意図したり、何かに興味があったりするわけではない」とし、これらの再編の動きには参入しない姿勢をみせる。いまや、 白物家電事業が、屋台骨を支える事業ではなくなっている日立製作所や三菱電機なども、その姿勢は変わらないだろう。

 こうしてみると、シャープの白物家電事業は台湾の鴻海精密工業の傘下で再スタートし、東芝の白物家電事業は中国スカイワース傘下での再生の可能性が高い。日本の家電メーカーが、また減っていくことになるのだろうか。

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