沖縄県読谷村のコミュニティー放送局 『FMよみたん』の仲宗根朝治社長がなぜ東ティモールにラジオ局を作ったのか。そのストーリーには現在のマーケティングに重要なポイントが凝縮されていた! ドミノ・ピザ ジャパンCMOの富永朋信氏が迫る。

左がドミノ・ピザ ジャパンCMOの富永朋信氏、右が沖縄県読谷村のコミュニティー放送局 『FMよみたん』の仲宗根朝治社長
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富永:  仲宗根さんは沖縄県読谷村のコミュニティー放送局 『FMよみたん』を作られたんですが、そのあとに長年の紛争を経て独立国となった東ティモールにもラジオ局を作ったんですよね。その話がマーケティング視点で見てもすごく面白いので、仲宗根さんのお話を聞きつつ、私がマーケティング的な解釈をしていくような感じで進めたいと思います。時系列的には順番が逆かもしれませんが、まずはなんで東ティモールにラジオ局を開設することになったんですか。

仲宗根:  もともとは放送局を作ろうということではなかったんですよ。私は放送業界に入るまでの23年間、ツアーコンダクターとして世界中を回っていたので、JICAの方から「東ティモールで観光事業を立ち上げたいから観光業の専門家として行ってくれないか」ということで声がかかったんです。

 それで現地に視察に行ったんですが、当時の東ティモールはまだ抗争している場所がありましたし、生活水準もすごく低かった。1ドル以下で生活をするような人たちが多いなかで職を求めて紛争が起きるものですから、国が職を作るために事業として観光業をやりたいと。そこにJICAを通じてサポートに入ったというのがきっかけだったんですね。

 でも観光省の方々と話をしていましたら、「ここはまだ観光じゃないな」と。外国の方が旅行に来たり、ペンションとかホテルを建てたりしてはいたんですが、まだインフラがしっかりできていない。

 それで、「まず地域の情報を共有する必要があるんじゃないか」と。同時に地域の方々の情報を行政に届ける必要もあるんじゃないかということで、日本に帰るときに「私が今やっているコミュニティー放送局が一番いい」とJICA職員の方に提案したんですね。ただ、最初にJICAの方がカウンターパートである東ティモールの国防治安省に話をしたときは「いやいや、とんでもない、放送局なんて」と。政権が変わればどう使われるか分からないし、国民に持たせるものではないみたいな感じでした。

 当時、国営放送はありましたが、行政が公式に認めたコミュニティー放送局はなかった。それで完全にノーという回答だったんですが、JICAの方に“FMよみたんスタイル”で打診してくれないかとお願いしました。

富永:  FMよみたんスタイルとは?

仲宗根:  FMよみたんという放送局は地域に住む41人が株主になってつくった会社。さらに、150人前後いるパーソナリティーはすべて地域の人たちのボランティアで、そこにずっと住んでいる人たちが自分の思いを発信する放送局なんです。

 そんな話を東ティモールの国防治安省の方にしたら、「そんな放送局が本当にあるのか」と。それからしばらくしてオーケーが出て、その年度の暮れに初めて現地に飛びました。そこから視察したりJICAさんや日本大使館の方に説明したりして、そこでコミュニティー放送局を作ろうということになりました。

紛争直後の東ティモール
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