1995年に最初の劇場版が公開されてから20年――。その間に新たな劇場版やテレビ版などが製作され、着実にファンを増やしてきた「攻殻機動隊」シリーズ。現在はVR版を制作し、アプリとして全世界に配信するプロジェクトが進行中だ。VR版の狙いからアニメ業界の問題点までプロダクション I.Gの石川光久社長に話を聞いた。

石川光久(いしかわ・みつひさ)氏
石川光久(いしかわ・みつひさ)氏
プロダクション・アイジー代表取締役社長。1958年10月東京都生まれ。Production I.G.,LLC(米国)の代表取締役を兼務。大学卒業後、竜の子プロダクションに入社。1987年、同社より独立し有限会社アイジータツノコを設立。1990年、作品への出資を目的としたイングを設立。1993年、1998年、資本増資し株式会社に。2000年、両社を合併。プロダクション・アイジーは2005年JASDAQ市場に上場。2007年、持株会社制に移行。

――1995年に最初の劇場版「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」が世に出てから20年になります。

石川光久氏(以下、石川): 「攻殻機動隊」というタイトルを20年にわたって続けてこられたのは、第一にファンの支持があったからです。そして、ファンの期待に応えようと、企画がうまく成熟したからだと思います。“継続は力なり”と言いますが、無理やり継続させようとしてもなかなか続くものではありません。継続できるタイトルを持っていることは本当に幸せなことです。

――これだけ長く続いてきた「攻殻機動隊」シリーズの魅力はどんなところにあるのでしょう?

石川: “SF”と言ってしまうと敷居が高くなるんです。女性からの支持がなくなることもあるし、男性の支持層もコアなSF好きばかりになってしまう可能性がある。これでは苦戦します。

 そこで気をつけている点は、画面のクオリティと美しさです。これは女性も男性もSFも関係なくアピールできる、すごく重要なポイントです。その美しさを生み出すのは、2Dと3Dを融合させたハイブリッドな映像技術です。これはフルCGにはない魅力で、世界的に見ても日本に強みがあります。そこを最大限に生かしたものを作ろうとしてきました。これからの課題は、そこをさらに超えたところを目指すこと。画面の美しさを変えていくことです。

――世界観にも独特の魅力があります。

石川: 「攻殻機動隊」シリーズの世界観は難解といわれますが、20年前に比べて時代がだんだん追いついてきました。電脳世界も、人工知能もだんだん近未来の現実になってきました。だからこそエンターテインメントとして、視聴者、ファンが望んでいるもの、見たいものを「攻殻機動隊」シリーズの世界観を通じて作り続けていくこと、挑戦していくことが大事だと思います。

――20年間でファン層の広がりは実感していますか?

石川: 最初の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」は押井守監督による劇場作品でした。視聴者は押井守ファン中心だったと思います。「攻殻機動隊」というタイトルにとっては、その次の神山健治監督の「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」(2002年のテレビシリーズ)を軸としたシリーズが、お客さんの幅を広げることになりました。

 そして新たに「攻殻機動隊 ARISE」を4部形式で劇場イベント上映してから、今年の「攻殻機動隊 新劇場版」という形になりました。これは今までの2つの流れを、テレビシリーズと最初の劇場版のビジネススキームでやろうというものです。シリーズにとって原作を含めれば4本目、劇場アニメーション映画としては3本目の「攻殻機動隊」と言えますね。

 画面のクオリティが影響しているのか「攻殻機動隊」のファン層は、日本だけでなく海外にも広がっています。日本のお客さんだけではここまで続かなかったかもしれません。海外からの評価も企画に生かされています。

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世界戦略を描ける人材が育っている

――シリーズを長く続けていくうえで、心がけていることはありますか?

石川: (DVDやBDの販売などで収入を増やすといった)ビジネス面も大事ですが、まずは“作品ありき”という考えを徹底することです。プロダクション I.G(以下、I.G)は作品を制作する現場ですから、まず作品を世に出すための戦力を整えること、自信をもって作品を送り出せる根拠になるような、監督を含め充実したスタッフをそろえることが大切ですね。

 お金が集まったからいい作品が作れるというものではありません。現場を大事にする、人を大事にするという姿勢があって初めていい作品が作れると思いますし、それができるのがI.Gの良さのひとつだと思っています。ビジネス面の視点でいうと(予算とクオリティのバランスなどが)大変になることもありますが、現場と人は重視している部分です。

