日本橋浜町を盛り上げることを目的にした「浜町プロジェクト」を推進している安田不動産は2017 年9月9日、住民のコミュニケーションの基盤にするための新施設「hama House」と「HAMA1961」をオープンした。
hama Houseは1階が書店兼カフェ、2階はオープンキッチンやレンタル会議室と、同施設全体をプロデュースしたgood morningsの本社オフィス、3階はクリエイターのためのスモールオフィス、屋上には会議も可能なルーフテラスが配置されている。HAMA1961は1961年に建設された建物をリノベーションした施設で、1階に直営店としては日本初上陸となるフランス発ステーショナリーショッププロダクトブランド「PAPIER TIGRE(パピエ ティグル)」が出店し、2階はシェアオフィスになっている。
安田不動産は古くから日本橋浜町で貸地事業を営み、貸地を共同ビル化して多くの貸ビル事業を手掛けてきた。最近では日本橋浜町Fタワー(1998年)、スカイゲート(2003年)、トルナーレ(2005年)などがよく知られている。しかしここ数年、同エリアのオフィスビル全体の賃料が下がり、空室も目立つようになってきたという。
同社ではビルごとのリノベーションなども積極的に行ってきたが、それ以外で競争力を保持し、認知度を向上させる方法はないか検討し続けた。その中で浮上したのが、自社管理している土地を活用した街おこしプラン。「愛着を持ってもらえる街を作っていくことでエリアとしての魅力を発信し、浜町の地位(ぢぐらい、地のグレード)を上げていきたい」(同社の須川和也取締役)。「浜町は日本橋地区の中でも最も夜間人口が多く、30~40代の子育て世代の居住者が多い。そのため、幼稚園や小学校は増築してもすぐ定員オーバーになっている状態。また日本橋に近く、昔からの下町チックなカルチャーや人情もある。もっと居心地の良い街になるポテンシャルを秘めている」(安田不動産 開発事業本部 開発第三部第一課の豊田裕史副長)。
“愛着を持ってもらえる、魅力ある街づくり”のために安田不動産が考えた戦略とは、いったいどんなものなのか。プロジェクトの象徴となる新施設「Hama House」「HAMA1961」には、どんな仕掛けがあるのか。オープン直前の内覧会に足を運んだ。
1階は誰でも気軽に入れるブックカフェに
Hama Houseを全面プロデュースしたのは、全国各地で地域おこしなどを手がけるgood mornings。1階のブックカフェは地域コミュニケーションの基盤にするため、ドリンクを購入しない人も気軽に出入りできるよう、書店スタイルにした。その本も単に売れ筋を並べるのではなく、訪れた人同士のコミュニケーションや新たなアイデアのフックとなるようなセレクションにしたという。確かにタイトルだけを見ても気になる本が多く、誰かと面白さを共有したいような、ツボをついたセレクトだと感じた。
「第一特集は食、第二特集は科学というように、編集者目線で本のセレクションを行った。運営資金を集めるための広告ページ的な“表4”(裏表紙)の展開も考えている」(good morningsの水代優代表)。
もうひとつの新施設、HAMA1961は築56年を経た印刷工場の2階建てビルをリノベーション。リノベーション前は老朽化がかなり進んでいたというが、サッシは昔のままを生かして耐震補強用に細いブレーズをはめ込むなど、古い倉庫の質感が巧みに生かされていて、新しいビルにはない魅力を感じた。
1階に出店しているパピエ ティグルはパリに1店舗しかないため、同店が直営店としては世界2店舗目となる。独特の幾何学パターンを用いた紙製品や文房具が人気で、デザインばかりでなく実用性も重視しているという。確かに、折ると封筒になる仕掛けのレター用紙や、自分で折って組み立てる汎用性の高い壁掛けボックスなど、値段も手ごろで使ってみたい商品が多かった。併設の日本茶サロン「サロン・ド・パピエ ティグル」では農園の異なる12の日本茶を味わえるのが興味深い。
独身寮をうどんの名店にリノベーション!?
同プロジェクトで特徴的なのは、従来のような街区再編や敷地の共同化による一体再開発ではなく、独身寮や駐車場だった小規模な未活用地を利用した「個別開発」を積極的に推進していること。2015年から、店主の顔が見える小さな規模で名店といわれている飲食店の誘致も始め、それぞれ同社が保有していた土地や建物を利用して、その店舗に合わせた魅力的な空間づくりを行っている。
同社が誘致したのは、蕎麦屋「浜町かねこ」、讃岐うどんの名店「谷や 和」、フレンチバル「富士屋本店 日本橋浜町」の3店。蕎麦屋「浜町かねこ」の店主は、ミシュラン一つ星の名店「蕎楽亭」(神楽坂)出身で、同店も開店後1年足らずで、ミシュランガイド東京2017 の「ビブグルマン」に選ばれている。「谷や 和」の本店である「谷や」(人形町)も、讃岐うどんの名店として有名。また「富士屋本店 日本橋浜町」は、「渋谷を代表する立ち飲み店」といわれた老舗で、建物の老朽化にともない閉店した「富士屋本店グリルバー」(三軒茶屋)の系列店。オープン時は、「伝説の名店が浜町で復活した!」と話題になった。店主は全員30代と若いが、それは一時的な話題で集客する店ではなく、じっくり長くやってほしいと考えたからだという。
こうした飲食店を誘致し続けているのは、「街に愛着を持ってもらうためには、訪ねて来る人に自慢できる店が必要だと考えたため」(安田不動産)だという。確かに3店とも街に自然に溶け込みながら、個性と風格を感じさせる佇まいがあり、こうした店があるかないかで通りの表情が全く違って見えることを実感した。一時的に話題になる大型飲食店を出店するより、長く通う常連が多く付きそうな“小さな名店”を誘致するほうが、活性化するには有効かもしれない。
新たな商業施設は人が集まりやすい場所につくるのが、従来の定石だった。だが近年、あえて注目度の低いエリアに新施設を建設し、それをきっかけに人が集まるスポットを新たに醸成しようとする試みが増えている(関連記事:練馬にリゾート? 人気飲食のバッドロケーション戦略)。浜町プロジェクトも同じ試みに見えるが、個別開発をエリア全体で行っているところが違う点で、新しいと感じた。
2019 年2月には「浜町3-20 計画」として、各地で個性的なホテル展開をするUDS が企画・運営する新業態ホテルが完成するほか、「浜町3-17 計画」としてソーシャルアパートメントも竣工予定だ。
(文/桑原恵美子)