品川駅にあるアトレ品川の3階フロアがリニューアルし、「FOOD&TIME ISETAN」として2016年11月15日にオープンした。高級スーパー「クイーンズ伊勢丹」があった同フロアは近年、段階的なリニューアルを繰り返してきたが、今回がその総仕上げだという。
既存の「クイーンズ伊勢丹」に加え、7店舗が出店するフードコート、サードウエーブコーヒーの先駆けとして人気のコーヒーショップ「ブルーボトルコーヒー」などが新たに出店した。
同フロア最大の特色は、フロア全体を「嗜(たしな)む」「作る」「食べる」「過ごす」という4つのゾーンで編成していること。「嗜む」ゾーンでは酒類や菓子など嗜好性の高い食品を提供、「作る」ゾーンでは青果・畜産・水産・グロサリーなど近隣居住者のための食材を提供する。「食べる」ゾーンはクイーンズ伊勢丹を運営する三越伊勢丹フードサービスがプロデュースする専門店3店を含むフードコート&デリが出店。「過ごす」ゾーンは知的好奇心を刺激する物販や、ゆっくり過ごせるカフェのコーナーだ。
また「食べる」ゾーンでは1日を4つのタイムゾーン(時間がない朝、忙しいランチタイム、ゆったり買い物を楽しみたい午後から夕方、仕事帰りにリラックスしたい夜)に分け、同じショップでも時間帯によって提供する商品を大きく変化させるとのこと。
「品川駅のコンコースは1日に34万人が行き来するといわれている。その人たちを『通勤者』『近隣居住者』『出張などで訪れたビジネスマン』『海外を含む旅行者』4つのタイプに分けて分析し、全ての人に、すべての時間で満足してもらえる店舗にしたいと考えた。またどのゾーンでもライブ感と鮮度感、グレード感を感じさせるような店舗づくりをした」(三越伊勢丹フードサービスの内田貴之社長)。さまざまな戦略が秘められているようだが、それがどんな形になって表れているのか。オープン直前の内覧会に参加した。
フードコートなのに、メーンがクラフトビールバー!?
品川駅の改札を出て、港南口に向かうコンコースを抜けアトレ品川へ。エレベーターに乗って3階で降りると、「FOOD&TIME ISETAN」。左に進むとフードコートがメーンの「食べる」ゾーン、右に進むとスーパーマーケットがメーンの「作る」「嗜む」「過ごす」ゾーンがある。
まずは「食べる」ゾーンから見ていこう。入り口を入った瞬間に目に飛び込んでくるのが、クラフトビールバー「アンテナアメリカ」の大きなカウンター。その後ろにイートインコーナーがあり、その回りを囲むように、老舗ベーカリー「ブランジェ 浅野屋」、浅野屋初のハンバーガーショップ「グリパン」、三越伊勢丹フードサービスプロデュースの3店(寿司店「スシアンドロール ウオセイ」、カスタムサラダ専門店「ファーマーズグリーン」、シェフが作るアメリカンデリカテッセン「デリ シェフズ セレク」)が並ぶ。そしてさらに奥にはオーストラリア発のメキシカンダイナー「グズマン イー ゴメズ」(関連記事「原宿に“プレミアムフードコート”出現!? 新感覚メキシカン、高級フレンチフライの行列店も」)。これでフードコートを一周したことになる。「グズマン イー ゴメズ」横にもイートインコーナーがあり、その横のドアを出ると「過ごす」ゾーンのブルーボトルコーヒーにつながるようになっている。
エレベーターホールに戻り、次はスーパーマーケットをメーンとする物販ゾーンを見てみる。
「作る」ゾーンの鮮魚売り場では、店内で魚の干物を作っているのに驚いた。さらにシェフがおすすめの食材を使った料理を目の前で調理しながら提案する「フードステージ」のコーナーがあったり、「嗜む」ゾーンには酒類売り場の真ん中にワインバーがあったりと、どのゾーンにも“ライブ感と鮮度感”を感じる。また通路が広く、スペースにゆとりがあって整然とした雰囲気の店舗デザインは高級感も十分だ。
しかし、疑問も浮かんできた。なぜメーンがクラフトビールバーなのか。夜の時間帯がメーンの業態だと考えると、入り口正面という場所もカウンターの大きさも、かなりアンバランスに感じられる。
しかし、「アトレ品川は新幹線の改札口近くであることから出張の帰りや旅行中に訪れる人も多く、新幹線の待ち時間にちょい飲みしたいときなどには、駅の売店などで缶ビールを購入していた。しかし『朝や昼もゆっくりビールが飲める飲食店が欲しい』という声も多かった」(三越伊勢丹フードサービス 経営戦略部 店舗開発部長の工藤敏晴氏)という。4階には昼から酒を提供する店もあるが、時間調整のためのちょい飲みにはやや値段が張る。そこで朝10時から、作りたての総菜をつまみに気軽に本格クラフトビールがちょい飲みできるビールバー、酒が飲めない人もゆっくり過ごせるブルーボトルコーヒーを出店したのだという。ちなみに「アンテナアメリカ」のカウンターには日中はティーサーバーが設置されているが、夜はティーサーバーをなくして完全なビールバー業態として営業する。
真の狙いは「スーパーとフードコートの融合」だった
また“ニューヨーク風のフードコート”をイメージしたとのことだが、ニューヨークで流行しているフードコートは人気の個店が共同で出店するケースが多いのに対し(関連記事「肉刺しカクテルが売り!? 品川にNY風フードコート」)、ここは7店中3店が自社プロデュース店というのも物足りなさを感じてしまう。
それもそのはず、同社には別に大きな狙いがあるという。「従来のスーパーの総菜売り場はどの店舗も同じ味にして効率的に提供するのが必須条件。そのためにはパートが調理できるよう、キット用食材に頼らざるを得なかった。せっかく自慢できるいい食材をそろえているのに、総菜売り場と連動したアピールができないことを残念に思っていた」(工藤部長)。同店ではそうした問題を解決するため、人件費がかかることは覚悟の上でプロのシェフに自社スーパーの食材を使い、総菜を作ってもらうことにした。それによって自社スーパーの食材のおいしさをアピールし、できたての総菜を買い求めてもらうのが狙いだ。
じつは今、こうした運営方法を目指しているスーパーが多いとのこと。「総菜コーナーをイートインにしている店も増えているが、それをフードコートに発展させたのがこの店舗。だから有名店を誘致するよりむしろ、自社プロデュースの店舗をもっと増やしたい。将来的には、スーパーの食材を使い、パートの人の得意料理なども出せるようにするのが理想」(工藤部長)。
売れ残った食材を店内で新鮮なうちに調理できれば、廃棄ロスの減少にもつながる。このような“フードコートとスーパーのハイブリッド”が成功すれば、小売り業界に大きな変化が起こるかもしれない。
(文/桑原恵美子)