―― ビジネス面では、アニメの収益の柱が、DVDやBDのセルからネットの動画配信などに変化してきているように思います。

石川: 変化は感じます。DVDやBDは作品を何回も見たい人に適したメディアで、買う人の所有欲を満たすアイテムでもあります。ですが、売り上げは年々厳しくなっていて、その代わりにネット配信が伸びているのは事実です。高画質を売りにしている動画配信なのにスマホの小さい画面で見るのはいかがなものかと思ったりもしますが、スマホで見たいという要望は強く感じますし、そこにチャンスもあると思います。

―― 次回はスマホのアプリでVRに挑戦ということになりますが。

 スマホの小さい画面で視聴するとなると、画面全体から受ける美しさの印象はより大事になるでしょう。ゲームの世界はアニメ業界よりずっと資金力があり、その圧倒的クオリティのオープニングアニメなんかを見せられてしまうと、それにどう戦っていけばいいのか悩みます。

 しかし、アニメならではの物語や表現の中には、そうしたものとは違う訴求力、特に日本以上に海外で通用する力があると感じています。そして、そこに向かって今度はビジネス面も強化しないといけません。前述した通り、作品ありき・作り手ありきがI.Gの良さですが、作品を外に向かって仕掛けてプロデュースしていける人材も中から育ってこなければいけません。

 そうした人材がいないと作品を次の段階へ持ち上げていくことができません。国内戦略だけでなく、世界戦略を持ち、外貨を稼げる仕組みを作れる人間が社内から出てくる必要があります。アニメーションスタジオとしてただ作品を作るだけでは限界があり、だんだん疲弊していきます。

 今回、VRアプリの「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」を作るチャレンジができたのは、そういった仕掛けやプロデュースができる人材が出てきたからです。I.Gとして新しい段階に入ってきたかなと思います。

「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」<br>(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊 新劇場版」製作委員会<br>公式サイト:<a href="http://sign.site/koukaku_vr/"target=_blank">http://sign.site/koukaku_vr/</a>
「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」
(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊 新劇場版」製作委員会
公式サイト:http://sign.site/koukaku_vr/

「攻殻機動隊」は時代とシンクロする?

――VR版の制作には苦労していますか?

石川: 実はうまいアニメーターは平面で立体を描けるんです。アニメーションは漫画と違って動かさないといけません。特に最近は、キャラクターを空間で動かせるように、平面上で立体や空間をとらえる技術が大事です。そのまま3Dに置き換えても大丈夫なような顔のパーツ、向き、輪郭、形などを平面で描ける人が望ましいんです。そういう力のあるアニメーターが自社内に育ってきました。

 今、世界のアニメーションの潮流は2Dよりも3Dのほうが圧倒的に多いんです。そこに対して、2Dで描き出す力があれば3Dが持つ力とも付き合えるのではと考え、この流れでVR版の製作を決定しました。技術的な交流は極めて大事です。これこそが「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」の狙いです。

――東京ゲームショウでもVRは話題でした。

石川: このVR版は、ある映画祭で攻殻機動隊のVR版の企画を温めている人と偶然に出会ったのがきっかけです。その後、I.Gのプロデューサーと彼らを引き合わせて企画がスタートしましたが、それが今年の春でして、その時点で東京ゲームショウ2015への出展までに半年もありませんでした。これは制作期間としては非常に短い。しかし、クオリティはかなり高いレベルに仕上がったと思っています。TRENDY EXPO TOKYOではさらに進んだティザーを披露できるようにがんばっています。

 世の中には、タイミングさえ合えば売れるからクオリティは低くてもいいという人もいます。ビジネスと現場が離れている会社はそうなりやすい。しかし、I.Gはそうではありません。クオリティの高さに対する信頼が財産ですから、そこは絶対に裏切ることはできません。

 それがあって、ギリギリのところで、最短時間で、みんなを驚かせるクオリティで、今年のゲームショウにティザー映像を間に合わせることができました。関わったクリエーターの方々には本当に苦労をかけましたが、これが来年公開だとタイミングとして遅いだろうと思うんです。VRアプリをリリースするのも年末か来年早いうちにしたいと思っています。

 今、“VR元年”なんて言われていますが、最初の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」が公開された1995年はWindows 95が出た年で、“インターネット元年”や“ネットワーク元年”なんて言われていたんですね。「攻殻機動隊」って、そういうタイミングや時代の流れに不思議と合うんです。なぜかシンクロするんですよ。

VRアプリの収益は9割を海外から

――VR版はアプリによる配信という形ですが、これまでのようなDVD/BD販売や動画配信サイトでの配信との大きな違いはなんでしょう?

