宿泊施設の需要が高まる2020年を前に、飲食業界など異業種からの参入も増えているホテル業界(関連記事「カフェ・カンパニー初のホテルはコミュニティー」)。そんななか、ウエディングプロデュース大手のテイクアンド ギヴ・ニーズ(以下、T&G)がグループ会社TRUNK(東京都港区)を設立し、ホテル事業に参入。その最初のホテル「TRUNK(HOTEL)(以下、トランクホテル)」が2017年5月13日、渋谷にオープンした。地上4階、地下1階建てで客室数は全15室、宿泊収容人数60~70人と小規模だが、宿泊によって社会貢献の新しいスタイルが体験できる、日本初の“ソーシャライジングホテル”だという。

 T&Gといえば、年間に約1万8000組以上の結婚式をプロデュースし、挙式施行数が日本一というブライダル最大手。一軒家を貸し切って行う西欧風のゲストハウスウェディングのブームを起こし、会社設立からわずか3年で株式上場を果たしたことでも知られている。そのT&Gが仕掛ける、日本初の“ソーシャライジングホテル”とは、これまでのホテルとどう違うのか。オープン直前の内覧会に足を運んだ。

2017 年5 月13 日にオープンした「トランクホテル」(渋谷区神宮前 5丁目31番)。地上4階地下1階建て。渋谷駅から徒歩7分、明治神宮前駅、原宿駅から徒歩6分、表参道駅から徒歩10分。客室は7タイプ・15室。外観は渋谷の地層をイメージ
2017 年5 月13 日にオープンした「トランクホテル」(渋谷区神宮前 5丁目31番)。地上4階地下1階建て。渋谷駅から徒歩7分、明治神宮前駅、原宿駅から徒歩6分、表参道駅から徒歩10分。客室は7タイプ・15室。外観は渋谷の地層をイメージ
トランクホテルの顔となるロビーラウンジ。昼間はノマドワーカーらが気軽に利用でき、夜は近隣住民やクリエーティブな人々が集う場にしたいという。テーブルや壁などに廃材を利用しているのも特徴
トランクホテルの顔となるロビーラウンジ。昼間はノマドワーカーらが気軽に利用でき、夜は近隣住民やクリエーティブな人々が集う場にしたいという。テーブルや壁などに廃材を利用しているのも特徴
「テラススイート」(140平米+テラス70平米)は1室あたり68万9472円~(客室料金は全て税・サ込※以下同)。1~14人まで宿泊可能
「テラススイート」(140平米+テラス70平米)は1室あたり68万9472円~(客室料金は全て税・サ込※以下同)。1~14人まで宿泊可能
テラススイートのテラスは70平米。バーベキューができるグリルと大きなダイニングテーブル、バスもある
テラススイートのテラスは70平米。バーベキューができるグリルと大きなダイニングテーブル、バスもある
「ダイニングスイ-卜」(82平米+ロフト10平米)は1室あたり18万1440円~。1~8人まで宿泊可能。本格的な調理設備があるので、シェフを招いてのパーティも可能だという
「ダイニングスイ-卜」(82平米+ロフト10平米)は1室あたり18万1440円~。1~8人まで宿泊可能。本格的な調理設備があるので、シェフを招いてのパーティも可能だという
「リビングスイート」(55平米+ロフト10平米)は1室あたり11万7331円~。1 ~ 6人まで宿泊可能。天井吊りプロジェクターがあり、大画面の映像を楽しめる
「リビングスイート」(55平米+ロフト10平米)は1室あたり11万7331円~。1 ~ 6人まで宿泊可能。天井吊りプロジェクターがあり、大画面の映像を楽しめる
エントランス横に設置された串焼き店「TRUNK(KUSHI)」。12~15時までは番茶と団子を、17~23時までは串焼きを掘りごたつ式のテラス席や立ち飲みスタイルで楽しめる。渋谷の人気店「炭火焼肉ゆうじ」店主の樋口裕師がフードディレクションを担当
エントランス横に設置された串焼き店「TRUNK(KUSHI)」。12~15時までは番茶と団子を、17~23時までは串焼きを掘りごたつ式のテラス席や立ち飲みスタイルで楽しめる。渋谷の人気店「炭火焼肉ゆうじ」店主の樋口裕師がフードディレクションを担当
ホテルのダイニング「TRUNK(KITCHEN)」はラウンジ奥にあり、テラス席が中庭に面している。営業時間は朝食が7~10時、ブランチが7~15時、ランチが11時半~15時、ディナーが18~23時。191平米、82席
ホテルのダイニング「TRUNK(KITCHEN)」はラウンジ奥にあり、テラス席が中庭に面している。営業時間は朝食が7~10時、ブランチが7~15時、ランチが11時半~15時、ディナーが18~23時。191平米、82席
TRUNK(KITCHEN)の洋風ブランチ(2800円)
TRUNK(KITCHEN)の洋風ブランチ(2800円)

