中国を起源としながら、日本で独自の進化を続けているラーメン。だがこの夏、“中国で最も有名なラーメン”といわれている「蘭州(らんしゅう)ラーメン」の新店が相次いでオープンし、話題を集めている。蘭州ラーメンとは、中国北西部にある甘粛省(かんしゅくしょう)の省都・蘭州で古くから食べられているラーメン。牛骨や牛肉を10種類以上のスパイスと一緒に長時間煮込んで作ったスープ、小麦粉の生地を手で延ばして手打ちする麺、パクチーやラー油、煮込んだ大根などのトッピングが特徴だ。
2017年8月10日には、蘭州ラーメンを看板料理にした「蘭州拉麺店 火焔山(以下「火焔山」)が池袋にオープン。8月22日には中国で100年以上も続く老舗で、数ある蘭州ラーメン店(一説には約2000軒以上とも)の中でも唯一、中国政府から「中華老字号(中華老舗ブランド)」に認定されている蘭州ラーメン店「馬子禄 牛肉面(マーズルー ぎゅうにくめん/以下「マーズルー」)」の、日本1号店が神保町にオープンした。
特に注目されているのが、「マーズルー」。中国では蘭州ラーメンを食べさせる店は等級付けされており、「一級」「二級」といったプレートが店内に飾られているが、マーズルーは「特級」とされているそうだ。いったいどんな味のラーメンなのか。オープン初日の同店に足を運んだ。
すすりこむたびにむせるラー油攻撃! 慣れると手が止まらない
マーズルーがあるのは、神保町駅を出て靖国通りを小川町方面に直進し、3分ほど歩いた場所。書泉グランデの並びで、いわば神保町の目抜き通りだ。店を訪れたのはオープン日の15時ごろで、ランチタイムは過ぎていたが、店内は満員の盛況。同店を運営するサプラス(赤坂)の進藤圭一郎社長によると、11時のオープン前から20人以上が並び、ランチタイムには30人から40人の行列ができていたという。「オープン前の取材記事から日本にいる中国の方々の間でネットを中心に情報が広まっていたのは知っていたので、特に驚かなかった。ただ予想よりも日本人客の割合が多いのは意外だった」(進藤社長)。
注文は食券制で、メニューは蘭州ラーメン1種類のみ。麺の種類(細麺、平麺、三角麺)と、トッピングの増量(パクチー、牛肉)が選べる。初回なのでスタンダードだという細麺をチョイス。席につくと水と一緒に焼肉店のようなエプロンが運ばれ、パクチーとラー油の量を確認された。こちらも初回なので、増減なしで注文。席で待っている間にも、パクチーの香りと漢方薬のようなスパイスの香りが店内に満ちていて、食欲をそそる(パクチーや薬膳料理が苦手な人には、やや辛いかもしれない)。
麺は注文が入ってから手打ちすると聞いていたので、時間がかかるのを覚悟していたが、意外にもあっという間に運ばれてきた(後で手打ちの様子を見て、生地が手で伸ばされて麺になるスピードに驚いた)。運ばれてきた蘭州ラーメンを見ると、スープはまったく脂が浮いておらず、日本のラーメンよりあっさりしている印象。パクチーと葉ニンニク、薄切りの牛肉、薄切りの大根、そして店内で手作りしているラー油がたっぷりトッピングされている。麺は細麺とはいえ、日本のラーメンのいわゆる細麺よりは太めで、箸ですくってもまったく縮れがなく、細めのうどんのよう。
まずスープを飲んでみると、器の半分くらいを占めているラー油がすでにスープ全体に溶け込み、麺をすするたびに唐辛子が喉を直撃。すするたびにむせてしまい、息を整えながら食べなければならなかった。
だが最初の衝撃が過ぎると、ラー油の香ばしさ、パクチー、葉ニンニク、薬膳のようなスパイスの香りが一体となり、不思議なおいしさに変化。麺はもっちりした食感で、かみしめると小麦の甘さを感じる。残念だったのは、ラー油が混ざる前の本来のスープを味わえなかったことだが、同店ではラー油を別添えで頼むこともできるので、今度行くときは別添えにしよう。
一方、ラー油の量がほどほどであっさりしているため、最初にスープだけをしっかり味わうことができたのが、池袋の火焔山の「漢方入り蘭州ラーメン」。牛肉だしのさっぱりした味わいにスパイスとパクチーが合わさったスープだけでも、新ジャンルのおいしさ。ラー油を混ぜずに一気に半分ほど麺を食べてしまったが、後半、ラー油が混ざった味もまた格別だった。辛さに弱い筆者も最初から抵抗なく食べられたので、初心者はこちらのほうが向いているかもしれない。
また平麺を頼んだが、きしめんほどの幅だが薄いのでやや波打っていて、汁がからみやすく軟らかかった。ちなみに同店のメニューの説明によると、牛肉麺にとって重要なのは「一清、二白、三紅、四緑、五黄」だといわれており、「清は透き通ったスープ、白は大根、紅はラー油、緑は香菜、黄はかすかに黄味がかった麺のこと」だそうだ。
ハラル認証を武器に、日本で一ジャンルに定着か
火焔山のオーナーは中国出身だが、マーズルーの進藤社長と日本店の店長の清野烈(たけし)氏は中国で蘭州ラーメンの味に魅せられ、「日本でも食べたい」と思ったのがオープンのきっかけだという。清野店長は現地で何十軒も蘭州ラーメンを食べ歩いた結果、一番おいしいと感じたマーズルーでの修業を決意。最初は相手にしてもらえなかったが、熱意が認められて修業が許可され、蘭州ラーメンのすべての工程を徹底的に教え込まれ、日本店の開業を許されたという。
こうした経緯から、同店では中国の本店とまったく同じ味、作り方で提供しているとのこと。一例を挙げると、イスラム教徒の多い現地と同じように、イスラム教の戒律に沿ったハラル認証の牛肉や牛骨(国産)を使用。そのうまみや薬膳スパイスの味を最大限に引き出すため、不純物のない硬度ゼロの超軟水を使用し、スープを作っている。「蘭州ラーメンは独特の味わいがあり、飲んだあとの仕上げにもいいのはもちろん、二日酔いのときに食べてもおいしい。このおいしさを、多くの日本人に知ってほしい。日本には数えきれない種類のラーメンがあるが、蘭州ラーメンも日本のラーメン文化のひとつとして、根付かせたい」(進藤社長)。
筆者は普通レベルのラーメン好きで、これまで特に好きなジャンルもなかった。だが蘭州ラーメンは、この2店で食べて以来、時々、むしょうに食べたくてたまらなくなっている。まさに「クセになる味」「やみつきになる味」で、日本でもこの味を知る人が増えれば、ラーメンの新ジャンルとして定着するかもしれない。
(文/桑原恵美子)