回転寿司最大手「あきんどスシロー」が高級寿司店をひっそりと出しているのをご存じだろうか。グループ会社「スシロークリエイティブダイニング」(大阪府吹田市)が運営する「七海の幸(ななみのさち) 鮨陽」(以下、「七海の幸」)がそれだ。

 スシローの主力は郊外型の回転寿司だが、最近では都市型店舗の新業態開発にも力を入れており、2015年は新業態「ツマミグイ」を都心に3店(中目黒、赤坂見附、新橋)オープンした(関連記事「スシローの回らないすし店「ツマミグイ」に潜入! “300円おつまみ”に大満足、しかし衝撃的結末が!?」)、「スシロー“回らない寿司”2号店、「ツマミグイ」なのにコース料理が売り!?」)。

 ただ、ツマミグイ中目黒店、赤坂見附店はすでに閉店しており、七海の幸はツマミグイ中目黒店を業態転換したものだ。ツマミグイではひと口サイズ寿司をはじめ、和食を洋風にアレンジしたフードを中心に展開していたが、同店では伝統的な寿司を中心とした和食を提供する。

 「七海の幸」という店名は「世界中の海から年間700億円も仕入れている魚介類から選び抜いたものを出す」ことを意味しているという。またチェーン展開するにあたり、個人経営の寿司店のように店の個性を出していきたいと考え、今後は地名ではなく、店長の名前から一文字とった個店名にしていくという。「鮨陽」は同店を企画した取締役の堀江陽氏の名前から「陽」の文字を取ったそうだ。

 その堀江氏は、「通常の寿司店の半額程度で提供できる業態を目指す」という。その実力を探るべく、店舗に足を運んだ。

「七海の幸 鮨陽」(東京都目黒区青葉台1-30-10)は2015年11月16日にオープン。立地は中目黒駅から徒歩4分で、以前は同じスシローグループが手がける「ツマミグイ」があった場所。ランチは11時から14時、ディナーは15時から23時30分
「七海の幸 鮨陽」(東京都目黒区青葉台1-30-10)は2015年11月16日にオープン。立地は中目黒駅から徒歩4分で、以前は同じスシローグループが手がける「ツマミグイ」があった場所。ランチは11時から14時、ディナーは15時から23時30分
席数は56席(テーブル席のみ)で、ツマミグイより8席減っている
3月25日から4月上旬まで数量限定で提供する持ち帰り可能な弁当「さくら小町」(1380円)。ちらし寿司、手まり寿司3種、中巻き2貫、ホタルイカとうるいの酢味噌和え、ローストビーフ、さくらえびのから揚げ、いちご大福が入っている
3月25日から4月上旬まで数量限定で提供する持ち帰り可能な弁当「さくら小町」(1380円)。ちらし寿司、手まり寿司3種、中巻き2貫、ホタルイカとうるいの酢味噌和え、ローストビーフ、さくらえびのから揚げ、いちご大福が入っている
「七海の幸 鮨陽 店長おすすめディナーコース」(4000円)。先附け寿司 3貫、貝盛り、季節の一品、寿司 5貫(握り、スプーン寿司から選択可)、茶碗蒸し、締めの寿司 5貫、しじみ赤だし、デザート
「七海の幸 鮨陽 店長おすすめディナーコース」(4000円)。先附け寿司 3貫、貝盛り、季節の一品、寿司 5貫(握り、スプーン寿司から選択可)、茶碗蒸し、締めの寿司 5貫、しじみ赤だし、デザート
「鮨陽のおまかせ(8貫)」 (1650円)。内容は日によって異なるが、写真はマグロトロ、マグロ赤身、エビ、白身、ウニ、ウナギ白焼き、イカ、ローストビーフ
「鮨陽のおまかせ(8貫)」 (1650円)。内容は日によって異なるが、写真はマグロトロ、マグロ赤身、エビ、白身、ウニ、ウナギ白焼き、イカ、ローストビーフ
素焼きのおかきを衣にしたキンメダイと天然エビのおかき揚げ(写真は取材時の試食用サイズ)。サクサクした歯ごたえで香ばしい衣はかむと米のもっちり感があった
素焼きのおかきを衣にしたキンメダイと天然エビのおかき揚げ(写真は取材時の試食用サイズ)。サクサクした歯ごたえで香ばしい衣はかむと米のもっちり感があった

メニューを見てあまりの普通さに落胆・・・ところが!

 店内に入ると、配置は前の業態のツマミグイとほぼ同じだが、インテリアはカフェ風から和風へと大きく変わっていた。また席数が減り(64席→56席)、奥にあった“前菜テーブル”(詳しくはこちら)がなくなっていることで、前よりもかなりゆったりとして高級感がアップした印象だ。

 さっそく席についてメニューを見ると、「寿司がつまめる普通の和食店」という印象。ツマミグイのようなひと目でわかる新奇性やチャレンジはメニューからは一切うかがえない。価格もにぎりが150円から一品料理が280円からと居酒屋価格なので、期待はそれほど持たなかった。

 だが、出てきた料理を見てびっくり。どれも本格的な和食の手仕事が加えられていて、高級店とそん色がないと言っていいようなレベル。例えば「さくら弁当」の酢味噌和えに使用しているホタルイカは目と軟骨を取り、一番だしにくぐらせたあとに氷水につけて臭みを取り、うまみを凝縮させている。酢味噌和えのもうひとつの具のうるいは、ゆでたあとに砂糖を利かせただしに仮漬け、本漬けをしてうまみを引き出しているとのこと。「1380円で提供している弁当の中のたったひと口で食べられる酢味噌和えにここまで手をかけるのか」と驚いた。「職人がひと手間かけてさらにおいしくする」のがコンセプトのひとつだそうで、そのために和食歴18年の職人がメニュー開発を担当しているそうだ。

