4月1日付で代表取締役社長が交代したことを受け、KDDIは4月5日に新社長・高橋誠氏の就任会見を開いた。高橋氏は「ワクワクを提案し続ける会社」というキャッチフレーズを打ち出すとともに、顧客目線を重視したサービスを提供していく考えを示したが、その内容からは同社の課題も見えてくる。

「大変革時代」に備えた新体制

 2018年1月、KDDIが突如、“スマートフォンのプロ”として親しまれた田中孝司氏から、かつての“KDDIの顔”であった高橋誠氏への社長交代を発表した(関連リンク:業績好調のKDDI なぜ今、社長交代なのか?)。そして4月1日付で社長が交代したことを受け、KDDIは4月5日に高橋氏の社長就任会見を実施。新体制によるKDDIの今後の戦略や方向性について高橋氏自らが語った。

KDDIの新社長に就任した高橋氏。4月5日の就任会見では今後のKDDIの方向性について語った。写真は同会見より
KDDIの新社長に就任した高橋氏。4月5日の就任会見では今後のKDDIの方向性について語った。写真は同会見より

 この会見で高橋氏が最初に口にしたのは「ライフデザイン」という言葉である。これはKDDIが中期経営計画で「通信企業からライフデザイン企業への変革を目指す」としている通り、同社が現在最も力を入れている事業分野でもある。実際、KDDIはこれまでにも、電子商取引の「Wowma!」や「じぶん銀行」「au WALLET」といった金融サービス、そして「auでんき」などの生活系サービスを急拡大してきた。

 高橋氏はこれまで、それらの生活系サービスを主導する立場にあったことから、同氏の社長就任によってKDDIが生活系サービス事業へとシフトしてしまうのではないかという懸念も社内外から出ていた。これに対し高橋氏は、KDDIの事業の主体はあくまで通信であるとした上で、通信サービスで獲得した顧客に対してさまざまな生活系サービスを提供することにより、新しい体験価値を提供するとの方針を示している。

KDDIは通信を軸にしながら生活系サービスとの融合を推し進めていくとの方針を示した。写真は4月5日のKDDI記者会見より
KDDIは通信を軸にしながら生活系サービスとの融合を推し進めていくとの方針を示した。写真は4月5日のKDDI記者会見より

 この方針自体は、田中前社長の下でKDDIが推し進めてきたものと大きく変わっていない。では、高橋氏の就任によって何を変えようとしているのか。それは「5G(第5世代移動通信システム)」「IoT(モノのインターネット)」「AI(人工知能)」など、次々と登場する新技術によって訪れる「大変革時代」に備えた取り組みである。

5GやIoTなどの新技術を顧客目線で提供

 通信と生活系サービスの融合を掲げる高橋氏が重視するポイントとして挙げたのは、意外にも「顧客目線」であった。5GやIoTなどの新技術を活用するとなると、多くの企業はいかに新しいことに取り組むかを重視する。だが高橋氏は、そうした「プロダクトアウト」の発想ではなく、「顧客目線でサービスをつくることに徹底的にこだわる」と語っている。

 例えばビッグデータの活用。多くの企業がデータ分析によって個々のユーザーに最適化した広告を提示する仕組みの構築に力を入れる一方で、KDDIは顧客を知り、ライフデザイン商材のマッチングを高めることに活用するという。

 そしてもうひとつ、高橋氏が重視するのがパートナーとの協業である。「5Gでは3Gの時代と同じような議論がなされている」と言う同氏は、3Gの時代にはその特性を生かすべく「着うた」などを開発したことや、グーグルの検索サービスを導入したことなどを振り返った。5Gでも3Gと同様、通信方式の特性を生かしながらパートナー企業と一緒にサービス開発を進めていくというわけだ。

 高橋氏は、パートナーとの協業を図るべく、5GやIoTのビジネス開発拠点「KDDI DIGITAL GATE」を2018年の夏にオープンすることを明らかにした。また同時に、200億円規模の投資ファンド「KDDI Open Innovation Fund 3号」の立ち上げも発表。ベンチャー企業にも積極的に投資する方針とのことだ。

5GやIoTといった新技術に強いパートナーとのビジネスを推進するべく、KDDIは今年夏に東京・虎ノ門にビジネス開発拠点の「KDDI DIGITAL GATE」をオープンする。写真は4月5日のKDDI記者会見より
5GやIoTといった新技術に強いパートナーとのビジネスを推進するべく、KDDIは今年夏に東京・虎ノ門にビジネス開発拠点の「KDDI DIGITAL GATE」をオープンする。写真は4月5日のKDDI記者会見より

 それらの取り組みには、2017年に買収したIoTベンチャーのソラコム(東京・世田谷)など、傘下企業が持つ技術や知見を生かしていくとのこと。豊富な資金と多くの技術リソースを持つ自社の強みを生かしながら、新しい時代に向けたビジネス開拓を進めていくことが、高橋氏の大きな狙いとなっていることが分かる。

必要なのは顧客と正面から向き合う姿勢

 5Gによる通信は、社会インフラ全体に大きな影響を与えるともいわれている。それだけに、新時代に向けた新たなビジネス領域を積極的に開拓することは重要だ。また、就任会見で革新性を打ち出した高橋氏の方針とも合致している。社長就任のあいさつとしては順当な内容と言えるだろう。

 だが、ここ数年来の高橋氏、ひいてはKDDIの動向を見るに、顧客目線でのサービス提供という部分には多くの課題があるようにも筆者は感じる。特に気掛かりなのが、顧客目線を重視すると言いながらも、高橋氏の言葉からはプロダクトアウトの傾向が見て取れることである。

 例えば、現在KDDIが力を入れている「Wowma!」に関して、高橋氏は「単にモノを安く売るEコマース(電子商取引)にしてはいけない。顧客がワクワクしてもらう体験価値をつくり上げる入口にしていく」と話している。だが、米アマゾンや楽天などが支持を得たのは、消費者が求める「便利でお得」という電子商取引の基本を徹底してきたが故だ。顧客目線に立つと言うなら、ユーザーが求める本質をいかに追求するかが第一ではないだろうか。

KDDIは電子商取引の「Wowma!」を、顧客がワクワクする体験価値を提供する入口にするとしているが、電子商取引に安さと利便性を求めるユーザーとのずれを感じる。写真は4月5日のKDDI記者会見より
KDDIは電子商取引の「Wowma!」を、顧客がワクワクする体験価値を提供する入口にするとしているが、電子商取引に安さと利便性を求めるユーザーとのずれを感じる。写真は4月5日のKDDI記者会見より

 その印象をさらに強くしたのが、最近ネット上などで問題視されたテザリングの有料化について、高橋氏が言及しなかったことだ。

 本連載でも前回、auのテザリングオプション有料化に関する騒動について触れたが(関連記事:キャリアの「テザリング有料化」が批判される理由」)、他にもKDDIは3月に、戸建て向け固定ブロードバンドの「auひかり ホーム」の工事費分割や解約時の撤去工事費の負担規定を改訂。従来は任意だった解約時の設備撤去が必須となり、その撤去費用も従来の倍以上に引き上げられるなど、消費者にとって不利益となる項目が盛り込まれたことが強い批判を浴びていた。

 顧客への説明不足や不十分な対応が続くようであれば、KDDIに批判的なユーザーが増え、ユーザーの信頼を大きく損なうことになりかねない。「顧客目線に立つ」と語る前に、ユーザーと正面から向き合う姿勢が、高橋体制のKDDIには強く求められている。

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