これまで低価格で携帯電話サービスを提供することで、順調に顧客を獲得してきた仮想移動体通信事業者(MVNO)に暗雲が立ち込めている。MVNOへの顧客流出に危機感を強めた大手携帯電話事業者(キャリア)が低価格戦略を強化したことで、逆にMVNOが苦戦を強いられるようになってきた。大手キャリアの攻勢に加え、MVNO同士の価格競争も一層激しくなっている。こうした中、MVNO大手の一角を占めるインターネットイニシアティブ(IIJ、東京都千代田区)はフルMVNO化に打って出た。果たして、この秘策によって状況を打破できるのだろうか。

キャリアの攻勢で契約数の伸びが鈍化

 MVNOはここ最近まで順調に契約数を拡大してきた。中でも大手のIIJは自社で個人向けのモバイル通信サービス「IIJmio」を展開するほか、通信のノウハウを持たない企業のMVNO展開をサポートするなど、多角的にモバイル通信事業を急拡大させてきた。現在では個人・法人を合わせて200万件以上の契約数を獲得しているという。

 だが、MVNOへの顧客流出に危機感を強めた大手キャリアが、長期利用のユーザーを優遇する料金プランの提供を始めた。さらにサブブランドを強化するなど、さまざまな施策を打ち出すことで、顧客のつなぎ止めに力を入れるようになった。その結果、大手キャリアからMVNOに流出する顧客数は大幅に減少した。これにより思うように顧客を獲得できなくなったMVNOは、一転して苦境に陥りつつある。2017年9月に「FREETEL」ブランドのプラスワン・マーケティング(東京都港区)の経営が悪化し、MVNO事業を楽天に売却したことはその最たる例といえる。それは大手のIIJといえども例外ではない。

 実際、11月7日の同社の決算説明会で示された「IIJmioモバイル」の契約数を見ると、昨年まで四半期ごとに数万件の単位で伸びていたにもかかわらず、今年に入ってからは一転して、1万件を切るペースにまで落ち込んでいる。

IIJの獲得契約数。今年に入ってから個人向けの「IIJmioモバイル」の伸びが鈍化している様子がうかがえる。写真は11月7日のIIJ決算説明会より
IIJの獲得契約数。今年に入ってから個人向けの「IIJmioモバイル」の伸びが鈍化している様子がうかがえる。写真は11月7日のIIJ決算説明会より

 一方、11月2日のKDDIの決算説明会では、同社の田中孝司社長が「MVNOへの顧客流出が止まったわけではないとしながらも、昨年と比べて減少率は下がっている。アンダーコントロールになりつつある」と話していた。IIJ、ひいてはMVNOへの顧客流出に、一定の歯止めがかかったとみることができそうだ。

 このようなMVNOの成長の鈍化は、大元の回戦を握るNTTドコモの経営にも影響を及ぼしている。10月26日のドコモの決算説明会では吉澤和弘社長が、携帯電話サービスの純増数予想を年初計画の220万件から130万件にまで下方修正したことを明らかにした。

 吉澤社長はその要因の1つとして「(通信回線を貸し出している)MVNOの増加が想定を下回っている」ことを挙げている。NTTドコモは9割以上のMVNOに通信回線を貸し出しており、MVNO経由で獲得した契約者も携帯電話サービスの純増数に含んでいる。MVNOの成長の鈍化によって貸し出す回線数が減少したことで、純増数の予測を引き下げたわけだ。

ドコモの吉澤社長は、10月26日の決算説明会で純増数予測を大きく引き下げた原因の1つとしてMVNOにおける純増数が想定を下回ったことを挙げている。写真は同会見より
ドコモの吉澤社長は、10月26日の決算説明会で純増数予測を大きく引き下げた原因の1つとしてMVNOにおける純増数が想定を下回ったことを挙げている。写真は同会見より

個人・法人向けのサービスを持つことが強み

 契約数の伸び悩み、大手キャリアからの流入数の頭打ちという中にあってもなお、「mineo」ブランドのケイ・オプティコム(大阪市北区)や、KDDI傘下のビッグローブ(東京都品川区)が、値引きやキャッシュバックなどのキャンペーンを相次いで打ち出している。MVNO同士による価格競争にも再び拍車がかかっているようだ。それだけ厳しいMVNO市場において、IIJはどのような手段で勝ち抜こうとしているのだろうか。

 1つは法人向けサービスの強化である。そもそもIIJのMVNO事業は法人向けを主体としてスタートしている。そして個人向けサービスの契約獲得数が鈍化しつつある現在も、法人向けは堅調に契約獲得数を伸ばしているのだ。

 というのも法人向けの通信サービスは、機械間通信(M2M)などにも利用されるからだ。M2Mでの通信利用は個人向けのサービスとは通信トラフィックの傾向が全く異なる。個人と法人、2つの事業を持つIIJだからこそ、大手キャリアから借りているネットワークを効率よく利用できるというメリットにつながる。

 具体的に説明しよう。スマートフォンが中心である個人向けの通信サービスはデータをアップロードする上りよりも、ダウンロードする下りの通信のほうが圧倒的に多く、また昼や夕方などに利用が集中する傾向がある。しかしながら大手キャリアから借りている回線の帯域幅は上り・下りや時間帯を問わず一定だ。混雑する時間帯だけ帯域幅を増やすといったことはできない。つまり、深夜など利用が少ない時間帯は、借りている帯域が無駄になっているわけだ。