 同店のもうひとつのコンセプトが、「産地にこだわらず、一番おいしい素材を使う」ということ。例えばマグロトロの握りは、あえて天然インドマグロを使用。「本マグロにない甘さがあるから」(堀江氏)だという。ウナギも名産地といえは浜松だが、ウナギの白焼きの握りに使用しているのは、鹿児島県産。海苔も厳選したなかから、「風味があり歯切れがいい」と、愛知県産の一番海苔を使用しているそうだ。そしてコンセプトの3つめが「個人経営の寿司店のように、きちんと接客する」ということだそうだ。

持ち帰り可能な弁当「さくら小町」の酢味噌和えひとつにも非常に手がかかっている
持ち帰り可能な弁当「さくら小町」の酢味噌和えひとつにも非常に手がかかっている
握りのマグロ赤身(200円)と、マグロトロ(300円)。赤身マグロはアイルランド産の天然本マグロ、トロは天然インドマグロを使用。「本マグロにない甘さがある」というが、たしかにどちらも身が締まっているのに、良質な脂特有の甘さを感じた
握りのマグロ赤身(200円)と、マグロトロ(300円)。赤身マグロはアイルランド産の天然本マグロ、トロは天然インドマグロを使用。「本マグロにない甘さがある」というが、たしかにどちらも身が締まっているのに、良質な脂特有の甘さを感じた
握りの漬け赤身(200円)。マグロの赤身を漬けだれにくぐらせてからひと晩置き、熟成させているという。かむごとにうまみが広がった
握りの漬け赤身(200円)。マグロの赤身を漬けだれにくぐらせてからひと晩置き、熟成させているという。かむごとにうまみが広がった
ウナギ白焼きの握り(300円)は鹿児島県産のウナギの皮目を直火で焼いて余分な脂を落とし、皮をパリパリの食感にすると同時に、旨味のある脂だけを残している。愛知県産の一番海苔で包んで食べる
ウナギ白焼きの握り(300円)は鹿児島県産のウナギの皮目を直火で焼いて余分な脂を落とし、皮をパリパリの食感にすると同時に、旨味のある脂だけを残している。愛知県産の一番海苔で包んで食べる

スシローでは使えない食材を提供したい

 堀江氏によると、同店を出店した目的は大きく3つ。「郊外型の店舗モデルのスシローとは異なる、都市部型の店舗で新しい試みをするため」「回転寿司以外の新しい事業モデルを構築するため」「価格や供給量、下処理の手間の問題でスシローでは出せなかった食材の、新たな価値を探るため」。おいしいことがわかっていても、価格や供給量、調理システムが合わずスシローでは使えない素材も多く、そうした素材を提供する店を作りたかったそうだ。例えば、同店いち押しの「貝盛り お造り(溶岩焼き台付き)」は火を通しても食べられるよう、熱した溶岩石が付いてくる。貝の下処理を店でしなければならないため、スシローでは不可能だったメニューだという。

 そしてスシローや前業態のツマミグイと大きく異なるのが、寿司ロボットは使わず、すべて職人が握っているということ。仕入れた魚も店舗でさばき、ネタを仕込んでいる。こうした運営形態を採用したのは、魚をさばいた経験も寿司を握った経験もないスタッフを一から育成し、多店舗展開をしていくノウハウを蓄積するためだという。

 ターゲットは「手軽な回転寿司が登場する以前から寿司店に通っていて、現在も回転寿司には行かない、上質感を求める層」。スシローが開拓できていなかった層であり、そこを取り込むことで、スシローとは競合しない業態を探ったという。

 スシローの平均客単価は1000円程度だが、同店ではランチでその1.2~1.3倍、ディナーでは3~4倍程度を狙う。これはツマミグイとほぼ同程度とのこと。だが手がかかる職人の技が駆使されている料理は居酒屋よりワンランク上、1人8000~1万円近い店で食べている感覚。変化球が多すぎて価格に見合っている料理なのかどうかがわかりにくかったツマミグイよりコスパの良さを感じた。

火を通しても食べられるよう、熱した溶岩石が付いてくる「貝盛り お造り(溶岩焼き台付き)」(1280円)。軽く焼くとうまみが凝縮され、貝の個性がより強く感じられた。※写真は4000円のコースの中の小ポーション
火を通しても食べられるよう、熱した溶岩石が付いてくる「貝盛り お造り(溶岩焼き台付き)」(1280円)。軽く焼くとうまみが凝縮され、貝の個性がより強く感じられた。※写真は4000円のコースの中の小ポーション
あきんどスシローの商品企画部長とスシロークリエイティブダイニング取締役を兼任している堀江陽氏はスシローで15年間以上仕入れを担当してきた経験をもとに「七海の幸 鮨陽」を企画したという
あきんどスシローの商品企画部長とスシロークリエイティブダイニング取締役を兼任している堀江陽氏はスシローで15年間以上仕入れを担当してきた経験をもとに「七海の幸 鮨陽」を企画したという
全くの未経験から4カ月で魚をさばいたり寿司を握れるようになったというスタッフ
全くの未経験から4カ月で魚をさばいたり寿司を握れるようになったというスタッフ

(文/桑原恵美子)

この記事をいいね!する