セイコーエプソンは、不要になった紙を入れれば3分間で再生紙を作ることができるオフィス製紙機「PaperLab(ペーパーラボ)」を、2016年内にも製品化すると発表した。

 2015年12月10日から、東京・有明の東京ビッグサイトで開催されたエコプロダクツ 2015で初めて一般に公開。廃棄する機密文書から、紙を再生する様子をデモストレーションしてみせた。

 PaperLabでは、使用済みの紙を投入すると、綿のような紙繊維レベルにまで細かく分解する。セイコーエプソン・碓井稔社長は、「どんなシュレッダーよりも、細かく分解できる。文書情報を一瞬で完全抹消できるため、機密文書の廃棄という観点でもメリットがある」とする。

 綿状となった紙繊維は、製紙工程へと入る。ここでは、同社が約100個の特許技術を駆使して実現した「ドライファイバーテクノロジー」を採用。通常は、A4用紙1枚の再生にコップ1杯の水が必要だというが、これを不要にした。

 「水も大切な資源。エプソンはそこまで配慮した。給排水設備も不要となり、オフィスのバックヤードに設置しやすい環境を実現できる」としている。

不要になった紙を入れると約3分で再生紙となって排出される
綿状となった紙繊維
綿状となった紙繊維

カラー用紙として再生も可能

 PaperLabでは、専用の溶剤を用いることで、繊維の結合時の強度を高めたり、白色度を向上したりできるほか、シアン、マゼンダ、イエローおよびそれらを調合したカラー用紙や、香り付き用紙に再生することも可能だ。

 結合した紙は加圧工程を経て成形される。紙厚が異なるA4サイズおよびA3サイズのオフィス用紙、名刺用紙も作ることができる。

カラー用紙として再生
カラー用紙として再生
再生紙で作った名刺
再生紙で作った名刺

 開始ボタンを押してから、約3分間で新たな紙を再生。1分間の再生枚数は約14枚であることから、1日8時間稼働させると6720枚もの紙を再生できる。

 従来の紙資源の再生は、オフィスから廃棄される紙を業者が回収し、それを再生工場に運び込み、再生紙を作って、オフィスで再利用するものであった。PaperLabなら、オフィス内だけで小さな再生サイクルを回すことができるため、紙の輸送コストの削減、それに伴うCO2排出量の削減にも貢献するという。

 PaperLabのサイズは、幅2.6メートル、奥行き1.2メートル、高さ1.8メールと、オフィスで利用する大型キャビネット2つ分ぐらいのサイズがある。将来的には複合機と同じサイズにまで小型化する考えだ。

現在は大型キャビネット2つ分くらいの大きさがある
現在は大型キャビネット2つ分くらいの大きさがある

 2016年内の発売を前に、同社内での試験導入のほか、自治体や大手企業でも試験導入し、製品に反映する。

 価格は未定だが、「利用者にとって、経済的なメリットを提供できるメドが立っている」(セイコーエプソン・碓井稔社長)としている。

“稼ぎながら開発する”という挑戦

 PaperLabの開発は、2011年から始まった。

 「アドバンスド・ペーパー・リサイクリング」を語源とし、Aプロジェクトと命名されたこの取り組みは、社長直轄プロジェクトとしてスタート。碓井社長は、「社長直轄としたのは、商品化を加速させるために、私自身が責任を持って取り組むという姿勢を示したかったため」と語る。現在、社長直轄プロジェクトは、このAプロジェクトだけだ。

 実は、セイコーエプソンは、Aプロジェクトの開始を前に、重大な決断をしている。それは、レーザープリンターの社内開発をやめるということだった。

 「革新的な価値を提供するには、他社と同じことをやっていてはダメ。そこで、エプソンの価値が発揮できるインクジェットプリンターに投資を集中することを決断し、レーザープリンターの開発を止めてもらった」と、その当時、碓井社長はプリンター事業の大きな転換を図ったことを振り返る。

