三越伊勢丹ホールディングスが官民ファンドの海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)と共同で取り組む「イセタン ザ ジャパンストア」が2016年10月27日、マレーシアの首都クアラルンプールに開業した。日本のものづくりが世界に飛躍する橋頭堡(きょうとうほ)になるのか。現地取材をもとに、2回にわたって検証する。

 市内中心部のショッピングモール「LOT10」内で昨夏まで営業していたクアラルンプール伊勢丹LOT10店を全面改装。地下1階から地上5階(現地表示は4階)まで全館丸ごと“本物の日本”を発信するのが、イセタン ザ ジャパンストアだ。日本のものづくりと文化を世界に売り出す海外拠点として、とりわけ中小のメーカーやクリエーターから注目を集めている。

 26年前にクアラルンプールの事業に関わった経験を持つ同社の大西洋社長は、オープニングの挨拶で「マレーシアは東南アジアや中東からも多くの人が訪れる魅力的な商圏。日本各地の優れた商品、文化、サービスを世界に発信し、マレーシアと日本をつなぐ架け橋をめざす」と語った。

 国を挙げて取り組むクールジャパン事業は、ファッションやアニメをはじめとする日本の魅力ある商品、サービスの海外市場開拓を支援、促進するのが目的。同店は、三越伊勢丹グループの現地法人とクールジャパン機構が2年前に共同出資会社を設立し、約6000万RM(約15億円)を投じて完成させた。売り場面積は約1万1000平方メートル。初年度の入店客数は約140万人、売り上げ1億2500万RM(約31億円)をめざす。

クアラルンプール伊勢丹LOT10店を改装して新装オープンした「イセタン ザ ジャパンストア」。マレーシア国内では他に百貨店を3店舗展開している
クアラルンプール伊勢丹LOT10店を改装して新装オープンした「イセタン ザ ジャパンストア」。マレーシア国内では他に百貨店を3店舗展開している
10月27日のオープン当日は開店前に約1000人が並んだ
10月27日のオープン当日は開店前に約1000人が並んだ

日本庭園に見立てたフロアにオブジェ風の東屋が点在

 新店で取り扱うブランドは衣食住合わせて820ブランド。そのうち500近いブランドがマレーシア初進出という。「現地の反応を見るために、まずは日本の最先端のもの、最上級のものをそろえた。プラットフォームができれば、地方のものづくり企業が海外進出しやすくなる」(大西社長)。すでに東南アジアなどに進出する企業もあるが、単体での海外進出が困難な中小企業は少なくない。国によってさまざまな輸入規制があり、高い関税率も大きな障壁となる。

 日本製のメンズアンダーウエアを展開する「TOOT(トゥート)」もマレーシア初進出。同社の枡野恵也社長は「周囲の高級ショッピングモールと比べても二、三歩先を行く先進的な店舗で、三越伊勢丹の本気度が伝わってきた。同店の中心顧客はグローバルにアンテナを張る感度の高い人たち。価格は日本の1.5倍になるが、一度履けば良さがわかってもらえるので、口コミ効果に期待している」と話す。ポップでキュートなハンドメイドキャンドルで人気を博した「スワティ」は、花の香りの効能を生かしたフレーバージュースなどを販売。デザイナーの中田真由美氏は「12年ほど前にフランスの雑貨展示会で好評を得てから海外進出には興味があった。日本人の手先の器用さや丁寧さを知ってもらいたい。マレーシアではデトックスジュースは当たり前。オーガニックでヘルシーなもの、生活に必要な消耗品をおしゃれに提案していきたい」と意欲を見せる。

 店舗の設計デザインは、新宿店の再開発を手がけた丹下都市建築設計の丹下憲孝氏とグラマラスの森田恭通氏が担当。日本庭園に見立てたフロアにオブジェ風の東屋が点在する斬新な売り場が印象的だ。オープン当日は開店前に約1000人が並び、食品フロアを中心に好評を得ているという。

全館の品ぞろえの軸となる4つの日本人の美意識「雅・粋・繊・素」を紹介するゾーン
全館の品ぞろえの軸となる4つの日本人の美意識「雅・粋・繊・素」を紹介するゾーン
陶芸家で人間国宝の室瀬和美氏の蒔絵(まきえ)作品を展示販売
陶芸家で人間国宝の室瀬和美氏の蒔絵(まきえ)作品を展示販売
フロア全体を日本庭園に見立て、竹やスチールで囲われた東屋ではピックアップ商品を展開。写真は1階(GF)の「ヨウジヤマモト」
フロア全体を日本庭園に見立て、竹やスチールで囲われた東屋ではピックアップ商品を展開。写真は1階(GF)の「ヨウジヤマモト」
GFには日本の最新テクノロジーとアイテムを紹介するゾーンも。オープニングではホンダのユニカブ体験を実施していた
GFには日本の最新テクノロジーとアイテムを紹介するゾーンも。オープニングではホンダのユニカブ体験を実施していた
日本のファッションカルチャーを発信する1階の原宿ファッションコーナー
日本のファッションカルチャーを発信する1階の原宿ファッションコーナー
地下1階(LGF)の食フロアには日本酒や日本茶、寿司、懐石料理、和牛、フルーツなどを集積。イートインスペースも併設されている
地下1階(LGF)の食フロアには日本酒や日本茶、寿司、懐石料理、和牛、フルーツなどを集積。イートインスペースも併設されている
ローカルスタッフの販売員も、日本流のおもてなしを勉強中
ローカルスタッフの販売員も、日本流のおもてなしを勉強中

