カイセリの郊外にある「キュルテペ遺跡」を訪ねる

 カイセリの町に戻り、トルコでのいつもの生活に戻る。日中は仕事関係の人に会い、午後はピクニックでバーベキュー。忙しいといっても、日本とは比較にならないほどのんびりとしている。それは夜8時過ぎまで日が沈まないせいであろうか。1日が30時間くらいあるような錯覚を覚えるほどだ。

 ある日、「この週末に、近くの遺跡を見に行きませんか」と誘われた。ピクニックのついでに寄れる場所なのだそうだ。「エベット!タビィ!(はい!もちろん!)」。そこは、日本人の考古学学者が発掘しているという「キュルテペ遺跡」のことだった。

 カイセリ市内から車で20分。キュルテペ遺跡へ向かう途中、広大なヒマワリ畑に出会う。トルコ人はよくヒマワリの種を食べるので、こういった畑はあちこちにあるのだが、ここは恐ろしいほど広い。前方を見ると車道前方に牛の大群がいて通せんぼ。それでも何事もないかのように、牛はすんなり道を譲ってくれた。牛の群れが過ぎたころ、その遺跡の看板はいきなり現れた。小さな門もあるが、誰もいない。

広大過ぎるヒマワリ畑。他になにもない 車道を牛が悠々と通り抜けていく(※画像をクリックすると動画が見られます。AVI:9.89MB)

横道に入るときは、この看板を見逃さないで これが入り口。今までみた遺跡の中でも一番なんにもない場所だ。もちろん売店も、駐車場すら見当たらない

 門を抜けると、アナトリアの大地が広がっている。何もない。草ぼうぼうの大地。でも所々に看板もある。とにかくそこまで行ってみると(と言っても、たどり着くまで徒歩20分)、何やら石組みの跡が。これぞ、古代ヒッタイト人の住居跡なのである。正確に言えば、ヒッタイトが誕生する100年前まで栄えていたアッシリア商人の商業都市だったのだという。

何もない大地、でもよく見ると……
石組みの跡が!焼けたような石も残っている

「看板」と言っても矢印だけなのである これはお墓。住居の下にお墓があるのが普通なのだとか

こちらは煮炊きやパンを焼いたオーブン。大きい

家やら墓やらオーブンやら。重なり合って多くの時代を今に伝えてくれるキュルテペ遺跡(※右の画像をクリックすると動画が見られます。AVI:7.13MB)

 ヒッタイト人といえば、鉄器を初めて作り出したことで知られる。今は、石の土台しかないキュルテペ遺跡だが、実はさまざまな鉄器もここから発掘されたのだという。カイセリ博物館に保存されている物もあるというので、博物館まで行ってみることにした。電波も届かないしね、ここ。

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