三越伊勢丹ホールディングスが官民ファンドの海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)と共同で取り組む「イセタン ザ ジャパンストア」が2016年10月27日、マレーシアの首都クアラルンプールに開業した。日本のものづくりが世界に飛躍する橋頭堡(きょうとうほ)になるのか。現地取材をもとに、2回にわたって検証する本企画。前回に続き、2回目は「食」を主なテーマに検証していく。

デパ地下を超える? 日本の食

 開業以来、最も人気を集めているのが、地下1階(LGF)の食のフロア「ザ・マーケット」だ。和洋酒から和洋菓子、総菜、パン、鮮魚、精肉、野菜、果物まで、世界から注目される日本の食を提案。老舗から地方の有力店、急速冷凍など最新技術を使った飲食店など、いまの日本を代表する食関連の店舗を集積した。

 なかでも、日本酒は各地の地酒などを含めて200銘柄をラインアップ。アセアン一の品ぞろえで、伊勢丹新宿店にも卸していない銘柄も販売する。さらに、その場で味わえるスペースをすべてのゾーンに配置。「日本のデパ地下にも見られないような体験型の実演とイートインスペースが集客につながっている」(同社広報)という。

 注目テナントは、予約のなかなか取れない料亭としても知られる京都の老舗料亭「木乃婦」。3代目の高橋拓児氏と、現代アートの彫刻家、名和晃平氏とのコラボによる同店ならではの懐石料理が味わえる。「伝統を守る老舗の料理人が現代アートの器を使うという、京都では絶対できなかったことに挑戦してくれた。海外だからこそ冒険できる。日本人も驚くような試みに取り組むことが、今後クールジャパンを広めていくうえでヒントになると思う」と、三越伊勢丹ホールディングス海外事業本部海外MD部の中川一部長は話す。

 

 デパ地下を中心に洋菓子専門店「アンリ・シャルパンティエ」を87店舗展開するシュゼット・ホールディングスもシンガポールに続き、海外3号店を出店。日本でしか食べられない生ケーキを味わえるのが売りだ。いまのところ価格は日本の約1.5倍で、日本と同レベルの価格まで抑えてマーケットを拡大していくのが今後の課題だという。

 群馬県の青果・総合食品卸の藤生は、8年前からアジアを中心に海外輸出をスタート。今秋、マレーシアに現地法人を設立し、小売業に参入した。「香港、マカオではミドル階級にも売れている。関税の高いフルーツから京野菜まで、今回の品ぞろえはかなり冒険だが、ストーリーを伝えながら安心、安全、おいしい日本の味覚を売っていきたい」(藤生の藤生浩道社長)と意気込む。

 ちなみに、5階(4F)のレストランフロアは、2017年1月に開業予定。寿司や焼き鳥、焼肉の名店などを導入し、本物の和食の味を提供する。

日本の食を提案する地下1階(LGF)は高級感漂うゴージャスで幻想的な内装デザインが印象的
日本の食を提案する地下1階(LGF)は高級感漂うゴージャスで幻想的な内装デザインが印象的
日本全国からいち押しの日本酒約200銘柄をそろえたコーナー。地ビールや日本産ワインも紹介
日本全国からいち押しの日本酒約200銘柄をそろえたコーナー。地ビールや日本産ワインも紹介
京都の老舗料亭「木乃婦」は現代アートの名和晃平氏との協働によって日本では体験できない懐石料理を用意した
京都の老舗料亭「木乃婦」は現代アートの名和晃平氏との協働によって日本では体験できない懐石料理を用意した
芦屋の人気洋菓子店「アンリ・シャルパンティエ」は、シンガポールに続いてアジア3店舗目を出店
芦屋の人気洋菓子店「アンリ・シャルパンティエ」は、シンガポールに続いてアジア3店舗目を出店
先端冷凍技術やフリーズドライなど日本の食品加工技術を体験できるカフェ
先端冷凍技術やフリーズドライなど日本の食品加工技術を体験できるカフェ
群馬の青果卸「藤生」は、ぶどう、柿、白桃などのフルーツや京野菜などを販売する
群馬の青果卸「藤生」は、ぶどう、柿、白桃などのフルーツや京野菜などを販売する

3Dプリンターやフィギュアなど日本の文化と技術を体感できるフロアも

 2階「ザ・ルーム」は、健康的で美しい毎日の過ごし方を提案するフロア。手触りや肌触りを大切にした日常使いのアイテムをセレクトし、オーガニック商品やコスメなどを展開する。地元の日本人オーナーが運営するサロンと提携してワンストップサービスを展開するトータルビューティサロン「ウカ」はアジア初出店。ヘッドスパとネイル、フット、エクステンションを同じ空間で同時進行できるのが特徴だ。同店は、おにぎりや味噌汁といった日本食を味わえるカフェも展開している。

 3階「ザ・キューブ」は日本の多様なカルチャーを、ワークショップなどを通して体感できるフロア。「感じる」「知る」「創る」という3つのゾーンで構成され、3Dプリンターや3D写真の撮影など日本の最新デジタル技術を体験したり、本格的な和室で日本人講師による茶道や華道などを学んだりできる。ブックディレクターの幅允孝氏がセレクトし、紀伊国屋書店の協力で誕生した自主編集ブックストアはマレーシア初。日本の文化や歴史などをテーマに約1万冊の書籍が並び、併設カフェではコーヒーを飲みながら本を読める。

