「PlayStation VR」用のコンテンツとして提供され、意外性とリアルさから大きな注目を集めた、バンダイナムコエンターテインメントの「サマーレッスン」。未来性を感じさせるVR(仮想現実)コンテンツが多い中、あえて女の子とコミュニケーションするという内容を企画した理由はどこにあるのか。そしてサマーレッスンは、VRにどのような可能性を見せているのだろうか。
なぜ、身近なシチュエーションをVRで実現したのか
当初は開発者やギーク層が注目するにとどまっていたVRを、より広い層にまで関心を高めさせたコンテンツの一つとして挙げられるのが、バンダイナムコエンターテインメントがPlayStation VR向けに提供した「サマーレッスン」である。これは、部屋や縁側などの身近な空間の中で、女の子と2人きりでコミュニケーションするというゲーム。プレーヤーの行動や距離感によって女の子の反応が変わったりするなど、リアルな反応や仕草が楽しめるのが大きな特徴となっている。
サマーレッスンは2014年の公開直後から大きな話題となった。あまりの反響の大きさから「東京ゲームショウ 2014」での展示が急きょ中止になってしまったほど(翌年の「東京ゲームショウ2015」には出展)。その話題性から、PlayStation VR、ひいてはVR自体の関心を高める大きなきっかけとなったことは間違いない。
だがVR用のコンテンツといえば、宇宙空間や深海など、ある意味“VRらしさ”を体感しやすい非現実的な空間を再現したものが多い。にもかかわらず、サマーレッスンではあえて、女の子とのコミュニケーションという身近なシチュエーションを選んだのはなぜなのだろうか。またそうした身近な空間をVRにすることが、VRにどのような可能性を与えようとしているのだろうか。サマーレッスンのディレクターを務めている、バンダイナムコエンターテインメントのCS事業部 プロダクションディビジョン 第1プロダクションの玉置絢氏に話を聞いた。
■変更履歴
公開当初、社名が間違っている部分がありました。お詫びして訂正いたします。該当箇所は修正済みです。 [2015/11/9 18:45]
大型筐体向けのゲームからVRへ、きっかけは“才能の無駄遣い”
――VRゲームを開発した経緯について教えてください。
玉置絢氏(以下、玉置氏:) 以前所属していた部署の上司の原田(「鉄拳」シリーズのプロデューサーである原田勝弘氏)が実はテクノロジー好きで、VRにも早い段階から興味を示していました。ですので最初に原田が、鉄拳をVRで実現しようとチャレンジしたのがそもそもの始まりになります。
しかも弊社は、ある意味VRに近い、上下左右180度の表示が可能なドームスクリーンを備えたアーケードゲーム機を持っていました。さらに、原田が率いる「鉄拳」チームにはVRに高い興味を持つプログラマーがおりまして、そうした所から徐々に人材が集まる形で、草野球的にVRのゲーム開発を進めていたのが2010年ごろになりますね。
――なぜそこから、全く内容が異なる「サマーレッスン」が出来上がったのでしょう?
玉置氏: 実際に鉄拳をVRで再現してみたのですが、プレイしてみると結構怖かった。やはりゲームとして見ると鉄拳はあの形がベストで、VRでプレイしてもらうのは違うんじゃないかという結論に至ったのです。
またそれとは別に、ちょうど先のドームスクリーン型筐体を使った新しいゲームの企画を立てようという話が進んでいたのですが、この筐体用のゲームは戦闘系のものが多かった。そこで私としては従来と違う企画を出したいと思いました。「その場にいるかのような感覚でキャラクターと会話できるゲームがあったら面白いのでは?」と考え、いくつかの企画に混ぜ込む形でその企画も提案してみたんです。
すると原田がその企画を気に入ってしまって、これは逃げられないなと(笑)。そこで真面目に企画を進めていたところ、原田の方から「VR向けにやってみたらどうか」という提案があり、その結果として生まれたのがサマーレッスンです。
――従来のゲームとは違う企画を考えようと思ったのはなぜですか?
玉置氏: VRは実際に体験してみないと分からないものなので、ゲームを作る上でも話題を作る必要があると感じていました。そのために考えたことが、ネット上で俗に言われている“才能の無駄遣い”です。ハイテクを目いっぱい使って、こういうふうに使われるとは思っていなかったことをするには、このアイデアが適切だと感じたわけです。
アイデアのベースにあるのは、2012年ごろ、Webカメラなどを使って、現実の映像に3Dのアニメキャラクターを登場させるという動画が人気だったことです。そこで感じたのが、“二次元の世界に入りたい”という感覚を持っている人が多くいるということでした。さらにもう1つ、“俺の嫁”という言葉に代表されるように、自分と同じ世界にフィクションのキャラクターがあたかも存在しているかのように振る舞うことがクールだと考える風潮が、やはり同じ時期に起きていたんですね。そうしたニーズと、VRのようなテクノロジーが合致すると感じたからこそ、サマーレッスンの企画ができたといえます。
――大型の筐体からVRヘッドセットに変わったことで、どのような変化がありましたか?
玉置氏: VRでやってみてよかったと感じたのが、距離感です。ドームスクリーン型筐体ですと一定以上の距離に近づくことができないので、女の子とのより近い距離を感じられることが、サマーレッスンが注目を集めた大きなポイントになったと思います。
VRはコミュニケーションに結び付いて広がる
――ゲームの分野では大きな注目を集めているVRですが、ゲーム以外の分野ではどのように広がっていくと考えていますか?
玉置氏: VRが普及するポイントは2つあると考えています。1つはサマーレッスンのように、自分だけの空間に没入できる、娯楽により寄せた形で広がること。そしてもう1つは実用用途での広がり、特に人間同士のコミュニケーションで活用されることです。
最近では電話だけでなく、ビデオチャットなどの利用も進んでいますが、それでもどこかのタイミングで、現実で直接会うことが求められる。そうなってしまうのには、現在のコミュニケーションツールでは、何らかの必要な情報が欠落しているからではないかと思うのです。ですがサマーレッスンを見ても分かる通り、VRではより情報量が多いコミュニケーションを実現できます。現実に会うことの物理的コストを埋めてくれる可能性があるのではないかと感じています。
コミュニケーション用途としてVRが広がれば、その上でゲームなどのさまざまなコンテンツが利用され、VRのコンテンツ市場が一層拡大することも考えられます。当初は娯楽と実用とで並列的に広がると思いますが、将来的には今のスマートフォンのように、実用としてVRデバイスが広がり、その上に娯楽が載っていく形になるのではないでしょうか。
――実際にVR用のゲームを手掛けた立場として、VRが普及する上で克服すべき課題はどこにあると感じていますか?
玉置氏: ソフト面で最も分かりやすいのは“酔い”の問題ですね。VRで酔いを起こさないためには、画面の描画速度を上げる必要がありますが、そのためには、描画するモノを減らして速度を上げるしかありません。ですがVRはモノを増やして情報量を多くしなければ、そこにいるかのような体験を作り出せないんですね。この相反する要素をいかに両立するかが、最も大きな課題です。
もう1つ、インターフェースが確立されていないのも課題です。VRでは奥行きや距離があるので、通常のゲームと同じインターフェースでは邪魔になってしまいます。VRならではのインターフェースを確立することも求められますね。
ハード面でいうと、やはり頭に機械をつけること自体歴史上あまりないことなので、現在のVRデバイスがそのままの形で 日常生活の中で受け入れられるには、相当な時間がかかると思います。ですので、広く普及するためには、コンタクトレンズくらいのサイズ感を実現する必要があるんじゃないかと考えています。
(文/佐野正弘、写真/郡谷謙二)