石川: 有料のアプリなので我々は視聴者、ファンから直接お金をもらうという立場になります。最近のお客さんは、特定のクリエーターを応援したいからお金を出して商品を買う、そういう人たちが多いんです。

 アニメはお金がかかります。製作委員会方式でリスクヘッジして作るという日本独自の形は、それはそれでいいシステムだと思います。しかし、これからは視聴者やファンが作っている人たちに直接還元したいという流れです。クラウドファンディングもそういう考えですよね。

 今回の「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」ではそういう環境作りや、このシステムの中でクリエーターが存分にやりたいと思えるような環境作りを目指してきました。会社としてビジネス面も含めてここで経験値を積んで、特に海外で外貨を稼げればと思います。

――外貨ということは、海外ファンにも期待しているのですか?

石川: 収益源は9割以上が海外だろうと考えています。これが国内だけでやるのなら、今までのシステムでお金を集めてやれたでしょう。しかしこれを海外に持っていくというチャレンジが大事だと考えています。

――作り手側は世界を相手にするという意識が強いのでしょうか?

石川: 作り手は世界に向かって作る必要はないんです。国内向けに、半径5mや10m以内にいる人を喜ばせるようなものを作ればいいんです。海外に向かって作ろうとか、海外のお客さんを意識して作る必要はありません。そこから日本で作っても世界に届くような動画配信とかアプリ、そういった仕組みがあればいい。言葉の問題はありますが、I.Gはかなり国際色豊かでいろいろな国籍の社員が在籍している会社なのです。そういう日本を意識しない、いろんな国の人が働けるボーダーレスな組織作りを意識してきました。

クリエーターが仕事に集中できる環境が重要

――アニメーションスタジオとして今後、必要なこと、求められることとはなんでしょうか?

石川: アニメーションスタジオに限らず会社というのは、新たな事業に取り組まないと資金繰りに詰まってつぶれることが多いはずです。それが自然な姿です。I.Gを30年近く経営してきましたが、働いている人たちが「今月はお給料がもらえないんじゃないか?」というような状態にさせたことはありません。お給料が毎月普通にもらえるという“普通の環境”を継続するのが本当に大切なことなのです。目立たない裏側で制作以外のビジネスをしっかりやって、クリエーターが本来の仕事に集中できる“普通の環境”を作リ続けてきたのです。今回のVR版もそんな新たなビジネスのひとつですが、社内で「何を余計なことやっているんだ!」とか言われることもあります。

 クリエーターは、ビジネス云々より作りたいものを作りたいと思うものです。あまり“ビジネス=お金儲け”のことばかり言っていると、いいクリエーターが逃げてしまいます。作りたいものを作れる現場があり、I.Gにクリエーターが集まってくるような環境が必要です。才能のある人材は純粋な人たちです。そうした人たちが集まってきて存分にやれる環境を作りたいですね。

――最後に日本アニメ業界の問題点を提起してください。

 日本のアニメ業界の中で下請け体制というか、制作会社が下請けからなかなか抜けられないという点が問題です。自分たちでお金を集めて作品を制作する試みはこれまで何度もありましたが、その大半が継続できていません。実は新たにアニメ制作会社を立ち上げるのは簡単なのです。しかしアニメ業界の下請け構造の中で独立しても、それは利益を生むような構造が生み出せないので長続きしないのです。

 一番の問題は、継続的に利益を生み出す構造を考えるプロデューサーが圧倒的にいないという点です。このプロデューサーを育てていくのが一番必要なことだと考えています。今まで日本のアニメを支えたモデルが崩れていくのではと大きな危機感を感じています。I.Gは“作り手集団”でしたが、それをプロデュースし、お金の循環を考える人間が社内から出てこないといけないのです。

 “プロデューサーを育てる”というのには一見無理にも思えるような“ムチャ振り”が有効なんです。最近ではとある作品でI.Gが主幹事を担当しました。本当に大変でしたが、それをやって結果を出せました。実は担当したプロデューサーにはかなり“ムチャ振り”をしたんですが、それって大事だなと思うんです。ムチャ振りしたら人は育つ(笑)。

 今回の「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」はこの半年のスケジュールが勝負だということで、これもかなりムチャ振りでした。このVR版は「攻殻機動隊」というI.Gの象徴というタイトルで発信します。海外で圧倒的な知名度がある作品ですので、必ず結果が付いてくるのではと考えています。

 「攻殻機動隊」にはやはりすごい才能を持っているクリエーターが集まってきます。その出来栄えはぜひTRENDY EXPOで実際に確認してもらえればと思います。

(構成/湯浅英夫、写真/中村宏)

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