百貨店から大型セレクト業態へ

 ショッピングモール「LOT10」は、市内を走るモノレールのブキッ・ビンタン駅前に建つ。界隈は「パビリオン」「スターヒル」といった欧米のラグジュアリーブランドも出店する高級ショッピングモールやローカルの商業施設のほか、飲食店やマッサージ店がひしめきあう市内随一の繁華街。 若者に根強い人気があるLOT10には「H&M」「ZARA(ザラ)」が出店している。

 日本を前面に打ち出すイセタン ザ ジャパンストアは6フロアで構成。従来の百貨店とは異なり、新しい概念の店づくりにチャレンジしているのが大きな特徴だ。「雅・粋・繊・素」といった日本人の美意識を軸に、「食べる・暮らす・過ごす・楽しむ・学ぶ」といった5つの展開分類を掛け合わせてフロアや品ぞろえに落とし込んでいる。

 「アイテム別の商品分類で売り場を編集する時代ではなくなった。この店は大型のセレクトショップのようなもの」と話すのは、コンセプト設定から携わってきた三越伊勢丹ホールディングス海外事業本部海外MD部の中川一部長。同店では本物の日本を打ち出すため、あえて顧客像を想定せず、プロダクトアウト型で商品をセレクト。「まずは、日本で取り組んできたジャパンセンシーズで支持されたものやクリエーターを集積した。これが完成形ではなく、これから現地の好みやニーズを取り入れて売り場を進化させていく」という。

 例えば、伊勢丹が得意とするファッションは1階(現地ではGF)「ザ・ミュージアム」と2階(1F)「ザ・スタジオ」で展開。「サカイ」「ヨウジヤマモト」「アンダーカバー」といった海外でも知名度が高いデザイナーブランドをはじめ、次世代を担うモード系の「カラー」「トーガ ブルラ」「マスターマインド」などのストリート系、「6%ドキドキ」など原宿ファッションを代表するブランドもそろえる。なかには、伊勢丹新宿本店より品ぞろえが充実しているブランドもあり、ファッションゾーンの集積は圧巻だ。

 さらに、原宿ファッションの隣にデザイナーブランド「アンリアレイジ」を配置したり、音楽やアートと組み合わせたり、日本とは異なるアプローチを試みている点も見逃せない。「ファッション消費が世界的に変わりつつあるなか、日本での展開そのままでは難しい。いま旬のブランドで、ファッションは楽しむものだという付加価値を提案できるブランドを選んだ」(中川部長)。

 2階ポップカルチャーのコーナーには、ガンダムとコラボしたファッショングッズやマレーシア人のダニー・チュー氏が手がける日本製スマートドール「末永みらい」などが並ぶ。1階には、シンガポールのクリエーティブディレクター、テセウス・チャン氏と日本の老舗とのコラボによるオリジナルのセレクトショップも展開。クールジャパンといってもメイドインジャパンや日本のクリエーターにこだわっているわけではない。日本人の視点だけでは海外でなかなか伝わらないため、グローバルな外国人クリエーターの視点も取り入れ、日本の本物を表現した。

 次回は「食」を主なテーマとして検証したい。

1階のエントランス近くでは、「サカイ」「ヨウジヤマモト」「アンダーカバー」「コムデギャルソンポケット」といった海外でも人気のデザイナーブランドを展開
1階のエントランス近くでは、「サカイ」「ヨウジヤマモト」「アンダーカバー」「コムデギャルソンポケット」といった海外でも人気のデザイナーブランドを展開
1階の「アンダーカバー」のコーナー
1階の「アンダーカバー」のコーナー
シンガポールのテセウス・チャン氏によるストアオリジナルブランド「WAA WAA」
シンガポールのテセウス・チャン氏によるストアオリジナルブランド「WAA WAA」
原宿ファッションの隣に、デザイナーブランド「アンリアレイジ」を配置するなど、日本では見られない試み
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キュートなキャンドルで知られる「スワティ」は花の香りの効能を生かしたフレーバージュースなどを販売
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日本でも好評だった、ダニー・チュー氏が手がける日本製スマートドール「末永みらい」。同店のユニフォームを着た人形も
日本でも好評だった、ダニー・チュー氏が手がける日本製スマートドール「末永みらい」。同店のユニフォームを着た人形も
1階イベントスペースではセーラームーンとアクセサリーブランド「Q-pot」のコラボ商品を紹介していた
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次世代を担うジャパンファッションデザイナーのゾーン
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1階ファッションゾーンには「マスターマインド」をはじめ、メンズストリートブランドが充実
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メンズアンダーウエアで唯一出店した「TOOT」もマレーシア初進出
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(文/橋長初代)

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