ホテル内で見るもの、触れるもの、口にするもの、全てが社会貢献

 ホテルがあるのは、渋谷駅から徒歩数分の宮下公園の先。2017年4月28日にオープンしたばかりの「渋谷キャスト」よりやや青山寄りにある(関連記事「新施設「渋谷キャスト」は個性派おしゃれグルメに注目」)。

 ホテル内を一巡し、「今までのどんなホテルとも違う」と痛感したのは、ホテル内のあらゆる物が“社会貢献”という視点で作られていること。一例を挙げると、ホテル内で使用するマグは、全国から回収した食器類を粉砕し、坏土(陶磁器の生地)として再生させたもの。ルームサンダルは、サンダル工場で出た端材ゴムをリサイクルしたもの。室内のジュエリーボックスはこれまで捨てられていたB級レザーを使用し、渋谷を起点に活躍するデザイナーと渋谷区の福祉作業所の人々と製作したコラボアイテム。ロビーに飾られているアート作品の一部は障がいを持つアーティストの作品だという。

 これまで、部分的にさりげなくそうした製品を採用しているホテルはあったが、これほど徹底的に、しかも前面にそのポリシーを打ち出したホテルはなく、確かに日本初の“ソーシャライジングホテル”だと納得。だがなぜ、こうしたホテルを作ったのか。

 「リーマンショック以降、世界的に“豊かさ”のイメージが大きく変わった。高級品を持つことよりも、人のため、社会のためになることをすることに幸せを感じ、価値を見出す人が増えている。日本では特に3.11以降、社会貢献に対する関心が高まっているが、被災地の応援としてできることは限られており、86%の人が『社会貢献をしたい』と考えながらも、6%程度しか実行していないというデータもある。社会貢献に対してどうアクションしていいか分からない多くの人に、多様な貢献のスタイルを提示することが、今、企業の使命として求められていると考えた」と、TRUNKの社長を兼務するT&Gの野尻佳孝会長はいう。

