「ザ・リッツ・カールトン」「シェラトン」「ウェスティン」など多くの高級ホテルブランドを擁する米ホテル大手のマリオット・インターナショナル。同グループが展開する30のブランドの中で最もアバンギャルドで個性的といわれているブティックホテル「モクシー・ホテル」が、日本に初上陸。アジア初でもある「モクシー東京錦糸町」と「モクシー大阪本町」が2017年11月1日、同時オープンした。
ブティックホテルとは、ファッショナブルなイメージを打ち出した都市型の中小規模のホテルのこと。ホテルブランドが多様化するなか、米国などで急激に増加しているカテゴリーだという。なかでもモクシー・ホテルは2014年9月に最初の「モクシー・ミラノ」をオープンしてから、わずか3年で28のホテルを展開。さらに今、全世界で70以上のホテルの建設契約が進行中と、非常に勢いがあるホテルブランドだ。
ターゲットは20~30代の旅行者。マリオット・インターナショナル ブランド&マーケティング担当のマイク・ファーカーソン副社長によると、この世代は独立心旺盛で旅慣れている一方で、人がすすめるものや口コミによる評価を重視する傾向が強いという。
「モクシーは、宿泊客同士の密接な触れ合いがあるユースホステルと、プライバシーがきちんと保たれるホテルのスタイルをミックスし、そのどちらにもなかったワクワク感を提供するホテル。無駄なものは省いているが、必要な部分にはきちんとお金をかけている」と、同ホテル総支配人の生沼久キャプテンは話す。
時期にもよるが、1泊の想定宿泊料金は1万4500~1万7500円。1泊3~5万円前後のラグジュアリーホテルよりは気楽に泊まることができるが、ビジネスホテルよりは高く、それ相応の設備がないと不満が残る微妙なラインだ。実際、どんなコストを削っているのか。そしていったいこれまでのホテルとどう違うのか。確かめるべく、オープン直前の内覧会に足を運んだ。
外観はオフィスビルのようだが中は「ド派手」
モクシー・ホテルがあるのは、総武本線・半蔵門線の錦糸町駅から徒歩数分の場所。駅南口を出て京葉道路を渡り、丸井錦糸町店の右側の路地を入った2ブロック目にある。途中の道は多国籍の飲食店やカプセルホテル、風俗店が並ぶ雑多な雰囲気で、“昭和臭”が濃厚なエリアだ。上を見上げるとラブホテルの看板、左右を見ると「客引きお断り」の張り紙だらけ。こんなところにスタイリッシュな外資系ホテルがあるのかと疑いながら進むと、十字路の角に、ホテルのネオンサインが見えた。
オフィスビルを半年間ほどかけてリノベーションしたそうで、建物全体は一見地味な印象。だが、エントランスを入ると雰囲気は一変。ショッキングピンクの派手で大きな電飾と、私服かと思うようなカジュアルなユニフォームを着た、若くて陽気なスタッフに出迎えられ、外観からは想像もつかないスタイリッシュな空間に驚く。
チェックインしようとカウンターを探すと、目の前の壁に「CHECK IN BAR LOUNGE」の文字と矢印が。なんと、このホテルにはチェックインカウンターがなく、宿泊客はバーカウンターでウエルカムカクテルを飲みながらチェックインするのだという。チェックイン時、スタッフに「バーで軽食は用意できるが、ホテル内にダイニングはない」と念を押された。ダイニングはホテルの顔でもあるので、ないと寂しいような気がする。だが、ホテルの周りは飲食店がたくさんあり、ホテルの前にはコンビニもあるので、たしかに必要ないのかもしれない。
チェックインが終わると、カードキーが手渡される。荷物を運んだり、部屋に案内したりしてくれるポーターはいない。エレベーターホールもエレベーター内も“落書き”だらけだが、廊下や客室のドアはニューヨークのアパートメントをイメージしたとのことで、遊び心もありながら意外に落ち着いた色調だ。これは、日本人の好みに合わせた特別仕様とのこと。
部屋着がないのはやや不便
