かつては房総方面・北関東方面へのターミナル駅として重要なポジションを占めていた両国駅。1929年に建設された両国駅旧駅舎は新駅舎の完成でお役御免となり、居酒屋チェーン「はなの舞」系列店が営業していた。だがジェイアール東日本都市開発が「両国の魅力を再認識するための拠点にしたい」と全面的にリニューアル。「江戸の食文化を楽しむ」をコンセプトとした飲食施設「‐両国‐ 江戸NOREN」として生まれ変わり、2016年11月25日にオープンした。
館内には江戸の町屋を意識した吹き抜け空間が作られ、中央には日本相撲協会監修の土俵を設置。その回りを取り囲むように、寿司、そば、天ぷらなどの老舗飲食店12店舗が出店している。「両国の歴史を通じ、日本の食文化の伝統を知ってもらうことがコンセプトだったので、江戸時代から庶民に広く食べられていた歴史を持つ料理をそろえた」(同施設営業所の米山拓馬副所長)という。
両国は鉄道開設以前にも“江戸最大級の庶民の街”としてにぎわっていた歴史を持ち、今は両国国技館や江戸東京博物館、新たに開設される「すみだ北斎美術館」などの文化的な観光資源にも恵まれている。こうした立地特性を生かすため、館内には墨田区が運営する観光案内所を設置し、両国だけでなく墨田区全体の回遊性を高める拠点を目指すという。そのきっかけ作りのために選び抜いたのが、江戸の食文化の魅力を伝える12の飲食店というわけだ。いったいどのような店がそろったのだろうか。
施設のど真ん中に本物の土俵! まるで江戸のような街並み
施設に入るとまず目に入るのが、中央に設置された原寸大の土俵。そしてその回りを取り囲むように、壁に沿って連なっている古びた外観の店舗の数々だ。駅舎の構造を生かした高い天井の開放感とあいまって、江戸の街歩きをしているような気持ちになる空間だ。どの店舗も古びた風情を出すため黒っぽい色合いになっているので最初はどれも同じように見えるが、よく見ると、どの建物も商品に合わせた粋な仕掛けが施されていることが分かる。個々の店を見てみよう。
入口から入って左側から順番に、まずは寿司店「政五ずし」。江戸時代に両国(旧本所元町)で握り寿司を考案したとされる「華屋与兵衛」の寿司を再現していることで有名な店だ。その隣の酒・門打ち「東京商店」は東京の全ての酒蔵の日本酒をそろえる店。ユニークなのは常時30種類の日本酒をセルフで利き酒できる“利き酒マシン”を設置していること。その隣は江戸末期に始まって東京名物となったもんじゃ焼きの店「月島もんじゃ もへじ」。明治4(1871)年創業の築地魚河岸の直営店だけあって、築地で仕入れた新鮮な魚介や旬の素材を使ったもんじゃを提供する。
土俵の真向かいにあるのが、元大関霧島(現陸奥親方)の店。左右に「西」「東」で分かれた広い部屋があり、相撲甚句を聞きながら本物のちゃんこ鍋が食べられる。海鮮料理「かぶきまぐろ」は本店が築地にあり、ランチタイムには20種類の海鮮食材を盛った迫力ある「築地場外丼」を提供。
入り口から見て右側に並ぶ店を見ると、手前から甘味処・茶「両国橋茶房」。店名は武蔵と下総を結ぶ江戸時代の橋「両国橋」と同じように、江戸と現代をつなぎたいと命名。徳川家康も愛したといわれる「本山茶」の抹茶をベースに、慶応4(1868)年創業の老舗の江戸和菓子店「宝来屋本店」のエッセンスも加えた和のパフェや甘味が味わえる。
隣の寿司「つきぢ神楽寿司」は江戸時代から伝わる天然赤酢を使った伝統的な本格江戸前寿司の店。「ネタを網で炙ってから握る自慢の“炙り”をぜひ味わってほしい」という。鶏・軍鶏「根津 鶏はな」は東京軍鶏、3種類の卵、東京野菜を使用しており、都が認定する”東京特産食材使用店”。天ぷら「天ぷら食堂 ひさご」は、大正7(1918)年創業という老舗の姉妹店。深川めし・純米酒「門前茶屋 成る口」は江戸時代から庶民に親しまれてきた”深川めし”の店。別炊きしたアサリを注文後にご飯にのせ、蒸篭蒸しで仕上げている。最後は日本そば「日本ばし やぶ久」。明治35(1902)年創業、四代続く江戸三大そば「藪蕎麦」の老舗で、国産最上級そば粉を初代からの“足踏み製法”で打っているので人気の店だ。2階はフロア全体が、海鮮総合和食・宴会「築地食堂 源ちゃん」。両国・浅草地区最大級の席数306という広さで、刺身・丼・焼魚・煮魚などに至るまで、ボリュームたっぷりの和食が食べられる。
ひと回りして、予想以上にハイレベルな老舗が多く驚いた。「天ぷら食堂ひさご」「築地食堂 源ちゃん」以外の10店舗は、こうした複合商業施設への出店は今回が初めてだという。
ハイレベルな“江戸メシ”を堪能できるが、ただ一つ惜しいのは?
個々の店を見て感じたのは、実際に江戸時代から続く老舗だったり、江戸時代の味を継承していたりする店が多いこと。また長屋風の外観を見ると、間口が狭いため小規模の店のように思えるが、中に入ると意外に広い店が多く、外観とのギャップにも驚かされた。「ちゃんこ霧島」は入口の左右から「西」「東」に分かれて、それぞれイメージ異なるインテリアの広々としたフロアになっている。「つきぢ神楽寿司」は館内からの入り口は通常のカウンター席だが、駅方面から直接入れる入り口もあり、そちらは立ち食い寿司ゾーンになっていて、同じ店で違う雰囲気が味わえる。
ただひとつ惜しいのは、アナゴやウナギを提供する店がなかったこと。2店ある寿司店を1店にして、どちらかをアナゴかウナギの店にしてくれれば完ぺきだったと思うが、ニホンウナギの絶滅が危惧されている昨今、それはぜいたくな望みなのだろうか。
(文/桑原恵美子)