マグは全国から回収した食器類を粉砕し、坏土(陶磁器の生地)として再生させたもの。グラスは使用済みの蛍光灯をリサイクルした同ホテルのオリジナル
マグは全国から回収した食器類を粉砕し、坏土(陶磁器の生地)として再生させたもの。グラスは使用済みの蛍光灯をリサイクルした同ホテルのオリジナル
室内のジュエリーボックスは高級ブランドがバッグや洋服を制作する際に使用した端材のレザーを使用。渋谷を起点に活躍するデザイナーと渋谷区の福祉作業所の人々がコラボして製作した
室内のジュエリーボックスは高級ブランドがバッグや洋服を制作する際に使用した端材のレザーを使用。渋谷を起点に活躍するデザイナーと渋谷区の福祉作業所の人々がコラボして製作した
クロークのタグはアクリル専門加工会社から提供されたアクリル廃材を加工したもの。一枚として同じものがなく、再利用することでより価値を高める「アップサイクル」の精神を伝えている
クロークのタグはアクリル専門加工会社から提供されたアクリル廃材を加工したもの。一枚として同じものがなく、再利用することでより価値を高める「アップサイクル」の精神を伝えている
サンダルは端材ゴムのリサイクル。履き心地良くスタイリッシュに仕上げることで、使い捨てにせず、持ち帰って使い続けられるようにするのが狙い
サンダルは端材ゴムのリサイクル。履き心地良くスタイリッシュに仕上げることで、使い捨てにせず、持ち帰って使い続けられるようにするのが狙い
中庭に面して併設された「TRUNK(STORE)」で販売されているパンや焼き菓子は東京・笹塚にあるホープ就労支援センター「渋谷まる福」製
中庭に面して併設された「TRUNK(STORE)」で販売されているパンや焼き菓子は東京・笹塚にあるホープ就労支援センター「渋谷まる福」製
TRUNK(STORE)で販売されている弁当(1188円)は無添加を重視した恵比寿の人気レストラン「わたりがらす」製
TRUNK(STORE)で販売されている弁当(1188円)は無添加を重視した恵比寿の人気レストラン「わたりがらす」製
代々木上原の人気店「ポタスタ」の人気サンドイッチ「わんぱくサンド」(598円)5種も販売
代々木上原の人気店「ポタスタ」の人気サンドイッチ「わんぱくサンド」(598円)5種も販売
昔ながらの製法を守り続ける都内の老舗調味料会社5社の代表商品セット「東京さしすせそ」(4000円)。「そ」は通常は味噌だが、東京ではもんじゃ焼きなどのソース文化があることから、多摩の素材を使った「中央線ソース」(ポールスタア製)を採用している
昔ながらの製法を守り続ける都内の老舗調味料会社5社の代表商品セット「東京さしすせそ」(4000円)。「そ」は通常は味噌だが、東京ではもんじゃ焼きなどのソース文化があることから、多摩の素材を使った「中央線ソース」(ポールスタア製)を採用している
■変更履歴
第4段落、初出では「T&Gの野尻佳孝社長」としておりましたが、正しくは「T&Gの野尻佳孝会長」でした。お詫びして訂正いたします。[2017/5/18 14:30]

スイートルームなのに、ホステルのような二段ベッド?

 同ホテルでもうひとつ驚いたのが、客室のユニークさと多様さ。スイートルームなのにホステルのような二段ベッド風のロフトがあったり、高級住宅のようなキッチンとダイニングルームが備え付けられた部屋があったりと、見たことがないユニークな部屋が多かった。特に印象に残ったのが、開放感のある広いベランダのある部屋が多いこと。高層ホテルはベランダに出られない構造がほとんどだが、同ホテルは4階建ての低層建築なのでそれを生かしたのだろう。周囲に建物も低層で緑が多く、渋谷駅から徒歩数分とは思えないリゾート感があった。

 ここ数年、“個性派ルーム”を売りにしたホテルは増加している(関連記事「東京駅徒歩4分「コートヤード・バイ・マリオット」を解剖! ウリは“クリエイターの部屋”!?」 「ホテルの“超個性派ルーム”が人気! 相撲、男の隠れ家、ベッドに鯉!?」)。急増中のホステルも多様化が目立つが、チェーン展開しているラグジュアリーホテルはあいかわらず、画一的な傾向が強い。

 「世界的に海外旅行ブームが起こったのが40年ほど前。ほとんどの旅行好きの人が行きたい国を一巡し、旅行の目的が変わってきている。世界中のホテルがそれに合わせて多様化しているのに、日本はその流れから外れている唯一の国。海外の富裕層の友人たちが『東京は面白い街だが、泊まりたいような面白いホテルが一軒もない』と嘆くのをよく耳にし、自分が東京で一番面白いホテルを作ろうと考えた」(野尻社長)という。

 野尻社長が考える日本のホテルの大きな問題点は、ADR(平均客室単価)の安さ。それによって「ホテルは儲からない」のが定説になっていて、業界全体が設備投資に消極的なのだという。「1998年にT&Gがウエデイング業界に参入する前も、業界は似たような硬直状態だった。しかしハウスウエディングのブームを起こしたことで、当時平均200万円前後だった結婚式費用が、今では380万円にまでアップした。その結果、賃金も平均1.5倍になり、優秀で意欲的な人材が多く集まり、業界全体が活性化している」(野尻社長)。ウエデイング業界は少子化によって成長に限界が見えてきている一方、ホテル業界にはT&G創立当時と同じ空気を感じているという。「世界中の富裕層の1%をターゲットにしても相当な需要がある」と自信をのぞかせた。