 実はAプロジェクトの母体になったのは、レーザープリンターの開発チームだ。

 「情報を加工したり、スキャナーで読み込んだり、エレクトロニクス技術の固まりであるレーザープリンターの開発投資に比べれば、PaperLabの開発投資はそれほど大きくはない」と、碓井社長は明かす。

 そして、このとき、碓井社長は、次のように語ったという。

 「エプソンは、自分たちの強みが生かせるインクジェット技術にフォーカスする。だが、レーザープリンターの開発を止めてもらったメンバーには、もっと価値のあるものを作ってもらいたい。紙を使ってコミュニケーションを便利にするプリンターを作るだけでなく、オフィスで紙を作り、安心して紙を使える環境を作り上げてほしい」

 環境意識の高まりとともに、紙を消費することに対する「罪悪感」が、広がっていると碓井社長は指摘する。

 「私たちの生活を考えたときに、紙抜きの生活は考えられない。企業のなかには、紙を使わないようにしようという風潮もあるが、それでも紙の消費量が減っていないということは、紙は便利なものであるということを多くの人が認識しているからである。紙は便利で、企業の生産性を上げたり、豊かな生活を送ったりするために使うことができる。我々は、この便利さを、後世に伝えなくてはいけない。しかし、いまや環境問題を抜きにして、この文化を後世に伝えることはできない。便利な文化を、いい形で、後世に伝えるためにはどうするか。安心して使ってもらうためにはどうするか。そのためには、ペーパーレスという取り組みではなく、オフィスや家庭における持続性を持った新たなエコのスタイルを実現しなくてはならない」

 紙を作り出すという発想は、こうした想いから生まれているのだ。

 「開発チームのメンバーは、コンセプトも、原理も、素晴らしいものを開発してくれた」と、碓井社長はPaperLabの技術と製品に強い自信をみせる。

 一方、Aプロジェクトのチームに対して碓井社長は、これまでの開発チームにはなかった新たな課題を課した。それは「稼ぎながら開発を進めること」であった。

 開発段階でありながら、稼ぐというのは矛盾することになるが、実際、Aプロジェクトではそれを実践してみせた。

 Aプロジェクトでは、PaperLabを開発する前に、ここで活用する要素技術を活用し、生産機械を作り上げた。この機械によって、繊維状にした紙を使用したインクジェットプリンター向け廃液吸収剤を作り上げ、これを、2013年ころから、インクジェットプリンター部門に対して販売。社内貢献するとともに、収益を稼いでいたという。

 「単に、開発費を出してもらうのではなく、自分で稼いで、やりたい思いを遂げるというのが、PaperLabの開発スタイルだ」と、碓井社長は明かす。

インクジェットプリンター向け廃液吸収剤
インクジェットプリンター向け廃液吸収剤

 製品発表後の反響は予想を上回るものだったという。

 「性能が格段に上がったという製品や技術ではない。オフィスで紙を作り出すことができるという、これまでになかったものが突然登場した。世の中が新たな価値に飢えていることの証ではないか」と碓井社長は語る。

 いま、Aプロジェクトのチームに要望しているのは、「しっかりと2016年に完成度を上げて、実用に耐えうる製品を世に出すということだ」という。さらに、「次のステップとして、さまざまなことを考えている。小型化することだけでなく、紙繊維を材料にして、新たな製品を作るなど、紙による新たな貢献ができるのではないか」とも語る。

 セイコーエプソンでは、これらの事業をスマートサイクル事業と位置づけ、3~5年以内に100億円規模の売上高を目指す考えだ。

 紙の便利さを知り尽くし、その大切さを熟知しているエプソンだからこそ、紙を再生するという領域に踏み出したともいえるだろう。

■変更履歴
「それは、レーザープリンター事業からの撤退を決定したことだった。」とありましたが「それは、レーザープリンターの社内開発をやめるということだった。」に、「そして、このとき、碓井社長は、Aプロジェクトのメンバーに次のように語ったという。」とありましたが「そして、このとき、碓井社長は、次のように語ったという。」にそれぞれ変更しました。
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