回転寿司最大手「あきんどスシロー」が高級寿司店をひっそりと出しているのをご存じだろうか。グループ会社「スシロークリエイティブダイニング」(大阪府吹田市)が運営する「七海の幸(ななみのさち) 鮨陽」(以下、「七海の幸」)がそれだ。
スシローの主力は郊外型の回転寿司だが、最近では都市型店舗の新業態開発にも力を入れており、2015年は新業態「ツマミグイ」を都心に3店(中目黒、赤坂見附、新橋)オープンした(関連記事「スシローの回らないすし店「ツマミグイ」に潜入! “300円おつまみ”に大満足、しかし衝撃的結末が!?」)、「スシロー“回らない寿司”2号店、「ツマミグイ」なのにコース料理が売り!?」)。
ただ、ツマミグイ中目黒店、赤坂見附店はすでに閉店しており、七海の幸はツマミグイ中目黒店を業態転換したものだ。ツマミグイではひと口サイズ寿司をはじめ、和食を洋風にアレンジしたフードを中心に展開していたが、同店では伝統的な寿司を中心とした和食を提供する。
「七海の幸」という店名は「世界中の海から年間700億円も仕入れている魚介類から選び抜いたものを出す」ことを意味しているという。またチェーン展開するにあたり、個人経営の寿司店のように店の個性を出していきたいと考え、今後は地名ではなく、店長の名前から一文字とった個店名にしていくという。「鮨陽」は同店を企画した取締役の堀江陽氏の名前から「陽」の文字を取ったそうだ。
その堀江氏は、「通常の寿司店の半額程度で提供できる業態を目指す」という。その実力を探るべく、店舗に足を運んだ。
メニューを見てあまりの普通さに落胆・・・ところが!
店内に入ると、配置は前の業態のツマミグイとほぼ同じだが、インテリアはカフェ風から和風へと大きく変わっていた。また席数が減り(64席→56席)、奥にあった“前菜テーブル”(詳しくはこちら)がなくなっていることで、前よりもかなりゆったりとして高級感がアップした印象だ。
さっそく席についてメニューを見ると、「寿司がつまめる普通の和食店」という印象。ツマミグイのようなひと目でわかる新奇性やチャレンジはメニューからは一切うかがえない。価格もにぎりが150円から一品料理が280円からと居酒屋価格なので、期待はそれほど持たなかった。
だが、出てきた料理を見てびっくり。どれも本格的な和食の手仕事が加えられていて、高級店とそん色がないと言っていいようなレベル。例えば「さくら弁当」の酢味噌和えに使用しているホタルイカは目と軟骨を取り、一番だしにくぐらせたあとに氷水につけて臭みを取り、うまみを凝縮させている。酢味噌和えのもうひとつの具のうるいは、ゆでたあとに砂糖を利かせただしに仮漬け、本漬けをしてうまみを引き出しているとのこと。「1380円で提供している弁当の中のたったひと口で食べられる酢味噌和えにここまで手をかけるのか」と驚いた。「職人がひと手間かけてさらにおいしくする」のがコンセプトのひとつだそうで、そのために和食歴18年の職人がメニュー開発を担当しているそうだ。
同店のもうひとつのコンセプトが、「産地にこだわらず、一番おいしい素材を使う」ということ。例えばマグロトロの握りは、あえて天然インドマグロを使用。「本マグロにない甘さがあるから」(堀江氏)だという。ウナギも名産地といえは浜松だが、ウナギの白焼きの握りに使用しているのは、鹿児島県産。海苔も厳選したなかから、「風味があり歯切れがいい」と、愛知県産の一番海苔を使用しているそうだ。そしてコンセプトの3つめが「個人経営の寿司店のように、きちんと接客する」ということだそうだ。
スシローでは使えない食材を提供したい
堀江氏によると、同店を出店した目的は大きく3つ。「郊外型の店舗モデルのスシローとは異なる、都市部型の店舗で新しい試みをするため」「回転寿司以外の新しい事業モデルを構築するため」「価格や供給量、下処理の手間の問題でスシローでは出せなかった食材の、新たな価値を探るため」。おいしいことがわかっていても、価格や供給量、調理システムが合わずスシローでは使えない素材も多く、そうした素材を提供する店を作りたかったそうだ。例えば、同店いち押しの「貝盛り お造り(溶岩焼き台付き)」は火を通しても食べられるよう、熱した溶岩石が付いてくる。貝の下処理を店でしなければならないため、スシローでは不可能だったメニューだという。
そしてスシローや前業態のツマミグイと大きく異なるのが、寿司ロボットは使わず、すべて職人が握っているということ。仕入れた魚も店舗でさばき、ネタを仕込んでいる。こうした運営形態を採用したのは、魚をさばいた経験も寿司を握った経験もないスタッフを一から育成し、多店舗展開をしていくノウハウを蓄積するためだという。
ターゲットは「手軽な回転寿司が登場する以前から寿司店に通っていて、現在も回転寿司には行かない、上質感を求める層」。スシローが開拓できていなかった層であり、そこを取り込むことで、スシローとは競合しない業態を探ったという。
スシローの平均客単価は1000円程度だが、同店ではランチでその1.2~1.3倍、ディナーでは3~4倍程度を狙う。これはツマミグイとほぼ同程度とのこと。だが手がかかる職人の技が駆使されている料理は居酒屋よりワンランク上、1人8000~1万円近い店で食べている感覚。変化球が多すぎて価格に見合っている料理なのかどうかがわかりにくかったツマミグイよりコスパの良さを感じた。
(文/桑原恵美子)