 しかし疑問なのが、部屋数15に対し、広大なバンケットルームが4つもあること。これではまるで、“宿泊もできる結婚式場”のように思えるのだが……。その点を野尻社長に問うと、意外な答えが返ってきた。

「バルコニージュニアスイート(45平米+ロフト30平米)」は1室あたり11万1283円~。1 ~6人まで宿泊可能
「バルコニージュニアスイート(45平米+ロフト30平米)」は1室あたり11万1283円~。1 ~6人まで宿泊可能
「スタンダードプラス」(26~35平米)はスタンダードルームにバルコニーやロフトの付いた客室。1室あたり3万5078円~。1~3人まで宿泊可能。壁の絵は渋谷の風景を描いたもの
「スタンダードプラス」(26~35平米)はスタンダードルームにバルコニーやロフトの付いた客室。1室あたり3万5078円~。1~3人まで宿泊可能。壁の絵は渋谷の風景を描いたもの
スタンダードプラスはハンモック付きの客室と広々としたロフト付きの2タイプがある
スタンダードプラスはハンモック付きの客室と広々としたロフト付きの2タイプがある
スタンダードルーム(シングル)は20平米で1室あたり3万2659円~
スタンダードルーム(シングル)は20平米で1室あたり3万2659円~
ホテル棟の隣には常緑樹を配してキッチン付きのテラスも備える「MORI」(170平米)、天窓から光が入り開放感のある「SORANIWA」(140平米)などタイプの異なる4つのバンケット会場がある
ホテル棟の隣には常緑樹を配してキッチン付きのテラスも備える「MORI」(170平米)、天窓から光が入り開放感のある「SORANIWA」(140平米)などタイプの異なる4つのバンケット会場がある
渋谷区のシンボルツリーであるケヤキが植樹された中庭は宿泊者以外も利用可能
渋谷区のシンボルツリーであるケヤキが植樹された中庭は宿泊者以外も利用可能

部屋数が少ない原因は「区のラブホテル建築規制条例」?

 野尻社長によると、渋谷区にはラブホテル建築規制条例があり、「ユニットバスを備えた18平米以下の一人部屋の床面積の合計が全客室の床面積の合計の3分の1以上」という項目を満たしてないとラブホテルとみなされるという。この項目を満たそうとすると、シングルルームばかりのビジネスホテル仕様にするか、客室数を減らすかの2択しかなかったわけだ。

 そこで、シングルベッドは通常のホテルより大きめのサイズを採用し、スタンダードルームでも部屋の広さをゆったりとって、一つひとつの部屋に変化をつけた。「客室数を少なくしたことで全ての部屋に違う仕掛けをつくることができ、多様性のある客室作りができた」(野尻社長)。今後は5年以内に同じコンセプトのホテルを何軒か展開する予定で、100室以上になる可能性もあるとのこと。ビザ取得を積極的にサポートして外国人の雇用を増やしたり、シルバー層の雇用も増やしたりなど、雇用面での“多様性”も進めていきたいという。

(文/桑原恵美子)

■変更履歴
第1段落、初出では「渋谷区では一般的なホテルとラブホテルを明確に区分するため、『ダブルベッドを備えた客室は総客室数の5分の1以下にする』という条例がある」としておりましたが、「渋谷区にはラブホテル建築規制条例があり、『ユニットバスを備えた18平方メートル以下の一人部屋の床面積の合計が全客室の床面積の合計の3分の1以上』という項目を満たしてないとラブホテルとみなされる」に変更いたしました。[2017/5/18 14:20]
TRUNKの社長も兼務する、テイクアンド ギヴ・ニーズの野尻佳孝会長
TRUNKの社長も兼務する、テイクアンド ギヴ・ニーズの野尻佳孝会長
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