2F「ザ・ルーム」のイベントコーナーでは日本の縁側をテーマに、マレーシアの植物を使ったインスタレーションを展開
2F「ザ・ルーム」のイベントコーナーでは日本の縁側をテーマに、マレーシアの植物を使ったインスタレーションを展開
リビング売り場では「天童木工」「マルニ木工」の家具や東京西川の寝具なども提案
リビング売り場では「天童木工」「マルニ木工」の家具や東京西川の寝具なども提案
ファッションデザイナー皆川明さんの「ミナペルホネン」は、ライフスタイルを提案する2F「ザ・ルーム」で展開
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竹を編んで作られたオブジェが印象的な2Fライフスタイルのフロア
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トータルビューティサロン「ウカ」はおにぎりや味噌汁を味わえるカフェも展開
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ブックディレクターの幅允孝氏がセレクトした自主編集ブックストアにはカフェを併設
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日本の今や伝統カルチャーを五感で感じられる3F「ザ・キューブ」
日本の今や伝統カルチャーを五感で感じられる3F「ザ・キューブ」
本格的な和室で日本人講師による茶道や華道などを学べる
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3階「ザ・キューブ」では3Dプリンターや3D写真の撮影など最新デジタル技術を体験できる
3階「ザ・キューブ」では3Dプリンターや3D写真の撮影など最新デジタル技術を体験できる
JTBとのコラボでオリジナルのトラベルプランを提案するコーナー
JTBとのコラボでオリジナルのトラベルプランを提案するコーナー

成功させるには我慢が必要、日本流おもてなしで世界にアピール

 日本ならではのおもてなしサービスも大きな特徴だ。ただ、東南アジアでは販売職が不人気なため、優秀な人材を確保するのは難しい。そこで、育むことを前提に面接ではヒューマンスキルを重視。ワークショップを取り入れたセミナーを実施し、同店のプロジェクトに興味を抱いた約100人を現地採用した。「目指すのは伊勢丹新宿店並みの接客レベル。勉強熱心な販売員は多いが、知識をつけて深めていくのはこれから。将来的には、マレーシアの若い人たちに販売職が面白い仕事だと思ってもらえるレベルまで高めていきたい」と、同店の古家麻弥店長は話す。

 同店ではこれまでの海外店舗とは異なり、各階に日本人スタイリスト(販売員)を配置。「チームなでしこ」と呼ぶ6人の販売員が日本流のおもてなしを実践し、同時にローカルスタッフの育成にあたる。6人は米国三越の契約社員としてカルチュラル・リプレゼンタティブ・プログラムを1年間体験。フロリダ・ディズニーワールドの日本館で世界中のゲストを相手に日本の文化を紹介し、語学力と高いコミュニケーション能力を身につけてきた。日本酒品質鑑定士やパーソナルカラーアナリスト、サービス介助士などの有資格者でもある。「日本の百貨店よりも日本らしいおもてなしを提供できるよう、日本の伝統的礼儀作法や茶道なども勉強してもらった。ここまで特別なスキルを持っている販売員はあまりいない」(古家店長)。

 そのおもてなしサービスを武器に、百貨店時代には取り込めていなかったファッション感度の高い若者や個人起業家などの富裕層を新たに獲得していきたいという。「プレオープン以来、狙い通りの顧客が来店し、手応えを感じている。マレーシアにとどまらず、アセアン、ムスリム圏も視野に入れている」と意欲を見せる。中川部長も「同店はアウトバウンドビジネスだが、インバウンドの海外のゲートウェイにしていくこともミッションのひとつ」という。訪日外国人観光客の爆買いが収束しつつあるなか、インバウンドの集客を担う海外拠点の存在は欠かせない。国内市場が縮小し、閉塞感が漂う日本の中小企業にとっては、海外市場の開拓がひとつの突破口となるだけに、今後の行方が注目される。

  ただ、ハイクオリティな日本の本物だけを集積しただけに、どのフロアも高級ブランド並みかそれに近い価格帯だ。グローバルに飛び回る富裕層ならわざわざマレーシアで買わず、来日した際に免税価格で購入するだろう。加えて、マレーシアのおしゃれな若者は1日に何度も着替える人が多く、低価格のファストファッションで満足している。日本のブランドが好きでも、高価格商品を購入するかどうかは疑問だ。

 「それでも、いまのスタンダードを守ることが大切。日本のカッコ良さが理解されるまで根気よく発信し続け、諦めないこと。この店は、ハイクオリティで手の温もりがある日本のラグジュアリーを、それなりの価格で売っていくための実験店舗。日本は自信を持つべき」と、クールジャパン機構の太田伸之社長は主張する。消費の潮目が世界的に変わり始めたいまこそ、日本の企業にとっては好機だという。

 商品感度も内装もプライスもクール過ぎる、三越伊勢丹のクールジャパンストア。日本からの直接輸入販売という三越伊勢丹にとっても初の取り組みだが、なにより中小メーカーの海外ビジネスを軌道に乗せることが使命といえる。フロア構成や人員体制など日本の百貨店業態とは異なる“脱百貨店スタイル”がどこまで真価を発揮するのか。国内百貨店業界の苦境が伝えられるいま、海外事業の成否は無視できない状況になりつつある。

米国三越でコミュニケーションスキルなどを磨いた「チームなでしこ」が日本流のおもてなしサービスで迎える
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日本への関心が高く、好奇心旺盛なローカルスタッフ約100人が日本のものづくりと文化を紹介する
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上顧客向けに設置されたサロンは、和のぬくもりを感じる心地よい空間
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(文/橋長初代)

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