 一方、M2Mで利用する場合には夜間の通信が主であり、また撮影した動画をクラウドなどにアップロードする監視カメラのように上りの帯域しか使用しないケースも多い。そのため個人と法人のトラフィックを組み合わせると、借りている帯域の無駄を減らし、収益の増加につながる。この点はIIJの大きな強みといえるだろう。

通信トラフィックは個人と法人とで異なる傾向を示すことから、それらを組み合わせて設備稼働率を向上させている点がIIJの強みとなっている。写真は11月7日のIIJ・MVNO事業に関する説明会より
通信トラフィックは個人と法人とで異なる傾向を示すことから、それらを組み合わせて設備稼働率を向上させている点がIIJの強みとなっている。写真は11月7日のIIJ・MVNO事業に関する説明会より

「フルMVNO」は強力な武器となるか

 そしてもう1つ、IIJにとって大きな強みとなりそうなのが「フルMVNO」への対応である。フルMVNOとは、従来は大手キャリアが持っていた加入者管理機能をMVNOが持つこと。最大の違いは自社でSIMカードの発行が可能になることだ。これによりサービスの幅が大きく広がる。

IIJは来春にフルMVNOとしてのサービスを開始する予定で、自社の独自SIMを発行できるようになる。写真は11月7日のIIJ・MVNO事業に関する説明会より
IIJは来春にフルMVNOとしてのサービスを開始する予定で、自社の独自SIMを発行できるようになる。写真は11月7日のIIJ・MVNO事業に関する説明会より

 フルMVNO化のメリットの1つは、さまざまな形式のSIMカードに対応できることだ。最近は従来型のプラスチックのSIMカードだけでなく、端末にSIMカードが内蔵されているeSIM対応機器も増えつつある。eSIMを搭載する機器に向けて自社の通信サービスを提供できるのは、他のMVNOにはない大きなアドバンテージといえる。

 現在のところeSIMを採用した機器は、自動車や建設機械などの法人向けが多い。その理由はあらかじめSIMを内蔵しておけば、輸出する国に応じて後からSIMを差し替えるなどの手間がかからないためだ。IIJも当初は法人向けのeSIM需要を狙ってサービスを展開する考えのようだ。

 最近は、アップルの「iPad Pro(9.7インチモデル)」や「Apple Watch Series 3」、そしてNTTドコモの「dtab Compact d-01J」など、コンシューマー向けの製品でもeSIMを採用した機種も増えつつある。今後、eSIM対応機器の増加はさらに加速する可能性が高い。SIMを挿入する手間が省けるのに加え、SIMスロットが不要になる分、端末の形状の柔軟性が高まることなどの利点が大きいからだ。IIJがいち早くeSIMに対応することがもたらすメリットは大きいだろう。

超小型のチップとして、あらかじめ機器に内蔵される「eSIM」。こうしたところにもネットワークを提供できるのがフルMVNOの強みだ
超小型のチップとして、あらかじめ機器に内蔵される「eSIM」。こうしたところにもネットワークを提供できるのがフルMVNOの強みだ

 そしてもう1つのメリットは、SIMカードの維持費がかからなくなることだ。IIJのSIMカードは、あくまでもドコモから借りているものなので、未契約の状態でもSIMカード1枚当たり、毎月100円程度の料金がドコモに対して発生している。そのため、販売店にSIMカードを置いてもらうと、その枚数分の維持費がかかってしまうのだ。これは、安易に販路を広げて店頭在庫を増やすと、その分だけビジネス上のリスクが大きくなることを意味する。

 だが、IIJが自社でSIMカードを発行できればドコモに支払うコストがなくなるため、ノーリスクで販路を広げる、つまり同社のSIMカード置いてもらう販売店を増やすことが可能になる。極端な話をすれば、SIMカードを無料で配布し、必要になったら開通してもらうといった手法も採れるわけだ。さらに、維持費が浮いたことが通信料金の値下げにつながる可能性もある。

IIJは訪日外国人向けの「Japan Travel SIM」を2014年から提供しているが、フルMVNOになることでSIMカードの維持費がかからなくなり、販路拡大につなげられるという。写真は2014年10月25日の「IIJmio meeting 5」より
IIJは訪日外国人向けの「Japan Travel SIM」を2014年から提供しているが、フルMVNOになることでSIMカードの維持費がかからなくなり、販路拡大につなげられるという。写真は2014年10月25日の「IIJmio meeting 5」より

 フルMVNOとしてのサービスは来春から開始する。当初はデータ通信のみで、音声通話には対応していない。そのためIIJではまず法人向け、続いて訪日外国人向けのデータ通信SIMを提供する予定だという。

 フルMVNOになるには高い技術力と膨大な投資コストが求められるため、現在のところ、IIJのフルMVNO化に積極的に追従しようという企業は少ない。それだけにフルMVNOは同社にとって最大の武器になり得るわけだ。IIJのフルMVNO化によって生み出される新サービスは、大手キャリアに押され気味となったMVNOの閉塞感を打破することができるのか、今後の動向を見守りたいところだ。

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