ゲストルームは一般的なホテルにありがちな無機質さが皆無で、若い世代のプライベートルームのようなインテリアだ。平均18平米と決して広くはないが、狭さはあまり感じない。
その理由のひとつが、壁面にずらりと並んだフックと、そこに掛けられた折り畳み椅子やテーブル、ハンガー。「常時使うものではないデスクや、短期の滞在では必要がないクローゼットは設置しなかった。その代わり、必要な時だけ使えるように、椅子などを壁に掛けている」(生沼キャプテン)という。良いアイデアだとは思うが、セーフティーボックスや冷蔵庫もないのにはとまどった。
バスルームにはバスタブがなく、シャワーのみ。シャワーは固定式とハンドシャワーの2種類があり、どちらも水圧が強いレインシャワーだ。座ったままシャワーを浴びることができるよう、スツールも置いてある。ランドリーサービスはないが、地下にコインランドリーがあり、各フロアにアイロンルームもある。また約89平米のミーティングスペース、約90平米で最新式の機器を備えたジムもある。たしかに、「なくてもそれほど困らないもの」は省かれ、「あったほうがいいもの」はきちんと用意されていると感心した。
だが、ひとつだけ「これがないのはいかがなものか」と思ったのが、部屋着。予約時に部屋着の用意がないことを教えてもらえれば持参することもできるが、会社帰りやドレスアップした外出の帰りに急に泊まりたくなった場合、やはり部屋着がないとくつろげない。スタッフのユニフォームがTシャツにジャージー素材のパーカー、パンツなので、色違いのものでも希望者に貸し出してくれるシステムがあればいいのにと思った。同ホテルによると、ゲストの声を受け、現在部屋着の貸し出しを検討中とのことだ。
これまでのカテゴリーにあてはまらないホテルだけに、宿泊当日はまだ試行錯誤している段階という印象があった。同ホテルでは、現在クルーが着用しているモクシーのロゴ入りTシャツを販売するほか、外国からのゲストに向けて、日本らしさを取り入れた「モクシー甚平」や「モクシー作務衣」の開発も含め、新たなサービスを検討しているそうだ。
錦糸町は「まだ知られていない穴場」
事前予約は圧倒的に外国人、しかも欧米人が多いという。すでに展開しているのが米国、英国、ドイツ、オーストリアなどということもあり、欧米人の認知度が高いこともあるが、「マリオット・ブランドのホテルの中では最も低価格で泊まれるからではないか」と生沼キャプテンは分析する。
錦糸町というロケーションを選んだのは、たまたまビルごとリノベーションできる空き物件があったから。だが、「錦糸町は外国人観光客にもまだあまり知られていない穴場」と生沼キャプテン。あらゆる国の料理が食べられる飲食店があり、大きなスーパーやショッピングモールもある。交通の便も良く、国技館のある両国まではひと駅。東京駅や秋葉原、渋谷、新宿にも乗り換えなしで行ける。東京スカイツリーは徒歩圏内だ。浅草も自転車ならあっという間に着くので、同ホテルではレンタサイクルも貸し出している。
便利な街である一方、風俗店などが多いことから錦糸町は治安が良くないというマイナスイメージを持たれがちだ。だが、「そうしたイメージに地域住民もストレスを感じている。地域をイメージアップさせるきっかけを探していた行政や地元の方々も、ホテルのオープンを喜び、応援してくれている。このホテルが街のイメージを変えるきっかけになってほしい」と生沼キャプテンは話す。
正直、滞在中は驚くことの連続だった。ホテルスタイルが多様化しているとはいえ、ここまで型破りなホテルは初めてだった。こうしたホテルは、ひとつ間違えば「狙い過ぎ」になり、面白さよりもあざとさを感じることになりがちだ。だが、そうはならないブランドの作り方が見事だと感じた。「チェーンホテルとしてのノウハウがあるのが強み」という生沼キャプテンの言葉が印象に残った。
(文/桑原恵美子)